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2008年1月12日 (土)

俗の細道 10

「八女郡黒木町」の写真記事にお寄せいただいた、はるなるゆうさんの声に耳を澄ませていたら、ふっと思い出しました。1998年7月の『連句誌れぎおん』22号に書いたものです。詩人黒木瞳へ、そして黒木という原郷へのオマージュ、引用させてください。

▼特集・黛まどかを読む

俗の細道  10

 ー正直五両のブンガク論

           姫野 恭子

「爆発する無意味さ、闊達極まりない言葉の震えと語りの変奏、倦怠と迂回の果ての笑いの横溢。町田康のデビューは、唐突に文学の可能性を切り開いて見せた。だがまたその仕様もない、益体もない、甲斐性もない、身も蓋もなく遣る瀬無い世界は、岩野芳鳴、葛飾善造以来の正統に立つものでもある。十五年前、『メシ食うな』で日本にパンク・ロックを実在させた町田町蔵が、今作家町田康として、日本近代の言葉を清算し、破天荒な建設を始めて、新たな戦慄を蔓延させている。」

くーっ、なんてサマになる文章だろう!これは、町田康のデビュー作『くっすん大黒』の帯に付された文芸評論家福田和也の宣伝文である。帯を裏返したオモテには、「一生遊んで暮らしたいー賞賛と罵倒と二つながら浴びた戦慄のデビュー作!!」と赤文字で打たれ、本体のしごくあっさりとした装丁にとても品よく沿うている。
去年正月、朝日新聞「折々のうた」で、大岡信が「宝船日本からも一人乗り」(誹風柳多留)の解説に、七福神のうち日本出身は大黒天のみである、てなことを書いてらしたおかげで、私はずうっとなぜ信さんが大黒天とまちがえてしまったのか、その理由が気になって仕様がなかった。少しでも神道や仏教に親しんでいれば、七福神のうち国産神は恵比寿だけだと知ってるのが常識だとおもう。それで、意識の隅に大黒天がくすぶっていたため、タイトルのくっすん大黒に惹かれた。

どうしたらこんな見事なキャッチコピーが書けるのだろう。との想いが沸き立つよな帯につられたのも大きい。結局、買ってしまった。へんなマンガのような題だ。扉を開くと、うわっこれがまた、見るからに酷薄そうな(失礼)作者の写真。眼が全然笑っていない。きっとこんなオトコと一緒になった女は、彼の機嫌次第でボコボコに殴られたり蹴られたりするんだろうな。きっとひどい共依存のたちだったりしてね・・とまあ、そんな失敬なことを想像させられながら頁を繰る。そしたらこれが滅法面白いのだ。

    ◇

前田編集長は、黛まどかを読めと言った。ところが困ったことに八女の二つの本屋にまどか本は一冊もなかったのである。こんなときどうするか。ひとつ、図書館へ行く。ふたつ、本屋に発注する。よし、まず図書館だ。著者名目録で検索すると、一冊あるではないか!早速借り出す。『花ごろも』PHP研究所刊。文庫本サイズの乙女チックな本だ。平成八年六月に八女図書館に入庫し、これまでに五人もの市民が閲覧した印がある。これはすごい!山本健吉や金子兜太の本など、延々と置いてあるわりには1~2人しか印が入っていないもの。やっぱり若くてきれいでTV向きの俳人だとかくも違うのか。

さて、読もう。読むぞ。まずお終いの頁から読む。「この集を杉田久女に捧げます。黛まどか」・・・彼女は久女が好みらしい。

 花の冷指より細き魚を焼き
 花ごろも逢ひに行きたき人のあり
 花冷のくちびるをもて黙らさる

(とまあ、中年のリアルおばばにとっては「ゆるふん俳句」にしか思えぬ句が延々と続くのだが、じっとじっと我慢して、とにかく最後まで読み進む。すると)

 花屑をつけて鮪の糶(せ)られをり
 もう声の届かぬ船や春日傘
 下萌に立たされてゐる魔法瓶
 
草笛や父に勝れる人知らず
  ふるさとに付かず離れずサングラス
 戦争をおもしろさうに泥鰌鍋
 挨拶のあとの扇子の荒使ひ
 爆笑で終はる法話や百日紅
 まへがきもあとがきもなし曼珠沙華
 帰りにはなくなつてゐる豆筵
 秋風にトランクひとつ残りけり(寅さんへ)
 着ぶくれて嫌な女になりにけり
 サーフボード立て掛けてある襖かな
 ホットチョコ知らぬで通すまつりごと
 毛糸編む子を宿すとはどんなこと
 久女忌の空に瑕瑾のなかりけり

