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2008年3月23日 (日)

大石政則日記 その17

六 串良海軍航空隊(特攻基地)
      ー現・鹿児島県鹿屋市ー

昭和二十年三月二十三日

天気相変らず不良、宇佐は晴なり。〇九〇〇過ぎ艦爆隊発進、一〇〇〇艦攻隊発進、気流不良、途中より中国山脈を横切りて宇佐に帰る。時に一一四五なりき。
飛行場には予備学生ほか出迎え、列線をとりてくれて嬉しさ大なり。また思えば十八日我等発進後、三十分にしてグラマンF4Fの銃撃、ロケット爆弾発射、また午後襲撃を受け、格納庫は穴だらけの体なり。デッキに帰りて後はグラマンの銃撃を語り、我々は美保での生活を語りて気大いに融和す。
また午後、姫路の特攻隊(「天山」、九七艦攻)来る。我が宇佐空も九七艦攻の全機を挙げて特攻隊「宇佐八幡隊」を編成す。予もまたその名誉ある一員に加えられ、老朽せりとは雖(いえど)も、九七艦攻に爆装して、敵空母艦船に体当りするなり。予は生命は考えず、一に死を期す。願くは一身爆弾となりて自爆せん。皇国爲(ため)に幾何(いくら)か安からば幸なり。一身一家亦(また)国家の生命に比すれば軽き哉(かな)。

『ペンを剣に代えて』 (西日本新聞社刊)
特攻学徒兵海軍少尉 大石政則日記
          大石政隆編より
表紙写真のある紹介記事:

http://www.geocities.jp/masa030308jp/penoturuginikaete.htm

参照)

「列線をとる」・・飛行機を出迎えるのに、きれいに隊列を組んで、並びて出迎えることを指すのではなかろうか。

グラマンF4Fhttp://military.sakura.ne.jp/world/w_f4f.htm
九七艦攻http://military.sakura.ne.jp/ac/kate.htm
「天山」http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/iboku-nakanisitatuji1.html
そうして必ず皈(かえ)って来ます。あの靖国神社にあの護国神社に、又父上母上の枕元に。(「遺墨集 中西達二」より一部引用)・・この印象的な一文中の「(かえ)る」の文字に目が釘付けとなる。調べても、何の史料も出てこない文字。わずか戦後六十年で完全に喪われてしまった精神文化の片鱗である。似ていることばに、魂魄(こんばく)があるが、調べると「魄」は、肉体に宿る魂をさすようだ。であれば、「皈」は、どういった意味がこめられたことばなのであろうか。

魂魄:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%82%E9%AD%84

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コメント

リサーチ:皈
http://takasi-azuma.de-blog.jp/blog/2008/01/post_c07a.html
(一茶の歩んだ道)
http://www16.ocn.ne.jp/~yenmado/omukae.html
(お精霊迎え)
http://www.miyoshi-mlit.go.jp/shasei/michi/hane.htm
(「君がため  名を高松に とめおきて 心は皈る 古郷の方」)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~n-fuji/k116.htm
(除隊記念徳利)

次に面白いことが書いてありました。とつぐ、とも読むらしい。
婦のつくり 帰ると同じ ふしぎかな  (乙)
http://www.komazawa-u.ac.jp/~hagi/ko_tame27.html
「嫁・婦(とつぐ)」(室町時代の古辞書『運歩色葉集』)

婦人(フジン)謂テ嫁ヲ曰(イフ) ∨皈(トツグ)ト。言(イフココロ)ハ女人適(ユク)コト∥夫(ヲトコ)ノ家ニ|如∨皈(カヘル)カ∥己カ家ニ|。故ニ云フ∨歸ト也。

「婦人を謂ひて嫁を皈(とつぐ)といふ。言ふ心は、女人夫(をとこ)ノ家に適(ゆく)こと、己が家に皈(かへる)がごとし。故に歸と云ふ」

はや!
すばらしい。
漢字字典では「かえる、かえす、き、け」と出てました。き、け、は音読みでしょう。婦人は掃除する人のことと思ってた。
関係ないのですが、最初にあげてくれた資料の中にあった一茶の俗っぽい時鳥句を読んで、やっと「なるほど!」と溜飲が下がったことがあります。其角の時鳥の句に付随する艶っぽいかんじが隔靴掻痒で、たぶんそうじゃないかと思ったんだけど、権威ある岩波本にはなにも解説がないんで確かめようがなかった。乙四郎、ありがとう。

