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2008年2月 7日 (木)

大石政則日記 その3

昭和二十年二月五日

風強し、寒気強く曇り。飛行作業なし。午前自習。艦爆は一機着陸の際掩体壕(えんたいごう)に接触、前席山下少尉、後席教官池田少尉負傷。月曜日は事故多しとの言伝えを又々実証する結果となりぬ。午後、山下大尉、兵術、日本の飛行場建設について。

※掩体壕とは・・

http://www.pa.skr.mlit.go.jp/kouchi/B/kochiair/kochiair03_01.html

http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/kunisaki/entaigou/entaigou.htm(宇佐)

『ペンを剣に代えて』 (西日本新聞社刊)
特攻学徒兵海軍少尉 大石政則日記より
表紙写真のある紹介記事:
http://www.geocities.jp/masa030308jp/penoturuginikaete.htm

http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000189.html

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コメント

大石政則日記、いつも取り上げてもらってありがとう!

予科練の少年や大学を中途で入った政則少尉たちは率先して特攻志願したのに、根っからのエリート軍人海軍兵学校出身者は
後方に回るケースが多かった中で、
この日の日記に出てくる山下大尉は、兵学校出身で一番初めに特攻戦死した人です。

「掩体壕」この言葉結構好きです。
女としては結構軍事お宅かも。
昨晩も布団の中で眠れなくて「兵士へ聞け」を読んでいたら号泣した。

さくらさん。
私はこれを入力するまで、掩体壕というものを知りませんでした。検索で今も存在すると知ってなお驚きました。

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