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2008年2月28日 (木)

宇佐八幡と俳句

   宇佐八幡と俳句

        都留 嘉男

宇佐神宮(通称宇佐八幡)は神亀二年(七二五年)創建。
全国に四万社以上ある八幡宮の総本宮である。
 
主祭神は、応神天皇・比売大神・神功皇后の三柱。渡来系の色が濃い神仏習合の神社であったが、渡来系と大和政権との勢力争いが絡んだ複雑な歴史を有する。都から遠い九州の地にあるが、東大寺建立支援、和気清麻呂による神託事件、隼人征伐など歴史の上でのさまざまな出来事に関わってきた。

源氏が八幡神を守護神としたことから戦の神として武家の尊崇を集めた。近くに「雲の墓標」(阿川弘之)に描かれた宇佐海軍航空隊(宇佐空)があった。この基地を発進する特攻隊員は神前に必中を祈って飛び立ったのである。

代々の宮司は宇佐、宮成、到津の諸氏から出ているが私の宇佐高校時代の級友に、宇佐、宮成、到津の諸君がいた。歴史が現存している土地でもある。

現在は初詣と夏越祓の時期を除いては後記の句にもあるように田舎の静かなお宮であるが、結構著名な俳人が句に詠んでいる。そのいくつかをご紹介する。

ゆく春や歌も歌へず宇佐の宮  蕪村
神かけて祈る恋なし宇佐の春  夏目漱石
宇佐八幡出づるに匂ふ花柊   松崎鉄之介
宇佐八幡池の濁りの源五郎    森田公司
初花や素顔をさなき宇佐の巫女  宮下翠舟
泥鰌掘る宇佐も田舎のことなれば 松田禹川
桜咲く宇佐の呉橋うちわたり   杉田久女
梢より目白の囀り宇佐神宮    瀧澤伊代次


 宇佐海軍航空隊

南冥に桜背に挿し征きしとう   都留 嘉男
宇佐空の掩体壕跡敗戦忌       〃 

 季刊俳句・連句誌『八千草』 山元志津香主宰
 45号(平成二十年二月編集発行)より引用 

おしらせ:

この記事でアップ記事総数が888となりました。トラックバック44、コメント総数1456。めでたい。大石政則日記とも関連する宇佐八幡の随想を今朝たまたま俳誌にみつけ、これはブログに入れなきゃいかんと思って、出社前の朝のわずか十五分でばたばたと打ち込みました。あとで確かめると888という縁起のいい末広がりの数字になっていて、ふしぎな符合でした。 

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コメント

しかも、2008年2月28日。これも何かの符合でしょうか

おめでとうごじゃいます。
888とはめでたいですね☆
すごい数!
私はまだ200とちょっとの若輩者デス。。

やまももさん。ありがとうございます。指摘していただいて気づきました。ほんとに面白い数字ですね。
ラミラミさん。あなたは弁当アートの天才だ。あたしはあの、あおっちょろいぬりかべ弁当がすきだったよ。コメントしなかったけど、あれを見て、正月ののこり餅のアオカビの味をなつかしく思い出しました。すごい色だったよね。

いま気づきました。
八千草。宇佐八幡。八女。888。2008年2月28日.さあ全部で八がいくつ。答え・・八個。

なんてこと!

父の戦死した日、  11月8日
父の生まれた日    3月8日
父が門司港を発った日 9月8日
父の父の生年月日   9月8日
政則さんの戦死した日4月28日・・・

戦艦大和が進水した日8月8日、山本五十六戦死日4月18日、マッカーサー進駐記念日9月8日、主権回復日(アメリカによる占領が終わった日)4月28日とか・・・・、
開戦も12月8日だし、あの戦の決戦となる節目節目がみーんな8がつくのだ、これが。

む。
むむ。
むむむ。

せっかくいい流れだったのに、縁起でもないデータを披露してごめん。

夏目漱石 宇佐
検索22万件中3位です
無断引用をお詫びいたします
1位はこのブログでした↓

おお。この1位のお酒。のめないけど、ほしくなりました。清水こんのかっぱの絵がついたおかんどっくりがついてくるらしい。しかも、ほかにも、ゼロ戦の絵がついたお酒とかあります。さくらさんがほしがられるような。
しみずこんは、石橋秀野の義弟にあたります。

すごいマニアックなお酒ばかりですね。
「同期の桜」という銘柄のお酒は持っていましたが
飲んでしまいました。

さくらさん。
母がザリガニおっちゃんに連れられて買ってきた盛弘の包丁以来、立花町がきになっていて、あれこれ検索していたら、持丸寛二という映画人とぶちあたりました。この人、立花町に関連があるらしい。出身者かもしれない。そういえば友達にもちまっちゃんっていました。おなじ苗字。
この人を検索してたら、ほれ。ここ。みてください。
つながったではございませんか。すざきかつやさんとも、くろきひとみさんとも。南十字星。みたい。↓

持丸寛二、久留米出身となっていますが、海軍にいたとあるので相当な年、須崎勝弥さんと同年齢かも知れませんね。
それでいて東北にコンピュータの専門学校を作って映画も作ったとありますので相当な野心家ですね。
その作品が黒木瞳さんのデビュー作品と言うのがすごいつながりです。

その映画、事情あってお蔵入りと言うところが「ああ、またか」と思いました。
いい作品があっても思想的なことから宣伝もできない配給もできないという経過をたどるのが多いから。

あれ?でも最近、劇団四季で公演してなかったっけ?「南十字星」

大石政則→渋谷幽哉さん(乙四郎さんと繋がる)→須崎勝弥氏→持丸寛二氏→黒木瞳さん→高橋甲四郎先生→さくら→かささぎ・・・・

70年にわたり全部どこかで会っている。

さくらさん、その映画、一度も公開されていないのですか?

ごぶさたしております。
高木彬光氏は、推理小説「邪馬台国の謎」(だったかな?)で、邪馬台国=宇佐説をとってます。宇佐八幡神宮の下に古墳があり、これこそ卑弥呼の墓だと。
壱岐から九州本土に渡るには、松浦よりも福岡市沿岸のほうが近いはずだ、というのがその根拠の最初にありまして…以下省略。

あ、それからですね、邪馬台国(邪馬壱国)現福岡県説を取るにしろ近畿説を取るにしろ、我々?福岡県民からすると、やはり壱岐からは「海の正倉院」沖ノ島→大島→博多湾へと上陸したほうが安全で 近道なわけですよ。それなのになぜ松浦に上陸するのか?と言えば、それはそれで一つの仮説は立てられるし、やはり旧地名の謂れというのは根強いものがあるから、末廬国=松浦というのが定説になってるのも(あの大胆な古田武彦説でさえ全く疑ってないほど)否定できないし。

まあ余計な話ですみません。最近Mixi見るので忙しいもんで。

ついでで言うと、「南十字星」というのは、劇団四季の「昭和三部作」、「李香蘭」「異国の丘」につづく三作目と、映画「南十字星」は別物です。

ろいりさん、いきてござったとですね。
なんだ心配して損した。おとっつぁんをなくされて、気落ちされておられるのだろうな。とおもっていた。それが、三木市してるからいそがしいとな。ふん。かささぎ、いちどもみきしみたことないよ。と、ここはいばらんでもよかったいね。・・・

宇佐神宮への産道じゃなかった、参道に黒男神社というのがあり、ずっと気になっていました。それ、なんだろとおもっていたのですが、どうも、たけうちのすくねをまつるものみたいです。

黒男神社について、ここが詳しい。
↓ひもろぎ慫慂

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