無料ブログはココログ

« おめでと☆ | トップページ | 大石政則日記 その18 »

2008年4月 1日 (火)

くるす野

筍のひとつ耶蘇墓またひとつ  竹橋乙四郎

この句をみたとき、愕然とした。
ヴィジョンがありありと蘇ったからである。
なにかつけねばとおもった。
くるす野だ。それしかない。

記憶に沈む文章から一つ取り出すことにする。

暦論   その八

       姫野 恭子

天文二十年二十二歳のころに初めて出遇ったフランシスコ・ザビエルにあやかり、洗礼名をフランシスコと自ら名乗った大友宗麟。天文二十四年の銘をもつ百首和歌(岩戸山古墳の今伊勢宮に残っていたという)は、八女市所蔵の文化財であるが、これまで公表はされてこなかった。縁あって、その解読にかかわってしまった者として、いつの日か世に出さねばと思いながら、くらしに追われ、いつのまにか流されかけている。竹橋乙四郎の句に、その怠慢を打たれた気がした。

天文二十四年の地方武士による百首和歌がなぜそんなに大事なのか。日本と西洋が邂逅して間もないころの作品であり、読んでいると、歌を連ねる間にひそむさまざまなモノが見えてくるからである。ひとり和歌史上の問題にはとどまらず、民俗学や心理学、ジェンダー学、九州と都との意識のずれなど、貴重な資料となってくるはずである。

当時の筑後は豊後の大友義鎮(のちに入道して宗麟)の麾下にあり、鉄砲が伝わったのもキリスト教が伝わったのも、この数年前のことであったのだから。私たちは確かに歴史の授業で日本史の出来事を学んだが、それが本当かどうかは誰にも証明できぬことだ。だが本物の史料には確かな人間の息吹が感じられる。たとえば、現代俳句で暗喩のヨミを鍛えられたあたまに、次の春の歌(五首目)は、なんと耶蘇臭く思えることか。

若菜

わかなゆゑとしとし分てくるす野に
  おほくの春を我もつみけり   鑑秀

この歌を読んだとき、私はなぜか十字架が野に立つ景色と罪の意識(この原罪という意識こそ日本になかったものだ)、瑞々しい若菜摘みをする乙女たち、そして合戦の戦利品として連れてゆかれる女たち・・を一瞬のうちに連想した。それは勿論正統な和歌の読みではない。しかし私にはそんな力を持った歌であった。

      ◇

『切支丹風土記』(宝文館版・九州編)は古い本だが、写真資料入りの詳細な研究書である。その巻頭には、わが国最初のポルトガル船入港地である薩摩藩・種子島への鉄砲伝来(天文十二年八月二十五日)と、初めての国産鉄砲の製造(天文十三年九月)が引かれているが、切支丹伝道で最初に登場するのはフランシスコ・ザビエルと薩摩の青年貿易商ヤジローである。ヤジローとくればすぐに遠藤周作の小説『沈黙』と、山本健吉の『きりしたん事始』という古い研究書を連想せざるを得ないのだが、それは措くとして、ヤジローとザビエルが出会うのは天文十六年のこと、入信したヤジローとザビエル一行が薩摩に上陸するのは同十八年である。

一方、半田康夫の書いた「豊後府内のキリシタン」の項に、次のような興味深い記事があった。以下同書より引用。

「いつのものか正確にはわからないが野津(大分から阿蘇へ向う現・大野市)に十四・五の十字架がある」と。伴天連のルイス・フロイスが天正十三(1585)年に耶蘇会総長に書き送った手紙であるが、他にも豊後には八十ほどのクルスが建てられていると報告している。もう少し詳しく見てみる。

        ◇

豊後に初めて布教の種が蒔かれるのは、天文二十年(1551)ザビエルによってだった。

と、ここまで必死で打ち込みましたが、時間がありませんので、続きはまたいずれ。「暦論」はジャンルとしては、一種の研究書なのですが、随想でもあり、空想も入ってるし、海のものとも山のものともつきかねます。だから、一流の歴史家からみれば、なんだこりゃ扱いのトンデモ本に分類されるんだろうなあ。乙が乙たるゆえんですね。

見直さず、アップします。

« おめでと☆ | トップページ | 大石政則日記 その18 »

コメント

キミの頭の中を一度覗いてみたい。

抽斗をいくつ持ってて、
どうやってその記憶の抽斗を管理してるんやろう?

