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2008年3月24日 (月)

連句的 1

 

連句的  

  連載 (1)

             姫野恭子

 お風呂場にボヨヨングモのたこをどり  

あれは学名なんという蜘蛛だろう。身丈五ミリくらいの頭部というか上半身に、三段階で折れ曲がる全長四センチほどの脚部を有する極小サイズの蛸(たこ)のような蜘蛛。図鑑で調べるのは気乗りせぬので、仮にボヨヨングモと名付ける。このボヨヨンがわが家の浴室の四隅に長らく居座っておるのだ。その営む巣は、おんぼろで緻密で、何ともいえない味わいがある。一般的なクモの巣は、中心を意識して張り巡らされる楕円形をとる。が、ボヨヨンの巣は複雑というのも憚られるほどめちゃくちゃで、遠目には大きな埃が垂れているような感じなのだ。中心点など、どこにもない。それでいて近づいてみると結構手が込んでいるのである。粋なやつである。

はじめは見つけ次第、スポンジで巣をふき取っていたのだが、その瞬間に奴がパニックになってちっちゃな体をボヨヨンボヨヨンと震わせるのが感動的で、それが見たくて、殺生には至っていない。

            ◇

九鬼周造はボヨヨングモの巣を「いき」と評するだろうか。
「いき」を現すには無関心性、無目的性が視角上にあらわれていなければならぬ。放射状の縞は中心点に集まって目的を達してしまっている。それ故に「いき」とは感じられない。ーと、彼は言う。

            ◇

野暮なはなしだが、十三になった次男が夏休みに包茎の手術をした。私は男の子を二人持ちながら、今まで全く気づかなかった。本人が気にして、手術を受けたいと言い出さねば、めんどうな事になるところだった。久留米の聖マリア病院の小児外科医・赤石先生が診られ、手術すべきとの診断で、塾が盆休みとなる週に一泊入院で手術を受ける。夫はさすがに気づいていたようだが、もっと先でいいと思っていたようだ。先生がおっしゃった。「ほうけいは、小さいときに切ったほうがいいんです。大きくなるほど、大変になるから。白人男性は百パーセント切ります」。

まだ声変わりもせぬ次男なのに、中学に入ったとたん、性的な事柄に対して耳ざとくなってきた。サッカー部のみんなと、着替えするときにちんこの見せっこをしたりするのだそうだ。想像するとおかしい。術後数日は、鉄人28号のような歩き方をしていた。

            ◇

  看護婦と娼婦のしぐさ似て寒し  星野石雀

次男の手術には若い男性の看護師がついていてくれた。手術の前日に、手術が怖くなってもう止めようと言い出した息子の心をなだめ、勇気づけてくれた。若い女の子じゃなくてよかった。
知人に清純な看護婦さんがいる。彼女はむかし、医師に患者の性器を持っておくよう指示されたとき困ってしまって、ピンセットで挟み持ったら、医師に激怒されたという。ちゃんと手で持ちなさいと。そりゃ当然だ。ひどい話だ。でも、職業的無関心って、なかなか装着できるものじゃないのだと、おもった。年季がいる。

 連句誌れぎおん(前田圭衛子編集)51号より  

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