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2007年12月 3日 (月)

喪中欠礼

喪中欠礼のたよりが届き始めた。

東京にいる短大のころのルームメイトから、父親の死を知らせる葉書がとどく。82歳だったそうだ。

豊後高田の彼女の実家にはとうとう一度もおじゃまする機会はなかったが、彼女の母上は、みかんやお米をどっさりしょって、二回ほど小倉のわたしたちの下宿を訪ねて見えた。その母上も、当時一人で作っていたイチゴをたくさん下宿のおばさんやお世話になる人たちに持たせてくれたうちの母も、八十近いいま。・・お元気だろうか。この、胸がしめつけられるようなものはなんなのだろう。

なつかしい友の顔が、二十歳のころのままでこころをよぎる。
短大生活、ペギー葉山さんの『学生時代』って歌の歌詞どおりのくらしを私たちはおくった。あのころのわたしは、ものすごいロマンティストで偽善者でわがままで、苦労をしらないいなかむすめだった。友はあとで打ち明けてくれたが、一つ年上であったし、中学時代から一人暮らしをしていたそうで、はるかに大人びていた。バイトも途中ですぐ音を上げた私より、うんと長く続けていたし、就職も、なんの計画性も志向性もない流され型の私とくらべ、現実的で堅実な自己実現型であった。大企業の地方事務になり、やがて東京へ転勤した。ちっとも望まぬ空港警備という仕事につき私が四苦八苦していたころ、彼女からは東京の男と結婚したとのしらせをうける。

ゆみちゃん。東京の人になってからのあなたには、一度しかあっていない。でも、あのころのわたしたちのくらし、とても大事な、いとおしいものにおもえる。質素だった。じぶんたちで交互に料理をして食べ、朝日新聞を読み、月刊ジュリストっていう硬い司法の本もあなたのおかげでわたしもよんだ。あなたがギターを弾き出してからは私もちょっとだけ弾けるようになったし、あなたがタバコをおぼえてからはわたしもすってみたりした。あなたはいろんなことをおしえてくれた。お礼をいったこともなかったけど、ありがとう。おっとりぼんやりしている私と、きびきびしっかりもののあなたが、異質ながらもひびきあって暮らした一年半。たのしかった。

おもいでが、たからものです。

父上のご逝去を、慎んでお悔やみ申し上げます。

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