強固はんのすごさはそこにある。
これだけのものを短時間で記憶の中から引き出してくるっちゃもんね。

へへ~~っ。(ひれ伏している図)笑

せいこはん。すべて縁だとおもう。
そらんさんが鬼の本籍地って詠んだとき、咄嗟にだれをおもった。わてはなぜか山本健吉や古賀まことをおもった。笑

いや、ごめん。
鬼の本籍地って聞いて、まず思ったンは、強固はん、アンタやった。爆

でも、そらんさんもわたしと同じと読んだけどね。
聞いてみ。たぶん、わてと同じばい。

pはよう

1  木もれ日のきらめく水面花は葉に
2  花冷えの街といえどもにぎおふて

凡人はこの程度です。いかようにもあつかってくだされ。

なんだすて。(これ、唯一しっとる奈良弁。みょうに気にいっとる)
おにはわてどすか。こんながさつさといいかげんさと適当さとよわさ(強くないねんで!)が同居したナイスなへこみ胸おばさんをつかまえて、あんたたちはなんちゅうこつばいうとね。
ばってんそらんさんがあの日言ったことでぐさっと来たことがある。白と黒がかささぎのイメージってさ。色気無しってことだよな。もうわかったわかった。これ以上なにもいうな。

ぼん。
まだたどりつけない。ぼんのブログ「糸のゆめ」。ひらかな、かんじ、どっち。名前にアドレスはりつけてくれ。
第三ありがとう。
花は葉に。って初夏じゃん。まだそこまでいかないでくれ。春句。それといい忘れていたんですが、春の発句で始める場合、あんまり花の句は出しません。それはなぜかといいますと、歌仙のばあい、おもては六句ありますが、必ず五句目までに月をよみます。ですから、この面の主体はその一個の月になりますから、月に遠慮して出しません。というより、花の定位置はちゃんと別個にきまっているからなんだけどね。とはいっても、例外もあります。発句が花だったりもするし。でも、はじめての連句の常識として、そんなふうに憶えてください。春と秋の句はふつう、二句で捨てることはあまりなく、三句から多いときは五句まで続けることができる。(私は五句もつづいたの見たことないが。)ふつう、春、秋は三句が多い。続けるときに、季戻りをさけるように注意します。晩春の句のあとに早春の句をだすというようなのが季もどり。でもどりとはあきらかにちがふ。
夏と冬の句は一句から三句までと書いてはあるが、普通一句か二句で捨てる。なぜ夏冬より春秋がいっぱいよむのか、知らん。
というわけで、花がでちゃったのがまずかったなあ。発句にたけのこ。これ、分類すると、うえもの(植物のこと)だし、うちこしが第三(ぼんの句)でまた花といううえものだというのは、さわりもします。んで、もう一度やり直しね。発句と脇が野山の句でしょ。第三で街へ出たのはよかったんですが、ことさら場所をかかないほうがいいかもね。季語は植物じゃないものがいいです。つめしょうぎみたいなかんじだね。とりあえず、代案をおいておきましょ。風船、たしか春だったよね?
筍のひとつ耶蘇墓またひとつ 乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中  恭子
鉄冷えの街に風船とびかひて  呆 夢 

質問!
わからん。
この巻きは全部で何句?

