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2008年1月17日 (木)

だんだら粥

小正月だんだら粥の小豆煮ゑ  恭子

十五日の朝食に母が作っていました。炊飯器をあけると餅がべたーっと上のほうにのびてまして、小豆も入ってるし、これはいったいなんなんだ!と聞けば、「だんだらがゆたい。」との返事。へえ。昔から15日には炊いていたそう。

きのうの昭和館4階図書室で、たまさか見つけてしまったんです。「聞き書き福岡県の食事」農山漁村文化協会編。全県のが揃っています。豊富な写真と現地取材にもとづく貴重な本です。筑後地方の項目を開きますと、ちゃんと記載がありました。以下引用。

だんだら粥:1月15日  赤飯にお供え餅をいれ、その中に小さな竹の管に作物の名を書いたものを入れて炊き、管のなかの飯粒の入りぐあいで作物の吉凶を占う。

ついでに、呆 夢(ぼん。俳号です)が先日連句会で言及していた「あお」もちゃんと説明が出ていました。森崎和江さんの文章にあったように記憶しますが・・。

大潮の日のアオは特別に神聖なものであり、それを汲みあげて、御茶をたてたり、特別な料理を作った。大潮の日、有明海から潮が川底を溯ってくる、その表面にあるきれいな水がアオということです。

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コメント

ぼん。これをもし読んだら、連句をまだ打ち込んでもいないことをおわびします。なにしろ急に上京したから、そっちのけ状態になった。ごめんな。今日帰宅後はまた送迎でいないし、明日、明日はきっと打ち込んで再開しますので、ごめんなさい。整子さんもらんさんもひめのはなんしょんのやろっておもいよるじゃろうね。決してさぼってるわけじゃないのです。なんとかつうしんみたいに、突然受信してしまうようです。

ひえ~~、おっそろしく行動が読めないお人やなあ。どこ行っとるとやん、君は。
行動パターンが読みにくい人だとは思うとったばってん、強固はん、あんたはすごかばい。その行動力に脱帽。
あー、別にお土産はいらんばい。笑

さっき、FAXが届いたよ。お疲れお疲れ。

あおのようにひたひたとおしよせるものがある。無視すると発狂する。そういうときは即、心の声に従う。ずいぶん楽になります。えっ楽になりすぎ。

きのうの、ってもうおとといになるのか。あべさんとてしまさんのはなしを、きかせてあげたかった。あたまの記憶装置に保存したものを、そのまま送信できる時代が、きっとくるだろう。

最短距離で立ち寄った場所の的確な事。
何も言わんでも私のお薦めコースを歩いてきとんなさる。

阿部さんて人はしらなかったけど、手島龍一氏はファンです。一番手強い戦争や外交問題をソフトに語るあのスタイル。

父達にも合ってきてくれてありがとうね。

ガダルカナルで亡くなったうちの兵隊おっちゃんの命日は、昭和18年1月12日でして、フォーラム参加に抽選で当選したのが、その12日の深夜でした。まさかいけるとは思っていなかったのですけど、さくらさんの年賀状のインプレッションがおそろしく強くて、どうにも抗いがたかった。

ここ、「だんだら粥」で沢山の記事の中、堂々の1位を獲得してます。
たしかにね、けっこうふしぎなわけよ。
去年まで勤めた整骨院の奥に、ちくご郷土の食文化のポスターが写真入りで張ってあったのですけど、そこでも、このだんだら粥はちゃんと紹介されていました。
だいたい、いなかもんがぽっと東京へいって、そんでふらりと靖国神社のついでに全く下調べもしてないとこへ入り、丁度の本を発見したことが奇跡かも。

解析で私の書いたもののうちではここがよまれてたので久々によみかえした。
今だんだら粥での一位はここになっています。↓

昨夜ようやく手嶋龍一のブラックスワン降臨が届きましたと筑後の豈マートから留守電。
はたと思い出した。あの日のフォーラムのゲスト手嶋龍一さんに終了後女性客がたかっていたことを。笑。
さくらさんもファンだった人の本をはじめてよむよ。
私はあべしげさんに八女煎茶とれぎおんを手渡して帰った。かささぎはあべしげさんのファンで、あべしげさんの書評にひかれてよんでみたくなった。

七日粥すすり汽笛が鳴り止まず  原田浩佑

粥の季語は多い。

十日粥、十五日粥、七草粥、粥柱、、、。

だんだら粥はちっご地方のみか。

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