乙四郎さんのお友達のお父上である渋谷幽哉氏について

熊本のお寺のご住職であり、永年教育長を務められた。
大石家とは戦後ずーっと親交があり、政則少尉の母親の葬儀では弔辞を読んでいただいた。

「政則日記」のあとがきに登場する協力いただいた方々の中(231ページ)の渋谷月子さんは、渋谷幽哉氏の奥様である。
確かに熊本県芦北町とある。

184ページから始まる母親の手記
「想いで草」の中に登場する「マサノリイル、クシラヘイケ」と謎の電報を打って下さった方(197ページ)は、渋谷幽哉氏が自分の親に電報を打つよう頼んだための出来事であった。

私は今朝、出撃直前までの一部始終を一番知っていたのは渋谷幽哉氏であったことを知りました。
幽哉氏は数年前に亡くなられ、現在奥様は
お元気とのこと。(テンダさんのお母さんですね)

ものすごく穏やかで優しい方でした・・・
との乙四郎さんの印象はあたっていると思います。
生死の境を潜り抜けてきた戦中時代の方に共通するものだと思います。

乙四郎さん、ひめのさん、美恵子(さくらの本名)
これ、どうしましょう。

ネットにも 魂魄皈る 彼岸かな  (乙)

このお彼岸に向けて神々が伏線をせっせと敷いていたとしか思えない展開、目頭にぐっときました。気象大学校編最終回のキーワードに「心揺さぶる」を予定していたのですが、今朝の乙四郎の心揺さぶられはマグニチュード7くらいありました。気象大学校のともだち(彼も中途退学して東大へ再入学したのですが、結局は皈ってきました)が、今、気象庁で地震の担当課長やってます。揺れを感知したことでしょう。
プチ興奮で心の整理がつかないので、ココのログを振り返って、神の伏線仕込みの手際を整理してみます。(投稿した書き込み以外のことも追記します)

伏線整理(敬称略)
2月17日(日)上妻小学校同窓会。姫野欠席。もし出席してたら、違う展開に・・・
乙四郎、座席籤引きの結果、「妙子」と隣り合わせに。
乙四郎、妙子から美恵子の死を知る。
乙四郎と妙子と美恵子の共通の知人(千治)の近況を教えてもらうため、乙四郎の携帯電話番号を妙子に教える。なお、乙四郎は滅多に人に携帯電話番号は教えない。姫野へも教えない。
2月22日(金)姫野、「同窓会」というタイトルを起こして、乙四郎に言及。
3月1日(土)妙子から電話をもらい、千治と40年ぶりの再会。
大石政則日記は、この翌日(乙四郎登場日)からしばらく空白。
3月2日(日)乙四郎、大学設立準備の調べ物のため、自分の名前で検索をかけたところ、姫野ブログを発見。さっそくお礼の投稿。姫野とは小学校時代に会話した記憶すらあやふやな薄い縁だったため、一時通過の心持ち。
3月3日(月)姫野、ジャイアンののりでリアクション。千治が高橋甲四郎先生という方の姪であることに言及。乙四郎、甲四郎先生という方がどんな方であるかの知識がなかったので、「同窓会」のコーナーから飛び出して、ブログ過去ログを散策。なかなか面白そうなブログなので、しばらく滞在してみようと心変わりし、その旨、投稿。
投稿のリアクションとして姫野から質問攻め。プライベートな経歴に関することなので、メールで私的に答えようと思うが、姫野のメールアドレスを知らない。こちらのアドレスを教えるすべもない。姫野はいまだに教えてくれない。
3月4日(火)姫野、なんと乙四郎の本名のタイトルを起こす。乙四郎、こんなオープンスペースで詳しく経歴を語るつもりはない。ちょっとだけ書いてお茶を濁そうと思っていた矢先、「さくら」登場! 読者がいた。興味深いとおっしゃる。
乙四郎は立場が立場なので、あからさまに経歴や思想を披露すると、後後指指(後で後ろ指を指されるという意の創作四字熟語)のおそれがあり、創作小説形式で書こうと決意。後後指指の際には、いやぁ、あれは作り話ですから、へっへっへ、と逃げれるように。おおまかにストーリー立てをし、伏線仕込みの構想を練る。ストーリ全体を覆うイメージとして、次の歌を思いつく。小説執筆開始。何年ぶりだろう、心が躍る。
サクラサク 心いかほど 十七で
  伝えきれねど 喜び重ね
3月5日(水) 姫野、たいへんだ状態であることをカミングアウト。乙四郎、このときは事態が飲み込めなかったが、やがて、精神的にまいるタイプのたいへんだ状態であることに気づく。視野狭窄でどん底へ落ち込むことがないよう、人生いろいろ何とかなるさメッセージを盛り込まんと、小説の基本トーンが、想定外にディープになってゆく。当初、宗教記述をそんなに書くつもりはなかった。量的にも頑張る。
3月7日(金) ちょっといい歌を思いつく。今にして思えば、意味深な歌。
思い出を 人が覚えて いてくれる
   紙も覚えて いてくれるかも (乙)  
3月8日(土) 乙四郎、学園宗教部に言及。宗教部なんてのを、おそらく高校卒業後はじめて思い出した。形として残っている宗教部の想い出は、ただ一葉の写真。テンダ君と並んで写っている。この日、姫野、事態をカミングアウト。
3月9日(日) 乙四郎、小説に次のメッセージを潜ませる。がんばれ姫野。
「揺れているもの、不安定なものがあると、視線はそこに釘付けとなり、周りに心が及ばない。しかし、ひとたび揺れが収まり安定すると、世界が急に広くなり、これまで見えていなかったものが見えてくるものである」
姫野、「虫のうた」をアップ。乙四郎、忙しい(←ホンマでっせ!)ので、普段は自分に関係ないところはちらっと見なのだが、姫野のカミングアウト以降は、つい隅々まで見てしまう。精神科医の本能か。おかげで運命の「竹橋駅」が目に飛び込んできた。
雑談:ちらっと見るのは look 、じっくり見るのは watch 、視野に飛び込んでくるのは see。
3月10日(月)姫野、「無意識にすごいことしてた自分に驚かされます。」なんて書いてるけど、ホント、その通りでっせ。
3月12日(水)乙四郎、「除籍謄本」の「さくら」コメントに思わず場外投稿。自分に律していたルールが破れる。
3月13日(木)「竹橋乙四郎」のタイトル登場。
3月17日(月)大石政則日記、再開。「渋谷幽哉」言及。乙四郎すぐには反応せず。場外投稿はしたくない。
3月20日(水)ずっと「渋谷幽哉」が気になっている。一度ルール破りしてるから、ま、いいかぁ、と気になっていることを書き込む。姫野の一大事がなかったら「渋谷幽哉」という文字並びを see することもなかったでしょうし、12日に場外投稿してなかったら、ここで気を許して場外投稿はしていなかったでしょう。