おおきに。
私のブログは、たぶん公開の手続きをしていないんじゃないかと思う。この後見直しますので、しばしお待ちくだされ。
連句も。

いちばんオーソドックスな歌仙。
長いけど勉強になるから。
歌仙は、折紙でいえば、鶴だと思ってね。面が四面あります。一枚の懐紙を二つに折る、それが二枚ある。その裏とおもてを、それぞれ、初折(しょおり)のオモテ、ウラ、二の折はなごりのおりともいい、そのおもてとウラは略してナオ、ナウ。古色蒼然としててもナウいうんやで。最初の折の6句のその五句目までに月が一つ。この第一面の6句を「おもて六句」というて、神祇・釈教・恋・無常・病態・述懐・人名地名などを詠むのは避けるようになっている。おだやかに格高くよむ。序の部分になります。
ウラには6の倍数の12句あります。五句目から七、八句目くらいでまた月を一個。秋以外の月。十一句目は花の定座。しおりの花という。このウラではオモテのしばりがとれるので、なんでも出してよい。恋句は恋前句のあと三句くらい続ける。連句では月、花とおなじくらい恋がだいじです。時事句も恋句のあとの恋ばなれなどでよく詠まれますし川柳も出やすい。上手な俳人ばかりの座では、句を競ってへたな句やまぬけな句が出ず、息がくるしくなる。そこで、「そらだめ句」っていう、無意味な句をぽーんと入れると、一息つけるし、場面転換がスムーズにゆく。先日の鬼の源心でいえば、東妙寺らんの「砂糖も塩も白くてきれい」がそうです。あれは実に効果的でした。
あれ。
質問にこたえてなかったですね。
歌仙は6・12・12・6で36句。
さあ、二ヶ月でいけるかな。六月までに巻き上げよう。36句のうち、三面に月を配し、二面に花をだす。挙句の前の花をとくべつに愛で、それをにおいの花とよぶ。これが一巻の花となります。一座のなかでもっとも若いひとや初心の人にもたせるならわしがあります。(花をもたせるってこれからきてる)。

ところで、和歌のクルス野ってさ。漢字で書くと、来栖野なんだけど、いったいどこでせうね。笑
てきとうすぎるかもね。でも、おもったのは、和歌には掛詞が多くて、これもその一つ、本来は固有名詞だったんだろうけど、どしどしわけて来るすのに、ってかんじでシャレとして枕詞みたいな使い方をしただけみたいな気がする。

やっとひとつできた。

ふらここをもっと高くと声かけて
  どうかな?
ブログは「糸の夢」です。

ああ。いいのができましたね。
筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢

では、つぎは四句目。
整子さんにお願いしてきます。いや、ちょっとまって。突然大事なこと思い出した。あれは3月末だったっけ。札幌の杉浦清志教授に連句しまひょや。ってお声かけしてた。それっきり時間がなくて尋ねてない。きいてみるけん。北海道ってがば魅力じゃん。九州の二倍面積があったって、しっとったや。ちづみても、同じにしか見えんのにね。大学生としかなさってないように見受けられましたので(れぎおんでみるとね)お声かけした次第です。一句、二句くらいなら付き合ってくださるかもね。

今日は聖マリア学院大学の入学式。聖マリア病院グループの一員としての出席。主への祈りを捧げ、賛美歌も唱った。
久留米へ出たついでに歳時記を買ってしまった。術に嵌ってしまったようで何ともはやであるが、買う気にさせたきっかけは「ふらここ」。自分の感性だけでは手に負えないものがあり、これが乙四郎が俳句になかなか馴染めない理由のひとつ。
できれば自分の感性だけで勝負したい、それが乙四郎の創作スタイル。ところが「ふらここ」ときた。自分の感性で選ぶ言葉が季語だったりそうじゃなかったり。そんなのあり?

今日買ったのは、山本健吉編の「最新俳句歳時記」(文藝春秋)の「夏」と「秋」と「冬」と「新年」。そして春の歳時記だけが「俳句歳時記」(平凡社)。不揃いなのが乙四郎らしさ、かな。

ついでに遠藤周作の「死海のほとり」を買った。「沈黙」「イエスの生涯」は読んだが、この作品はまだ読んでない。ハードカバーには「イエスを知りながら彼を見棄てたり裏切ったりした弟子や祭司やその他のあわれな男たち」という著者のフレーズ。山本健吉による短い書評も。

乙四郎。
死海のほとり、もってるけど、読んでない。そんな本がけっこうある。その逆で何度も読み返す本もある。読んでおもしろかったらわてにいうてな。でも、たぶんおもしろくないで。いらん世話やけど直感。笑
沈黙だけはおもしろかったなあ。感動したもんなあ。一時的にキリスト者になっとったもんね。

筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢
 公園の道車椅子行く      兼坊

 来栖野(くるすの)は地名です。序の部分なので地名を出してはいけません。(杉浦清志教授) 
だそうです。どうしよう。
こうしよう。言い張ろう。(またかよ)
発句と脇はほかの句との関係性において、あばしり番外地みたいな位置を保っているがゆえに、発句が墓地(無常)、それも耶蘇(神祇)のときたからには、 脇もまた同じきもちでつけねばならない。来栖野は古典的和歌に出る地名ではあるが、ひらかなだし、くるす野はゆずれんってことで、ひとつ目をつぶってもらいましょう。そのかわり、兼坊という坊様の四句目にある車椅子、私は「病態」だと思うのですが、これにも目をつぶります。
では、五句目を整子さんにお願いします。

表6句の禁句はほとんど無視ってことね。笑
鍛錬の座でもありませうから、よしとせむ。
さて、月の定座。

1、この月はいつか見た月上り月
2、みっしりと月傾けて拾ふ石
3、濯ぎ物干さるる先の月の舟

兼坊さんって「健忘症」のもじりじゃないですよね、まさか。
いや、ごめんって。
わたしが最近健忘症キミなもので。

月がみっつあがりましたが、どれも整子さんらしい月です。なかで、3はすすぎものって語感から夜濯ぎ、夏の季語だと思ってしまいます。うちは冬でも干しっぱなしで物干し竿で凍ってることもありますから、秋としても別段構わないかもしれないけれども、連句人や俳人はこれ、夏だというだろう。
捌きはここで考える。秋の月にするか、夏の月にするか。べつにどっちでもいいのだが。夏の月にすれば、裏のはじまりが雑です。みんなそれを嫌がりますよね。嫌がるほうを選択するのがかささぎ流です。

筍のひとつ耶蘇墓また一つ    乙四郎
 くるす野淡きかぎろひの中   恭子
ふらここへもつと高くと声かけて 呆 夢
 公園の道車椅子行く      兼坊
濯ぎもの干さるる先の月の舟   整子

さて、端をだれに。
ここは宙虫さんかな。夏の短句。


たまたまここにつながり、よみかえしてたら、ぼんが「ふらここ」だしてた。ぷ。
前田先生が、「なぜかみな、きまって春といえば「陽炎」か「ふらここ」こぎだすねん。もうあんたらそれしかないんか。ええかげんにしなはれや!!」っていわれたことばをおもいだし、真夜中に突如わらいがこみあげてひーってうなっています。そういや、そうなんだよ。なんでじゃろう。そこそこそれらしくおもえるからではないかな。それらしく=俳諧ぽく。でも、このぼんの句はいい句だすて。

先生から「ふらここ」の話が出たとき、一人で笑ってました。まさに凡人「ぼん」ですと。
初心者だったんだから許してくださいと、心でわびてました。

この「ふらここ」がきっかけで、歳時記を買ってしまった人がここにいます。

連句会のとき、人の古語辞典を持って帰りました。ベネッセ全訳古語辞典。あさぎいろ。せいこの?
こんど21日にもっていく、写真ももっていきます。
今日、えめさんとこに受け取りに行きました。
ところで、来月も連句を巻きます。
25日はどうでしょう。日曜ですが、保健医療経営大学では大学祭とみやま町のバザーみたいなんが同時開催されるらしく、呉越同舟(←?意味わかってない)でやろう。ということで、十月は忙しいです。11日→ろいりーまらそん。17日→中島くらのすけを讃える会。吉田のお墓。25日→連句会。
異存のあるかた、都合の悪い方はお早めにお申し出くださいませ。

大学祭だよ!
同時開催イベントのほうが大きい・・・

いつもの部屋で静かにやってもよし、
会場の一角で、不特定多数の来客に見学、時に誘い込みながらやるもよし。

昼めしはあちこちで調達できます。
   ↓

えええ~~!学祭でやっていいわけ~~?
ふひゃ~!うれぴ。
初体験。
わたしゃ、理事長室でしづかにやるなんていやだ、に一票。

あ、わすれとった。
17日はパス。
県民文化祭です。短歌の。

もうひとつ。
古語辞典。わたしのです。

10月の予定

11日は遅番なのでマラソン応援はOKです。ただし直ぐ帰ります。
17日  興味が無いのでパス(ごめん)
25日  希望休入れておきます。

体的には遅番はきついけど、予定を組みやすい。今月は朝10時からの勤務が5回入っている。はっきり分かれたからこの勤務シフトがベターかな。日替わりでシフトが変わるのは余り好ましくない。マネージャーに言うとこうっと。

