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2008年3月 9日 (日)

虫のうた

蜘蛛の巣に二の砦あり掛かりけり

蜘蛛の囲の弛び具合の油断なし

        高木一惠
         句集『悲母なりし』より 

一句目。
蜘蛛はジョロウグモ。複雑な多面体の囲を張る。その仕事ぶりをじっと観察していたことがある。しゃかしゃか動き、せっせせっせと糸をめぐらし、よくはたらいた。沈黙のような深い長い休憩。そしてまた彼女は取り掛かる、二の砦に。
去年○○組の下水道掘削現場にはりついていたとき、人も車も軽車両もなにも通らず暇で暇で、退屈しのぎに道端の椿の木のジョロウグモを見ていた。
掲句を読み、中くらいの大きさのジョロウグモが、二本の木の間に壮大なおうちを作ろうとして、まずは一面、つぎにもう一面と別邸を構えんとする瞬間が浮かんだ。観察眼の行き届いた写生句である。
二句目。
これも高木一惠らしい味わいの一句。ゆるびぐあいのゆだんなし。頭韻も踏んできもちいい。ぴんと張られた蜘蛛の網と、だらんとした蜘蛛の網と。自在な網を張って蜘蛛は獲物を待ち受ける。近づいてよくみれば、手が込んでいて芸が細かい。ひかりの反射角度で見えたり見えなかったりする。その弛み具合の先に蜘蛛の強靭な顎がある。

蜂の巣を見上げてをりぬお面売り

        櫻岡素子
        句集「野の花」より

これは原句に未確認。記憶である。
昨日、呆 夢(ぼん)から届いた夏の付け句に「トリコロールのカキ氷売り」とあった。それをみて思い出した句。テキヤのおにいさんがお面を売っている。屋台は境内の樟の木の下。しばらくするとどこからともなく蜂がうなり声をあげてやってくる。あれえ?蜂の巣があったのか。男はきょろきょろとあたりを見回す。みあげれば樟の木には小さな洞ができていて、蜂の巣が掛かっているのだった。

虹はなぜ虫偏であるか
 熱風の
地下鉄〈竹橋〉駅に立ちゐて

        松平盟子

この最後の歌の出典をしらない。現代短歌だが、つくりが俳句に似てい、二句目と三句目のあいだには明確な切れがある。この歌を思い出そうとして、完全には思い出せなかったのは駅の名。竹橋駅!この名であった。熱風の地下鉄まではきっちり出てきたが・・。歌の出典を知らないが、この歌にであった本はまだ持っていた。『女うた男うた』という本。歌人・道浦母都子と俳人・坪内稔典の共同編集による優れたアンソロジーである。
この本をわたしに下さって、なにか書いてごらんなさいといってくれた1991年時の天籟通信の編集者筑網敦子氏。あれから十八年たちました。わたくしはあいかわらずさとりのない日々をおくっております。

参照:地下鉄竹橋駅(たけばし)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%A9%8B%E9%A7%85(このなかの地名の由来を開きますと、竹橋事件という珍しい事件がでてまいります。また、橋のすがたも見れます。それをみて、なるほど、虹を思い出す橋の姿だ!と合点がいった。具象のうたでありつつ、暗喩の歌でもあったわけです。それと、この写真をみて、はっとした。1月に靖国神社の九段にいったとき、反対側に見えたような気がしますが。あれはそうじゃなかったのかな。)

連句会のご案内:

とき:3月20日10時から4時ころまで

ところ:八女サロン「虹」(ふつうのおうちです)
    八女市宮野町花むらさき(和風レストラン)前。

もってくるもの:筆記具。歳時記。

歌仙をまきますので、今の季語入り発句を一つ用意下さい。

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コメント

耶馬溪、水害がひどいらしくて。

みやけさん、しげよさん。おみまいもうしあげます。
こんなところに、かかなくてもよさそうなのに、なぜかここがでてきました。
もうしごとにいかねばなりません。すごいかみなり、そして、豪雨。
どうか、マヤ暦はなくなっても、あしたがありますように、きょうがありますように。

なぜかここにでました。
よみかえすと、ふしぎ。

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