最後に置かれた久女忌の句にあるごとく、かきんのない句ばかりだ。彼女はとても温厚な感じの美人であるが、句もまた、その容貌に通じる印象を受ける。このひとは上野千鶴子などとは違って、あたまのいい女性と思う。利口な女というと嫌味だけど、自分の引き受ける場所をよく知っていて、けしてはみ出さない女性。だからこそ、私は俵万智に対して感じたような敵意も何も感じないし、人畜無害の砂糖菓子みたいに通りすぎたくなるのだ。人畜無害の文学なんて、何の役にたつ?それより町田康みたいに「仕様もない、益体もない、甲斐性もない、身も蓋もなく遣る瀬無い世界」に浸っているほうがよほどブンガクってものである。

  ◇

ところで先日、私には千円の苺売却代があった。去年の秋に農協市場で虫食いのためにはねられたものを民間の青果市場に持っていって売った五パック分の千円であり、私の労働の貴重な代価だった。これで本を買おうと本屋へ行った。まどか本はなかったので、代わりに「黒木瞳」の詩集を二冊買って帰る。似たようなものに思えたし、二冊でちょうど千円ほどだった。芸能人が書いた本なんてどうせゴーストライターが書いているんだろと普通は考えるのだが、黒木瞳の場合、地元の人ゆえ、本人が書いたものだと分る。二冊の詩集を一気に読んだ。感想はといえば、正直に言って、十中七、八編はつまらないのだけど、最後の芯のところにコツンとした手ごたえみたいなものがある。きっと、それは、私が彼女と同じ故郷を持っているからそう感じるのかもしれない。そしてまた、彼女に詩を書くよう促し続ける何かが、久留米出身の詩人、故・丸山豊先生の言葉だったということも、同じく西日本新聞への詩の投稿からこの世界へ入った私の共感を呼ぶところである。彼女は15~6歳で丸山豊先生と触れ合ったらしい。私はいくつだったろう。彼女より数年あとに違いない。黒木瞳が、「東京は私の憧憬のすべてです。そして生まれ育った田舎は、私の生命(いのち)のすべてです。」と後書きに記したその田舎に、私も幼い頃よく出かけた。なぜなら母の生家が八女郡黒木町の奥だったからである。言葉として抽象化するのを拒否する、懐かしい源郷というものの熱さに溢れた地である。

    ローリング・ムーン

             黒木 瞳

雲の障子を風であけると
ぽろりと月がころげ出た

それをめがけて
コンパスの針を突き刺し
ぐるりとまわすと月のまわりに
大きな地球が見えてきた

地球のまわりは地平線

僕は地平線を辿り
月の影を踏んで歩く
一周してもまるいので
僕は影からつるりと滑り落ちた
そこは秋のまんなか

君の心も転がってこい

これは『長袖の秋』所収の一編である。月そのものの彼女が、軽やかに転がってくる。
もう一編をひく。

  東京の病院

      黒木 瞳

過去の詰まった日記帳が
胸の谷間にひっかかっている

田舎色した僕のレントゲン写真
医者はへんな顔をする

過去を整理して整腸剤
未来を励ましてビタミン剤

僕の胸の尾根を削ってブルドーザー
僕の体はいきなり工事中

都会色になった僕のレントゲン写真
医者は東京弁で治療する

ほかにも「鮠(はや)を食べる日」や「僕の東京」などいい詩があって、俳人の句集よりもずっとずっと新鮮だ。黒木瞳は優れた詩人である。黛まどかにしろ、俵万智にしろ、それぞれの分野の広告塔になりえても、いまのままなら時代に使い捨てにされるのではないか。本気で人を愛したことがあるのだろうか。すべてをなくしても悔いないような恋をしたことがあるだろうか。ゆるふんというのは正直な感想だ。「正直五両、堪忍四両、思案三両、分別二両」とは、宮城谷昌光の随筆で知った江戸時代の格言なのだが、黒木瞳の詩作品から受ける印象はまさに正直五両のナイーヴさであり、俵万智の短歌からは幼稚な分別臭さを(本人はやっきになってその反対をうたっているのに)、そして黛まどかの句からは「古風な思案のすがた」を受けとるのはなぜなのだろうか。先人がもっとも高いところに置いた正直という価値は、ネイティヴであり、生のままということであり、はかりごとをせぬ自然の姿ということだ。黒木瞳の詩集は文庫本で出ているので、ぜひご一読をお勧めしたい。ジャンルは違うが、黒木、黛、俵と三つの宝石のような魂を、私はこの順番に並べる。