おつしろう理事長。25日はよろしくおねがいいたします。基本はこれまでどおりの歌仙。でも参加者によっては半歌仙など短いのでもいいとおもう。
そうそう、以前堺屋で連句会したとき二人のうら若い楚々とした独身女性が二名、二句ずつ参加してくれたのですが、その掲載号れぎおんを送付したら、一人の女の子が礼状をかねて暑中見舞いをくれました。それを読んだときに、ああ、若い人とやるのはいいものだなあ。とおもいました。
句をだす時点ではそれがどういう位置にあるのかがわからない、だけどあとでれぎおんをよんだときに、みえるのです、すべてが。
たぶんそういうことがいいたかったんだろうな、と思って。
いろんな人生の季節きせつで違う世界の表情をよむことができるのも、また楽しみのひとつですから。
だから、通りすがりの人々のなかでやるのも一興かもしれません。
オープンスペースで、ぼんぼり連句のように!
参加者があるかどうかが問題ですけどね。

じゃ、講義室でやりまひょか。
ホワイトボードを有効活用。
見学者のために、「連句とは」の解説メモを作っとかないと。

昼飯の調達先、確認しました。
そっか。スローフードフェスタの時期だったのですね。広川町でも、まもなくあるんじゃないのかな?これが始まったばかりのころ、運営側の人間でした。うん、ぜひ、ここで、みやまの食を堪能しましょう。これもまた、楽しみのひとつになりました。いい環境ではありませぬか。
たのしみ、たのしみ。

見学するだけってきっと面白くないよ。
参加してこそはじめて面白い。
大勢でやる場合、半歌仙を五、六人の座で三時間以内に巻く。座に二人か三人経験者がいれば素人だろうが初めてだろうが、勢いでなんとか行ける。
でも、連句に座ってくださる人を、そんなごった返すときにちゃんと確保できるだろうか。
というのがこの場合の最大の問題ですね。
やってみないとまったくわからない。

物見遊山は大勢いるだろうけど、参加しようとする人は、ごくごくわずかでしょう。
亜の会がやってることを見世物にするだけでいいのじゃないのかな。
ホワイトボードに式目解説も書いてゆき、
「はい、次は秋の季語を入れて七・七 どなたかいませんか~」
と、時々、聴衆を誘い込めばいい。

あ、そ。
そうだね。笑
こういうとき、かささぎは妙な使命感にかられるんだよ。連句を広めなければと気負うわけ。すると前田師がおっしゃるのです。「恭子さん、ええやん。だーれも知ってくれんでも、注目されんでも。世の中はそんなもんですがな。それでよろし。」

大学祭というと、短大での学祭を思い出します。
社会部で無医村研究ってのがテーマだった。
ただ調べてまとめたものを張り出しているだけの。
地味で地味で。だれも来ないの。仲間以外。笑

学祭の実行委員長へ、行事申請と教室の割り当てを急がなければならないので、勝手に、次のような企画書を提出しました。

--------------------
室町の雅(みやび)への誘(いざな)い - 連句興行

連句とは俳諧の伝統的な一形式(俳諧連歌)です。和歌の連歌から分岐して遊戯性を高めた集団文芸で、五七五の句の後に七七の句を交互に付けていきます。古来からの「式目」(ルール)に従って句を付けてゆくところに知的な遊戯性があり、連句の醍醐味となっています。
室町時代の山崎宗鑑(1465-1553)、荒木田守武(1473-1549)が俳諧の祖です。荒木田守武は伊勢内宮の長官でもあったことから、俳諧は伊勢のセレブの嗜みでした。九州では戦国武将の橋爪鑑実(1535-1588)が1571年に俳諧興行を行った記録があります。松尾芭蕉(1644-1694)以降、冒頭の発句(五七五)のみを鑑賞するなど発句の独立性が高まり、俳句の源流となりました。
今回の連句興行は、筑後の連句結社「亜の会」が、式目の解説を加えながら、三十六句の「歌仙」を巻く予定です。見学に徹されてもよし、飛び入りで句を付けられてもよし、室町の雅の世界にどっぷりと浸かっていただきたく思います。

