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2008年1月31日 (木)

朧大橋

財務相をつとめた谷垣禎一・自民政調会長は、財政通といっても法学部出身だから、ケインズの弟子カーンの乗数理論をまともに勉強したことがないのではないか。乗数効果の低下を主張して、道路予算を削ろうとしたのは財務省ではないか。堂々と「私はケインジアン」と胸を張っていた師匠の故宮沢喜一と比べてあまりにお粗末と思えた。小泉政権下で右往左往した古賀誠・元幹事長も、およそ乗数理論とは縁がなさそうな面構えである。これだから宏池会は駄目になったのだ。

いい機会だから、新訳「一般理論」を読み直し(?)てみたら。ケインズを金科玉条にするつもりはないけれど、第三篇「消費性向」8~10章は古びていない。古代エジプトが暮らしの役に立たない貴金属探しとピラミッド建設に血道をあげ、その巨富を築いたというケインズの皮肉(?)のきいた文章を味読するがいい。里山を蹂躙するあの醜い道路こそ、日本のピラミッドなのだ。   
以上、阿部重夫ブログhttp://facta.co.jp/blog/(1・27permanent link)から無断引用。

さてと、おぼろ大橋、出ました。
八女郡上陽町です。じょうよう。

二年前だったか、私も「まことばし」とはどんなものか、見に行きました。八女も山の中となるとまだまだ行ったこともないところがたくさんあり、ここもその一つでした。谷が折り重なる地にある虚空蔵菩薩まで一人ででかけた(縁を頼みに)ときに、ついでに見学してきました。感想?「は~。こげなとこにこげんか橋ば造って、いったい誰が通ると。たぬきしか通らんめえが」 でした。笑。一日二百台通るという話ですが、ほんとうかな。少なくとも私が訪ねたときには、二台しかすれ違わなかった。驚くべきことに黒木方面へは行き止まりでしたから。(まだ建設途中なのですか?)

古賀誠議員、彼は遺族会長だし、魔王的というか、イメージは阿部しげさんも書かれている通り、田中角栄や北海道でぽしゃった人と同じ土建屋肌の政治家です。政治家は裸一貫からのし上がるためには、映画監督とおんなじようにお金をかき集め再配分する能力がないとだめみたいで、裏にドスがきかないと務まりませんものね。その能力がこの人はすごいんじゃないかしら。・・勝手に想像するだけです。

橋の現世的な存在価値は目下、皆無です。
でも、あの地、あの場所、あそこからしか見えないモノがあるに違いない。
それは朧月夜に見えるのではなかろうか。
見にいらっしゃいませんか。
何もない里山に、何のためでもない大橋が架かる。
それはこの世のものではない。

凍雲のやゝ焼けて来し遠い橋  柴田白葉女

虚空蔵菩薩を尋ねて

穀雨の虚空蔵の黒闇闇たる暮色     恭子

朧大橋:

http://nobuyoshitaka.com/report/oboro.htm

http://www.dokokyo.or.jp/ce/ce0606/essay.html

http://homepage2.nifty.com/isibasi/hasi/40fukuoka/04tikugo/4013_7_oboro.htm

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コメント

出ました。朧大橋。誠橋とはよう言ったものですね。行きました行きました。できたばかりの頃は、結構見学者が多かったらしい。いまや、狸も通らんでしょう。
市町村合併のハナシが進んでる頃、古賀誠族のチカラ、黒いチカラをまざまざと見せつけられました。新幹線船小屋駅もこのひとの黒いチカラがもの言うたんじゃなかと。推測ですが、わたしはそう思うとります。

そうでしょう。ほかにも黒いうわさを聞きました。
ちからがあるときは、どんなことがあってもだいじょうぶで、かたむきかけたとたん、がたがたと全てがだめになる。そのみきわめがむづかしいところです。

参照につけた若い政治家のブログをみてたら、下横山小学校は廃校になってることを知った。懐かしいなあ、下横山小学校!かつて小学校六年生の夏休み、上陽町の小川尚好先生から蝶採取に連れて行かれた学校です。上陽町から片道四キロの山道を歩かされた記憶はいまも風化していない。

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