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2008年4月13日 (日)

甲四郎先生

昨夜、五月十八日の福島高校大同窓会のための準備会議へ出た。クラス写真をみていると、五組の担任だった高橋甲四郎先生のことがしきりに思い出された。(私は四組でした)。みな、先生の偉業をまったく知らないのが不満なのだ。親不孝というのがあるなら、師不幸ってのもあるだろう。そこで会議のおわりがけに、総会で先生の偉業を紹介すべきではありませんか。とおそるおそる提案してみる。随筆集『バルビゾンの道』は日本随筆家協会の賞を受賞しているし、父上の仕事の集大成である『朝鮮半島の農法と農民』は共同編集作業から大著を世に出すという仕事をなさった。せめて一言だけでも、紹介すべきではないだろうか。というのがかささぎのきもちです。

「ほかの先生達とのかねあいもありますからねえ。」

といわれる。そういうことなのか。
先日友とふたりで回った広告とりも、ご協力頂いた二十軒の広告主をブログでていねいに紹介しようと思っていたのですが、ほかのところとのかねあいを考えると、二の足を踏まざるをえませんでした。

なんだかなあ。と一人ごちているところへ、ひさしぶりで先生からメールがとどく。上陽町の春の山公園でのお花見の集合写真つきのお便りです。

二分咲きの桜仰ぎて土筆摘む
    肌寒きかなはるやまの春
  
               甲四郎

こんな歌が一首添えられています。
師の毅然とした風格のにじみ出た、見事なうただと思います。

    
                        

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コメント

同窓会報の編集をしていますが「あの先生は」と何名かをピックアップして紹介しています。全員を乗せることは出来ません。
かねあいなんて、なんでしょうね。
業績は業績として紹介して良いと思いますね。それに伴ってあの先生はこういうことをなさってるらしいよと新しい情報が届くかもしれないでしょう。
万事粗相なく陰口言われないようにことを運ぶには「かねあい」が必要なのでしょう。先輩さんが仰るのかな?若い人?

やまももさん。
ごめんなさい。やはり書き方がまずかったかな。決してまとめ役さんを非難しているわけではなくて、そういうことを紹介するのは結構むずかしいんだなってことを書きたかったのです、気をつかうのが苦手なものとしては。でも、先生の著書をご存知のかたもいらしたんで、言ってみてよかったです。

ああ、そうなのですね。早とちりでしたね。慣習に巻かれるのがいやな青臭いところが私にあるようです。世慣れてませんね。
留学生の方が早朝に電話で泣くので心配して多用をしゃかりきで片付けて、訪ねていきましたが、それも世慣れていない証拠だったなと草臥れながら思っています。
ところで、まだあなたのメールが届いていませんよ。どうしたのかな?

ふふふ。ははは。ふはは。
たぶん、とどいてるんだとおもふ。
でも、それをひらくほうほうが、わかんないだけだという気がします。やまももさんも私も。あー。絶望的。とっとこはむたろう。

高橋先生の消息を40数年振りで知ったのも、鳥栖高校同窓会誌で出版本の紹介記事を見ての事だったんですよね。

何事も兼ね合いやバランス考えてそろりそろりと小刻みに歩みながら進行するのは日本独自のことなのでしょうか。
私、そういうの疎いです。
国際社会では言ったもん勝ちって感ずることがあるんですが、(水面下では既に根回しができてるのかしら)このあたり国際経験豊富な乙四郎さん、どうやって様々な人達とかかわり合い調整されてきたんでしょうかね。

さくらさん。そうですよね。以前PTA役員をしたとき、後悔していることがあるんです。新興住宅地の歴史の浅い小学校でしたが、みんなのことをしりたくて、ともだちノートを回しませんかって提案した。その学年の親ごさんたちに。(中学生のころ、実際やってたのがとても楽しかったから。)挙手で賛否を問うと、お母さん二名が反対された。がっかりして、やめた。あとから、そのくらいの反対になぜひるんだのだろうって自分が情けない。反対者の毅然とした挙手に気おされた。きっと何かいやな思いをなさったことがおありだったのでしょうね。

乙四郎。いつもよびすてごめん。
あんたは私をはらはらしてるみたいだけど、私のほうこそ乙四郎をはらはらしてみています。先日の同窓会パンフに大學の宣伝を載せてくれてありがとう。きっとすごいバタフライ効果がある。なぜなら、廻って思ったんですが、みな、くるしい台所事情のなかから協力してくださっている。その心意気が出してくださってるかたにはわかるから。んで、それは、いいんですが。ほかの高校はどうするの。八女高校は今年が創立百周年だって。福島は来年が百周年。そのほか、高校はたくさんあるでしょう。どうするんだろうって心配になってきた。お金なさそうだし。笑(広告を断られたかたの理由が、一つにしたら、全部にしなきゃいけなくなるというものでした。大きいとこほど、そんなことをいわれます)

バランス

乙四郎には「役人」としての経歴と、「外交官」(日本政府を代表しての国際交渉人)としての経歴とがあり、それぞれが別人格でした。役人としての乙四郎は、とにかくバランスを重んじました。政治家という、声の大きい人々の影響を受けやすい、きわめてバランス感の欠如した人たちの圧力をいかに排除して公平な行政を実現するかが、役人としての乙四郎の価値観でした。福高の甲四郎先生の業績紹介の例では、たとえば同窓会の席上で江田康幸氏が賞賛されるのであれば甲四郎先生も賞賛されなければバランスを欠くだろう、という判断、それがバランス。
外交官の場合は、二国間のことだけを考え、多国間のバランスは二の次。石油が欲しいからサウジアラビアやカザフスタンへの国際協力を約束する。最貧国のことが頭をよぎったら仕事にならない。国際社会は、ものすごい国家間アンバランスに立脚したエゴ丸出しの世界です。
さくらさんご洞察の通り、国際協議は言ったもん勝ち。より正確には、書いたもん勝ち。国際約束は、最終的には文書にして署名交換して成立するので、署名文書原案の編集権を手にしたほうが勝ちなのです。乙四郎は、どうしても口達者な人たちには言い負かされてしまうのですが、文書原案の編集権だけは手中に収めれるよう立ち回りました。英語の文書というハンディはあるものの、文書だったら乙四郎の世界。巧妙に伏線を仕込んで、戦いを有利に展開しました。国際協力のこぼれ話は、またいずれ。
ところで大学の宣伝についてですが、広告媒体を選ぶ権限は100%こちら側にあるので、ほかの高校が何と言ってこようとケースバイケースで対応すればいいわけで、バランス論は筋違い。福島高校同窓会向けのメッセージを広告原稿にちゃんと入れているのも、福島高校だから特別に祝福しているのだという意思表示。在校生の出身高校を特別扱いするのは道理。他の義理しがらみ広告の場合でも、本学はそのような工夫で延焼防止策をとっています。経営大学をなめたらあかん。

いらん心配して損した。公明党のその政治家を、まったく存じ上げませんでした。教えてくださってありがとう。四月で退かれた会社の前教官の人にきいておけば教えてくださったろうな。と勿体無かった。
でも、そういうことを知れば知ったで、たしかに同窓会を仕切ることの困難さがわかります。と同時に別になにも心配いらないってことも。かくれていることはあらわれるから。やまももさんこと鍬塚聰子先生がさいしょにおっしゃったとおりです。

過日、町内に配られてた「生涯学習八女2008」に甲四郎先生の文章が掲載されてました。

今配られてる「広報八女」に高橋昇氏の紹介がありました。著者は松田久彦さん。いま、この著者の「八女を歩く」(東兄弟印刷所)を読んでます。この方もすごい。

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