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2008年2月19日 (火)

はだか麦

昭和三十年代の昔、わが家でふだんにふんだんに食べていた麦ご飯(白ご飯が食べたかったのに)にはいってたのは、はだか麦だったそうです。昨日母に尋ねました。裸麦。これで、小麦、大麦、裸麦と出てきたことになりますね。でも違いはよくわかりませんよね。

お寺での輪になっての会議で、たまたま隣に座ってらした方は県職員だった方で、農業土木の技術屋さんでした。定年でしばらく民間の会社につとめ、今は世話役がいろいろ回ってきてるフリーといわれた。で、話を伺ってたら、いとこの夫とか近所の親戚の親戚と同僚だったことがわかり、これが縁のめぐりだとおもった。

農業土木ということばは、日本にしかないと、以前、司馬遼太郎の街道を往くで読んだ記憶があります。そういう地と密着した農耕の技術は長く地に住み着いて苦労したなかからしか生まれない。それ、『朝鮮全土を歩いた日本人ー農学者・高橋昇の生涯』 にも出てきます。高橋昇博士が生涯の運命の地、沙里院へ渡って、初めての上司から教えられることに、それがあった。七十年も前の話です。こんなかんじです。

「いまの日本政府は西洋を手本としてあおぎまくっているが、朝鮮農業を実際みていると、あっとおどろく優れた工夫がなされている。二年三期作だ。いろんな作物を同じ畝で高低の段差をつけて、時機を微妙にずらして、みごとに合理的に作っている。おしえられるよ。」・・というものでした。ものは現地に学べ、ということですよね。

はだか麦とは:

http://www.glip.co.jp/mochimugi/mugi/hadaka/hadaka.html

http://ss.skk.affrc.go.jp/labo/kirenn/shiryoka/kenkyuseika/kenkyu%2017.htm

河田宏著「朝鮮全土を歩いた日本人 農学者・高橋昇の生涯」

表紙写真付き本の紹介:http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31998507

塩川慶子さんによるご紹介:

http://www.ohmynews.co.jp/news/20080205/20602

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コメント

 日韓を股にかけて、フリーライターで活躍している塩川慶子さんという方(大阪在住)が、「朝鮮全土を歩いた日本人」の紹介記事を送ってきましたので、このブログに掲載させていただきました。悪しからずご容赦ください。

 下記のアドレスをクリックして下さい。
 http://www.ohmynews.co.jp/news/20080205/20602

甲四郎先生、このコメント欄では、ウエブ引用がどうも無理みたいですので、本文できちんと引用いたしました。教えてくださってありがとうございました。

ここが読まれています。

今年から我が家の田んぼには麦が収穫されている。
立花町の知らない方が知人をとうして作らせてくれ、と。
昔みたいな二毛作になります。

初めまして。大阪在住の郭と申します。塩川慶子さんを知りたくてこのウェブに出会いました。塩川さんが書かれた古代ロマン摂津百濟郡に興味を持ち、また活用したいと思いました。ついては塩川さんの了解なりを得たいと思い探しているのですがなかなか見つかりません。もしおわかりであれば教えていただけたらと。メールなり私の携帯に一報くださればありがたいです。筋違いな願いで申し訳ありません。携帯090ー4569ー7677です。よろしくお願いします。

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