縁知らぬ 心の寒さも 彼岸まで  (乙)

どちらさまもありがとうございました。あつまっておいでの霊さんたちも。
大石政則日記を、そのまま、日付をぴたっと合せて、ブログにアップしたいと思ったのはなぜか、自分ではわかりません。しいていえば、自分を無にする訓練。こころをなにか別個のもののためにあけわたす。この、あけわたすということばに今とても敏感になっている。ずっと「空け渡す」という表記だと思っていた。ところが変換かけると明渡すなんです。
明るいのですよ。

日記の中断が折々入るのは、大石忠則さん自身の中断です。

さきほどの投稿、投稿者名が抜き取られてる。???

3月20日(木) 補足です。曜日も間違ってました。
乙四郎、朝、普通に起床。サロン「虹」の連句会へ行くつもりは毛頭なし。気乗りせず。姫野に張り倒されたくないから欠席、と念押し投稿。そして、ネットに繋いだついでに、気になってた「渋谷幽哉」氏のことを投稿。
10時頃、だったか、携帯の着信記録に知らない電話番号が。3月1日に受信している番号と同じ。「妙子」からだ、どうしたんだろう。
その番号へかけてみたら「妙子」が出た。姫野と代わるという。どういうことだ。
なんと、「妙子」=東妙寺らん だった。
姫野は執拗に「虹」へ出てこいと言う。乙四郎は嫌だと駄々をこねる。姫野は「出てくるまで始めんけんね!」と捨てゼリフを残し、電話が切れた。
連句会へ参加する意志はこれっぽちもなかったが、乙四郎のせいで開始が遅れたりしていたら申し訳ない、お昼の差し入れでも持っていこう、とちょっと殊勝な気持ちになる。ちょうど母がぼたもちを作ってたので、それをいただくことにした。ぼたもちの数が揃うのを待ち、何となく歩きたい気分だったので、歩いて「虹」へ向かった。
「虹」へは、「木村屋」(今は「プランタン」)の横を通るルートにした。お姉さんの姿でも見えないかな、と思って。しかし、この日はシャッターが降りていた。乙四郎の心のシャッターも閉じてしまったような気分で、ぼたもちを手にぼたぼたと歩いてると、向こうからやってきたホンダが停車した。ともだちくらいの年頃の女性運転手。40年以上会っていないが、姫野だと確信した。ここで姫野に拉致され、コロッケ経由で「虹」へ。荒い運転で死ぬかと思った。二度と乗るまい。

名前抜き取られの原因判明しました。こちらのパソコンの設定を変えたため。失礼しました。

ひめのさんと一度も会ったことがありません。
どういう人かあれこれ想像するのは楽しい。だんだん人物像が明確になってきます。
これでイメージ決定!!

