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2008年2月 7日 (木)

御正忌さんのころ

アメリカの選挙、スーパーチューズデイを迎え盛り上がってきましたね。ほんとに接戦になりました。あちらの候補者一覧を見ますと、まず、それぞれの名のそばにはきっちりと信仰する宗教が書かれているのに感嘆します。

ところで先月真宗のお寺では報恩講、ご正忌さんがありました。
親鸞聖人のご命日をこう呼ぶのですが、旧暦十一月二十八日(でしたっけ、二十七日でしたっけ)は、新暦だと今年は1月6日あたりで、私のお寺では1月の末でした。十時頃から細長い卓にずらりと並んで、みんなでお餅をちぎっては丸めました。五百円玉くらいの丸にして、餅花(御華束)にするのです。たくさんたくさん作って、それに竹の串を刺して、花束に見立てます。お寺のきらびやかな仏壇の両脇でこれが揺れているさまは、ご正忌さんならではです。毎年のことながら、この時期は寒くて、昔ながらのお寺は底冷えがします。1月はその餅作りと報恩講と後片付けの餅ほぐしと三回もお寺にでかけました(うち最後の一回はオヤが行ってくれた)。いくたび、お寺はさむいなあと思います。

大きな古いお寺(檀家数約850)で、ご正忌さんは三日間です。御講まかない(食事係り)当番班が八個ほどの集落で、はじめての人たちとわっさかわっさか精進料理の定番を作り、お坊様の法話の前にいっしょにたべて、また片づけます。そのとき、どこかで以前お会いしているのだけど、どこで会ったのか、だれなのかがお互いにおもいだせない人がいました。こういうとき、どういったらいいものかわかりません。あちらはお茶碗をあらいながら、私はふきながら、どこであったのでしょうねえ・・。

それが、数日後、近所の友からのメールでわかりました。
以前三ヶ月お世話になったヨガ教室の仲間だったということに!わかってみれば、なあんだ・・。縁ある人とはふしぎと何度もあいます。その人とも親戚の親戚でした、話していたら。

一番寒いとき、ご正忌さんがあり、酒造の蔵開きがある。
もう終ったところもありますが、先日はその警備依頼の電話がありました。
いくつかの酒造が合同でやるみたい。
昔より客は少ないのでしょうか、どうでしょうね。
交通取り締まりが・・ですものね。こちらもまた、来客にお酒をのんだらハンドルを握らないでと書いた注意書を配るのが、最初の仕事のようです。

にょらい たいひのおんどくは
みをこにしても ほうずべし
ししゅちしきのおんとくも
ほねをくだきても しゃすべし

お寺ではこの歌を法話を聞いたあと、みんなで合唱します。歌詞、記憶ですから少し違っているかもしれません。みんなひらかなでごめんなさい。ししゅちしき、がどんな字がわからなかったからです。仏教用語は難しいですものね。
でもだいたいこんな歌です。
長生きの親鸞聖人が晩年近くに作られたみうた、「骨を砕きても」 という歌詞がすごいです。山本健吉も書いてましたが、浄土真宗は仏教のなかでいちばんキリスト教と似ています。(もっともキリスト教といっても宗派がすごいようですが)。

付録:

さて、ゲストのお坊様はテノール歌手でもある星野村の樋口不可思師でした。美声のこのかたはご法話もおもしろい。今回はこんなおはなしが印象的でした。銀行や郵便局にお金をあずけても利息がつかないので、行員の甘言にまけてなんとかとうししんたくにあずけた。とらのこのにひゃくまんえん。すると、あっときづいたときにはひゃくろくじゅうまんえんにへっていた。おやじからはおまいが欲をかくからだとしかられる。(このかたはまだ50代)。もうさんざんでございました。笑

お坊さんも欲はおなじなんだなあとあんしんします。

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コメント

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし  

おおおのだ。よかった元気かや。ずっと気になっていた。ししゅちしきって、四の字が入ってたようなイメージがあったのだけど、ちがいましたねえ・・なあんだ。師主。だれを指すのかな。法然?仏陀?
この歌を歌うたび、わたしは摩天楼に東京の人が書かれていたことをおもいます。井上ひさし劇団の劇をみにいったら、身をこなにしてという、そんなのきいたこともねえやい。っていうのでした。で、普通ならそこでおわりなんだけど、その人はきっちりオトシマエをつけたそうです。つまり、その劇のきゃくほんをかいた井上ひさしさんの子どもさんにあてて文書で正したら、次回からちゃんと身をこにして、にかわっていたそうです。
あのさ。こういうことってどうでもよさげだけど、無意識のものですから、ね。なにかがみえるとおもうのよね。八女市の慰霊祭でも、散華(さんげ)をさんかとなんどもまちがえてよみあげたひとがいた。あの政治家の代理の若い人。せっかくの名文もはらほろひれはれでした。かれは後で教えてもらえたのかしらと気になります。としよりたちは失笑していたので。
なにはともあれ、おしえてくれて、ありがとうございました。

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