   ◇

時代は半世紀ほど遡る。黛まどか同様に杉田久女を好んだ俳人に、石橋秀野がいる。彼女が生きた時代は、戦争と激動の時であり、いまのこの弛緩しきった時代の私たちには、まぶしすぎる「不幸のちから」を背負った俳人である。その人が結核で倒れる年に書いた「無題」と題する文章を、ここに掲げる。現代仮名にあらためる野暮を、お許しください。

   無題

     石橋 秀野

(前四行略)
俳諧は風雅なりと観じていたが、近頃は俳諧は政党なりやと首をひねることがある。今に句会が反対派のあばれ込みでお流れになるなどと云うことになると、議会に於けるチャンバラ劇とかわりがない。左様に昨今の俳諧は隆昌を極め、宗匠と云い先生と呼ばれる程の馬鹿が氾濫している。口にのぼるのは俳諧の修行でなく、己が所属する××誌の仏様は真物で他誌の仏様はニセ物也と云う議論である。何句当選組という語は卑屈である。自分の作品を芭蕉、蕪村と比肩して云々するだけの自信を持とうとしない。俳句の隆昌は結果に於いて俳諧の餓鬼を生んだ。添削や選句を不必要というのではない。唯それのみに自分の修行を賭けることは危険である。世に頼もしき選者と云うのはそうざらにいるものではない。俳句は作るものでなく俳諧を行ずる精神の底から沸き上がる声なのだから、一言にして説明のできるものではない。過日、鶴と××誌の相違を論ぜよとせまられたことがあるが、私にとって波郷、友二両氏は仏でも偶像でもない。唯、血の通う手をとりあうに足る連衆の一人である。この道にして懈怠あれば波郷友二氏たりともようしゃなくムチ打ち、たおれればその上を踏み越えてゆく。
俳句などなんのためにつくるのか、飯の足しになる訳ではなし、色気のあるものでもなし、阿呆の一念やむにやまれずひたすらに行ずると云うより他に答えようのないものである。だから鶴は阿呆の一念だと答えておいたが怒る者もあるまい。我々の屍はあとよりつづく人々に踏まれなければならぬ。

 故人茅舎の句ひとつ

秋風の薄情にしてホ句つくる

 句文集『櫻濃く』所収「風」
 昭和22年4月号より引用。

   ◇

いまどき、これほどの気概をもって句作している俳人がいようか。おそらくどこにもいまい。こんなことをいおうものなら、くさい、ださいと言ってこきおろされるのがおちであろう。大虚子が俳句など第二芸術で結構、芸術と認識されただけでもたいしたものだと開き直ったようなずるさは歓迎されても、秀野のような気概は敬遠されるにちがいない。しかし。しかし思わずにはおれない。この真正面からの斬り込み、正直そのものの野暮さ。今の時代に欠けている最も大切なものが、ここにはある。
石橋秀野を思えば、胸があつくなるのである。

  連句誌「れぎおん」1998・冬・22号  

参照記事
「スサノヲ」http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_c351.html
「八女郡黒木町」http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_5d6b.html

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コメント

今日はお疲れ様でした。お役に立てたかなと自問自答しています.ま、今日は時間も無かったし人も少なかったし、しようがないね。今度がんばるね。ところで、19日は延期になったと連絡あり。2月になったけど日にちと場所は決まってないそうな.また連絡します。

ぼん。あのさ。ゆうがた夕食を作ったあと、500円の時計を買ってお金がなくなったというむすこをむかえにクルメに行ったんだよ。9時半まで延々と車のなかで待っていた、塾が終るまで。その間にらんちゃん、せいちゃんにはお礼のメールができたのに、なんじゃら。ぼんのあのメルアド、合ってた。ちがうっちゃないと。あーだこーだと何度やっても返ってきた。さいご、もいっぺんと思ったところでバッテリー切れになりました。さいてー。とほほなきぶん。
今日はありがとう。おかげで助かった。(これをさいしょにいえよー!)
ぼんに留め書きをかいてもらおうと思って、メールをしたんだけど、つながらなかった。850字。あの巻がおわるまでに。「娘の結婚」でどうでしょうか。

れぎおん配達ごくろうさまでした。留め書きの件挑戦してみます。娘等が出て行った後の自分がどうなるのかわからないのでその辺のところをかいてみます。

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