ちょまって。
荒い運転かい。どこがじゃ。
黄色が赤になりそうだったのでささっとすすめすすめしただけだ。常識じゃないか!!ともよ、おそれるな。警察ごときにひるむな。にんげんのそんげんはそげなとこにはないのだ。ちなみにわが夫は、私とおなじことをして、ちょうど○○のように待ち構えていたけいさつに仕事途中でだほされ、二日もほか弁三食に耐え、かいほうされたが、だれにもあやまらなかったぞ。月光のようなおとこだ。これにはさすがのわたくしもまいった。そして、さすが、とうちゃんはえらい。とおもった。ふつうに考えると、めちゃめちゃ悪い人かもしれないが、心眼のみかたをすれば、とびきりウンがわるいこころ正しいひとなのだ。何度もいいますが、ちゃんときっちり罰金は支払ってきました。総額だといくらになることか。小さな違反をこつこつと。だれにもできぬ偉業だ。苦節三十年、語るも涙、聞くも涙じゃこのやろう。

妙子からの乙四郎コール。姫野から脅されてぇ、脅されてぇ~、と妙子も怯えた様子でした。

セレンディピティ(serendipity)

今朝、FM福岡でキャッチした言葉。「幸福な偶然」と訳されたりするそうですが、幸運luckyとは違う。ふとした偶然をきっかけに幸運をつかむ能力のことらしい。Wikipediaによると、何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す言葉であるとのこと。「偶然幸福発見能力」

Serendipity: the natural ability to make interesting or valuable discoveries by accident (Longman Dictionary of contemporary English)

ここにセレンディピティあれ。
今日はこれから、神父様をお招きして、大学校舎の祝別式(竣工式のこと)。
大学中央広場の桜が咲きました。

ああそうか。聖マリアはあっちの宗教ですよね。神父様と牧師さまの違いもいまだによくわかりませぬが、地鎮祭と似たことをするんですね。
おととい夫を乗せて、やさしい運転で、ドライブがてら乙四郎の大學をみにゆきました。まだ工事中でした。たんぼのなかにぽつんとあって、とてもいいなあと思いました。夫の退職がもう少し早ければ、社会人受験できたのにと思いました。何年のれないか、まだわからん。医療従事者だった。

さくらさんと強固はんは旧知の間柄だと勝手に思ってました。私とランさんと強固はんは、高校1,2年のときに同じクラスで、出席番号がつながっていたのが御縁です。しばらくは音信不通でしたが、強固はんの新聞投稿してある文章で、「これは絶対強固はんだ」と確信して、新聞社に問い合わせたことからまた交際が復活しました。彼女が警察できった、はったをしているところを見てみたかった。いつか再現してね。

ぼん。そうだったん。しらなかった。なんば書いておったのかしらん。ずっと母子家庭みたいでしたので、ストレス発散が投稿だったんです。
警察の人たちはとてもよい人たちばかりでした。すなおに事情聴取されただけです。
そういえば、十年前くらいに詠んだ句があります。供述調書を取られた記念に詠める・・と小さく前書がいりますね。笑
夕焼けのカーボン紙敷く小詰所
  供述書から菜虫這ひだす

新聞投稿といえば西日本新聞の「こだま」「紅皿」でしょう?
乙四郎さんも言っとんなさったけど。
「こだま」「紅皿」の常連さんで私の幼な友達がいるんだけど、名前言うても知らんやろね。

