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2008年2月 1日 (金)

熊井啓監督

暮れにふっと付けたテレビで、故・熊井啓監督が原作者の遠藤周作とともに、ある事業家のもとへ映画『海と毒薬』の資金を出してくれるよう何度も頭を下げに出向いたというエピソードを見た。

わたしはこの監督をただ一作によってすごいなあと思っていた。
それは『千利休ー本覚坊遺文』。

ビデオでなんども見た記憶がある。ラストシーン、忘れがたい。連句の原点みたいなものが確かにあそこにはあるような気がする。そういうことは全くでてこないのだけれど。原作は井上靖。この人の自筆の詩作品が八女市の堺屋『山本健吉 夢中落花文庫』に掲げられていたものですが、いまはどうなっているでしょう。なにしろ市には全く予算がなく、すぐれた文化財の保護が出来ていない。古賀誠議員、橋も結構ですが、文化にお金ください。ひめのに本を出させてください。にひゃくまんがないので、だせない本があって、それには、八女市のいちばんの宝が書かれている。天文歌人の百首和歌の読みです。これを出版しなければ、と思うけど、子の教育にお金がかかりすぎて、まったく先がみえないため、出版社に入れっぱなしの状態です。あ、これ、関係ないですね。つい愚痴をこぼしました。

おなじころに出たてしがわら監督の作品はちっとも心にひびかなくて、途中までしか見る気がしなかったけれど、こっちの熊井啓の利休には非常に感動した。なにかが、あった。(今にして思えば、てしがわらさんの草月に若いころ数年間所属してお花を学んだのですけれど、月刊誌『草月』は、やたら小難しくて、教養ひけらかし以外のなにものでもなく、嫌味でしかなかったなあ。その印象と映画とまったくおんなじ味だった気がする。)

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