おつしろうどの、かたじけない。まっこて、恩にきます。

ははあ、かたじけない。(平伏の図です)

みやま市に住む獣医にメールしときます。
顔出せっちゅうて。

学祭の連句興行会場、確保しました。

ところで、本日はオープンキャンパス。
学生掲示のコーナーに、お茶のペットボトルの写真に句を添えたのがあり、よく見たら、本学の一年生の伊藤園新俳句入賞句だとか。

(貯金箱の句)
   ↓

はい?貯金箱の句がみあたらぬ。
ひょっとして、
お年玉貯金されてた母の愛  
ってのでしょうか?
18歳 詩織さんとなってますが?

17歳の福岡県です。
2ページ目だったかな?

ほほう。これね。
三日目で中を気にする貯金箱。
ふむふむ。17歳とな。よしがいくん。
17歳らしい素直な句ではありませぬか。
乙さん。
学長命令で、この子、連れてきて。笑
と、学長に頼んでくださらないこと?

やっと発見。吉開くん。
きてくれるといいね。
あと、すきな句。

前の子の寝グセは今日も芸術だ 
        大阪府 瀧澤 暉
涙はねいろんな重さがあるんだよ
  福岡県 有吉 由貴子
天の川渡ると帰りつらくなる
  大阪府  高取 富美江
将来の姉になる人春のよう
 東京都 田村 千秋
的をみるまなざし強き弓始
  愛知県 水谷 咲月
おでんより始まる宇宙発生論
愛媛県 河野 光梨
春眠中歴史と化学と数学と
福岡県 久保 智
紺碧の奥を見詰める竜馬の眼
 広島県 山田 奈都実

すんごい量のなかから発見するのは。




涙はねいろんな重さがあるんだよ
将来の姉になる人春のよう

降参!
こういう感性にはとても勝てそうにない。

16才~17才という年は格別ですね。神聖ローマン帝国っていうかそんなかんじ。
姉になる人の句の作者、名前が千秋さんでした。
どっちと思う。おとこかおんなか。
かささぎはこの浪漫性は男子だとおもうよ。笑
子供時代とちがって、恋句がたくさん作れるころ。
それはなんてみずみずしいのだろうか。
生徒諸君、ぜひ連句をやろう。連句ではだれにでもなれるし、どんな恋もできる。自己を解放できます。

千秋さん。たぶん、女性。
でも、ここは男の子であってほしい。

16歳から17歳のころ、書きとめていたノートがあります。こっぱずかしくって、顔から火を噴きそうになるけど、これが捨てられん。二度と、わたしの中から生まれてこないと思う語彙の羅列でありますから。

そうか。
ちゃんと過去とつながっていられるね。だいじにせないけんね。一時的なかんじょうで処分したらいけん。
はい、かささぎめはなにもない、第二の青春ともいえる俳句ざうるす同人時代のも一冊もない。もえるごみにだしたんだよ。・・ったくなんてことを。

よかった、ここだった。やっとさがしだしましたよ。
これでいいよね。

中島くらのすけ翁への感謝祭、話を中島道夫氏から聞いていたら、くらのすけの生きた時代はこの天文年間のすぐあとでした。(かささぎあたまでは、江戸時代は天文年間とはうんと遠いような気がしていた。おかげでコキーンと固い殻がこわれた。)

筑後のきりしたん史を調べてたらここがヒットしました。
2008年の4月1日に、はやくも連句を始めてる。

かささぎの暦論は前人未到だったなあ
自分で天才かとおもったもの
いまは天災としかおもえないが

おつしろう
今なら見えるだろう
何を信じて 生きてきたのか
これしかないというほど
あの場所にピタッとはまった
あの鬼の本籍地は前人未踏だった

初出は2008年四月一日だったんだね。
ときがふりつもってきたなあ。
しみじみ。

昔々はただ今のこと。

これ最近どっかで拾った、イトイ重里のコピーだったとおもう。だけど、よこみつりいちの言葉でもある。やしろのいった言葉。

むjかしむかしはただいまのこと

これ、磐井ロードの花前におきたいなあ。
(でも、だれの句になるんだろう?)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: くるす野:

« おめでと☆ | トップページ | 大石政則日記 その18 »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29