西日本新聞はこっちでは読まれんけん、鳥栖のおばが切抜きを送ってくれるとよ。

たぶん、しっとるです。
おっしゃってください。こそっと大声で。

テンダくん

今は立川在住のテンダくんからメールがきました。三十年ぶりの近況報告。高卒後ともに上京し、しばらくは交流してたけど、気象大学校を中退して乙四郎が帰郷してからは賀状交換のみ。それも互いに引っ越しを繰り返しているうちに音信不通となってしまってた。
このたび、たまたま真和同窓会で再会した、やはり三十年ぶりのともだちがテンダくんと賀状交換を続けてて、メールアドレスが判明。メールしたらすぐに返事がきました。
今、職場は府中市とのこと。乙四郎も昨夏退職直前の1年半は府中市の精神・神経センターに勤務してた。なんだ、いつでも会えたんだ。
幽哉氏は1996年5月5日に亡くなり、今年は、5月11日に十三回忌の法要だそうです。大石さんの話は、テンダくんも幽哉氏から良く聞かせて貰いてたそうで、幽哉氏に誘われて同期会や慰霊祭にも何回か参加し、大石トクさんとも面識があるのだそうです。
幽哉氏の遺稿集から、串良と大石さんに関連する部分を抜粋し、メールにファイル添付されてきました。渋谷夫妻と大石トクさんとの3ショット写真も。「大石政則君を偲ぶ」という、おそらくトクさんが亡くなられた折に書かれたエッセイも。ブログ投稿ではファイル添付できないのが残念です。広場でばらまくわけにもいかないし。
テンダくんとは、法要の折にでも再会したく思います。素直に再会が嬉しい。

ありがとう 神でも仏でも どちらでも
   さくら花咲き 人の縁知る  (乙)

展太さんとの再会が楽しみですね。
わたしは府中市ってどこにあるか知らなくて、てっきり大阪かとおもってました。ほら、ことばのひびきが、フだし。笑
でも根岸病院ってあったんで、根岸ってあの正岡子規のけ?とおもって調べたら、東京だった!。音痴でこまる。いやあ乙四郎がきてくれたせいで世界が広がるよ。ありがとう。笑
展開がはやくて素晴らしい。びっくりしている間もありません。

さくらさん
テンダくんからのファイルをメールに添付して送りたいので、私宛にメールをください。
メールアドレスは、「ぺ」で始まる本を使った暗号で、以下の通りです。

164頁 「(食べ物)」の真ん中の字。
71頁 2行「。」の前の字
170頁 最後から2行の17字目。次頁6行の5字目も同じ。
203頁「も」で始まる歌の14字目
180頁2行最後の不明語の前半2字
204頁3行下から6字目
181頁点線囲み内4行( )内7字目
230頁4行下から7字目

ひらがなはヘボン式ローマ字に変換ください。
カタカナは、記号に置き換えてください。真ん中ではなく下です。
解読したら、それに @yahoo.co.jp をつけて送ってください。
返事にファイル(PDF)を添付します。

乙四郎に痴呆症状

乙四郎の前の職場は府中市じゃなく小平市じゃった。いつも「府中本町」行きのJRに乗ってたもので。

本当にこんな結末が1ヶ月の間にやってくるなんて誰が予測できたでしょう。

でも、これは単なる偶然ではなく、himenoさんの素直でまっすぐな性格、常にたこの足のように8本以上の触手を伸ばして吸収した物を自分のものにし、体中から言葉が噴出しまくっている人、その触手に私と乙四郎さんが引き寄せられた結果だと思います。
(頭の中で描いているhimenoさんを、文章の苦手な私が文章にしたらこうなった)

加えて乙四郎さんも12本くらいの触手を持っていらっしゃる、優秀な方と言うのは、データ量の多さ、スピード、表現力、人間的暖かさ誠実さをすべて兼ね備えている人の事だと乙四郎さんを知ってそう思いました。

さて、メールアドレス解析できますかどうか、届きましたらご喝采です。

暗号注:カタカナの記号置き換え、間違えると他の人のところへ行くおそれがあります。慎重にお願いいたします。(×-○_)

さくらさん。
乙四郎。
へんだよねえ。よくこんな暗号考えるよね。そうかそういう本を読んでたんだね。
しみじみしじみ。
こまったこまったコマドリ姉妹。

けふは市の入札初日。
わが社、惨敗す。
結果をきいて目をむく。
なんで損するばか安い料金で請け負うところがあるんだろ。想像をはるかに下回る額。警備はボランティアかい。ほんなこて、はらんたつ。明日はやるぞ。とるぞ!

注:
乙四郎の迷惑メール対策が過剰なのか、初めて届くメールがしばしば「迷惑メール」フォルダに分類され、ついついまとめて消去しがちです。メールをくださる際には、メールタイトルでの自己主張をよろしくお願いします。
乙四郎

乙四郎様

181頁点線囲み内4行( )内7字目
漢字、これがどうしてもわからんです。

さくらさん
あれ?ひらがなだったと思う(いま手元に「ペ」がないので確認できず)
電文記録が点線で囲ってあって、その4行目の後半の括弧で括ってある文字並びの真ん中あたりです。
管理人は無事解読されたようです。
それ以外の部分がわかられたのだったら、容易に想像つく文字だと思います。
メール、お待ちしてます。

ちなみに乙四郎が取り寄せた「ペ」は第二刷。第一刷の誤謬修正などがなされてたら、暗号は解けないかもしれません。

ただいま解読しました。

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