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2008年2月16日 (土)

オッシャギ飯

『朝鮮全土を歩いた日本人 農学者・高橋昇の生涯』(河田 宏著)。

高橋昇博士のこの伝記が、まず福岡で売れ始めたらしい。
よかったなあ!!涙、涙。
あの不幸な時代に、このような偉大な日本人農学者がいた。
それだけでも素晴らしい救いなのですが、その人が八女出身であることが郷土の誇りであり、また、日本人の誇りです。

先日、高橋甲四郎先生にお答えいただいた「朝鮮少女が運んでいたのは大麦だった」件の続きです。

小麦と大麦、どうちがうのか。

これを調べていました。一目瞭然でわかるサイトがありました。

http://www.eurus.dti.ne.jp/~kae-/mugi/mugi3.html

それぞれの育ちの経過もわかります。
(どこのどなたか存じ上げませんが、ブログマスター詳しいレポートをありがとうございました。引用させていただきます。)

むかし、高度経済成長以前の昔、わが家では二毛作をしており、小麦は自家製でした。おもにうどんをうちました。ばあちゃんがささっとこねて、うどん玉にして麺棒でのばし、ぐるぐる回すと麺がべーっと出てくる小さな機械で、うどんの手打ちをしては「うちこみ」という郷土料理をこさえてくれた。季節の野菜がどっさり入った煮込みうどんです。
また、ごはんにも、オッシャギという名の麦が入ってました。標準語では押し麦です。先日ファクタフォーラム聴講で上京したとき、ふらりと入った「牛タンねぎし」でも押し麦飯をおかわり自由でたべさせてくれましたが、あそこ、調べたら、結構歴史ある有名なお店だったようです。いまは都会で押し麦飯がはやっているのですかね。この押し麦は、どうも大麦らしいです。ということは昔は大麦も作っていたんでしょうかね?私にはわかりません。ただ、たいがいのものは自作してたことだけはわかる。

ところで、さいごに、やはり米、政府管掌米ですが、古古米も全部ははけてないようです。売却代が入ってないみたい。どうなってゆくのでしょうね。心ある記者のみなさん、全国のカントリーエレベーターを調べてみてください。実態をしりたい。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q116932716

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