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2008年1月21日 (月)

土  4

   essay   土 4

             姫野 恭子

 虫喰ひの苺ばかりや初出荷  恭子

十一月二日、博多豊の香いちごの初出荷を済ます。正規の農協市場へ43パック、民間市場へ62パック、全てB級以下の苺。とにかく、暑い。台風十号は福岡をかすっただけで大した雨も降らなかったが、苺の花が咲く頃、暑さで虫が増え、消毒をしたために変形果が多かったのだ。やはり台風はきっちり通過してくれたほうがいいような気がする。このような事をいえば、東北の林檎農家にあいすまないのだが。

 秋不作くるしすべなし逃れたし
  〈南無通用金神〉と刻みたりけり  
             斉藤 史

この歌は日本農業新聞に草野比佐男氏*が連載されている「くらしの花実」欄で拾った。解説では信州筑摩郡修那羅峠に残る古い石の像に、当時の多種多様の困窮を読み取り、古人の祈りに触れて詠める歌であるとのこと。減反はきつい上、天候不順で東北は雨が多く、冷夏となった。そこへ台風が襲い、秋不作である。現代に餓死はないものの、歌のこころは充分今でも通用する。

石橋秀野はかつてこの斉藤史と並び称された事がある。俳句と短歌、分野は違うが、その才能、力量において似通うものがあったためだろう。さて、私は十月二十六日から二十九日まで、京都、奈良と簡易保険の旅にたまたま母の代理で回ることができた。こども3人、しかも下の子が6歳になったばかりで、こんなに長期に家を空けるのは心配だったが、16歳の長女が幼稚園への送迎を引き受けてくれ、また腰痛の母に代わって毎晩の夕飯もこさえてくれ、大変助かった。

ご近所の方々ばかりの団体旅行だったので、途中抜け出して、秀野さんの生国の天理市に行こうと決めていたのに、機を逸してしまい、適わなかった。だが、二十八日の朝、京都市右京区にある宇多野療養所(終焉の病院)を訪ねることは出来た。事前に何の連絡も入れておらず、何も伺うことは出来なかったが、それでも、二階の庶務課で昔の話を知りたい旨、伝えることはできた。想像していた山中とは違って、随分家並みがある高台の閑静な病院。十分ほど歩いて下れば仁和寺がある、という場所柄だったのに驚く。やはり歩いて回らねば土地は見えてこない。

それにしても、翌日伊丹空港ロビーで見ていたテレビニュースに、宇多野病院が映ったのには本当に驚いた。訪問した日にかの病院では医師八人がアジ化ナトリウム入りのポットの湯で具合が悪くなる事件が発生していたらしいのだ。もう半時間はやく行っていたら。また発覚直後でも庶務課へ出向くことはできなかったのじゃなかろうか。そう思うと、たまたまの旅、旅行社のたまたまの行き先変更で実現した今回の宇多野訪問には鳥肌たつようなものがある。

    ◇

 裸子をひとり得しのみ禮拝す  石橋秀野

昭和二十二年、秀野三十八歳、最晩年の句だ。さて「禮拝」は「れいはい」か「らいはい」か。レイだとキリスト教っぽいし、ライだと仏教くさい。秀野にはまだたくさんの謎がある。学歴も全貌は分らないのだが、東京の文化学院へは大阪のウィルミナ女学院からの転入学らしいことが八女市の杉山洋氏の奔走で判明したらしい。ミッションスクールだ。私もミッションスクールに二年間通った。独特の雰囲気は魂に強烈なものを付与した。仏教や神道や民俗信仰も強い土地、家に生まれ育ちながら、若き日にキリスト教の洗礼(じっさいにそうではなくとも)を浴び、死病の床に就いておれば、枕もとにはさまざまな神仏が訪問しただろうし、キリストも来たろうか。ならば、れいはいと読むのが自然だろうか。とも考えてみるのだ。

 連句誌れぎおん24号より引用。
   1999年1月
   前田圭衛子編集発行

* 草野比佐男氏は数年前に亡くなりました。お世話になりました。合掌。

補足をすると、この年から私は一人旅へ出かけるようになる。このときの旅は本当に不思議なたびで、行く先が京都奈良だったこと、ツーリストの最初の予定表が急に途中でキャンセルになり、たまたま「うたのれうやうしよ」近くへ行くコースに切り替わった。おまけに、事件まであってくれて、忘れ難い旅行となった。

平成15年に石橋秀野ノートの連載を本にまとめて出版したとき、小倉の秋山敬氏から、既に秀野本は一人子の安見子さん監修の富士見書房本と学者で秀野研究家の西田もとつぐ本が出てしまっていたのに、よく最後まで投げ出さずに書いたものだと妙な褒め方をしていただいた。たしかに人様の仕事は一向に気にならなくて、自分の秀野像をおいかけることだけに夢中だった。その後、秀野の生家のあったあたりを尋ねたが、八女市の雰囲気ととても似ていることに不思議な感動をおぼえた。

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コメント

himenoさん美味しいお茶ありがとうございました。
いつもいつありがとうございます。

ところで「天理」という地名、私の人生に深くかかわってる地名です。
この数日もこの地名のために悩み苦しまなければならない日を送っているので。
同じ旅をするにしても、グループでおしゃべりしながらわいわいがやがや旅をするおばさん達とはあまりにも対極的な旅(実は私の旅も相当himeno式です)なので、遭遇する出来事もショッキング。
団体旅行といえども途中抜け出していく所が相当マニアックな場所。
実はhimenoさんが参拝した15日の靖国参道で事件が起こっています。(マスコミ報道一切なし)
あっ!と思いました。

お茶、一つでしたが、手渡ししたかったです。
阿部さんに名刺交換会でお茶を一つ手渡ししました。名刺がないし、そばやさんでたべた340円のかきあげのっけそばについてきた箸袋の裏に「生涯1ブロガー 姫野だ!いよろしっく」って書いたのを渡そうか思ったけど、全然そんな雰囲気じゃなかった。なにしろ、じょうひんなかんじで。
靖国で。そりゃまたなんの事件。マスコミは、大切なことは報道せず、どうでもいいことをしつこく追う。食べても死なんのに賞味期限がどうのとか、刑事事件になった賞味期限切れの事務次官とか。あんなの見てたら気がめいる。

さがしてみたら、ありましたね。たしかに事件。
どっちのきもちもわかる気がしますが。暴力はいかん。

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