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2007年12月25日 (火)

白石悌三先生

(きのうのつづきです。)藤本静子氏「白石悌三先生」の全文引用です。

 これまで詩歌に詠まれたのは「天の香具山霞たなびく」といった歌枕でしたが、芭蕉は「名もなき山の薄霞」です。「菜畑に花見顔なる雀」であったり、「痩せながらわりなき菊のつぼみ」であったり、自然の小さな生命の営みに対する慈しみの眼差しであります。固定観念に捉われない、素人の目と耳で感じたままをそのまま詠むというのです。これが俳諧ですと申し上げました。

 御進講中、笑い声が起ったり、なごやかな雰囲気で成功裡に終りました。私共はお土産に菊の御紋の押されたどら焼の十枚宛をおし戴いて帰りましたが、帰福して一枚のどら焼を八片に切って八十枚にしました。その一片づつを皆様にさし上げて御進講の記念としました。
 

 私は万一の事故に備えて前日に飛行機で行って、その夜はホテル泊り、翌日は御所を退所してそのまま帰れば帰れないこともなかったのですが、先述の先生方と打ち上げをして成功を祝い合いましたので、又々ホテル泊りとなりました。」

 白石先生のエピソードを一つ紹介する。
昭和58年から60年にかけて先生はNHKの教育番組にご出演であった。58年度は芭蕉、蕪村、一茶について、そして『奥の細道』を、59年度は芭蕉の俳文『甲子吟行(かつしぎんこう)』『笈の小文(おいのこぶみ)』で素晴らしい講義であった。
当時私はさる結社の句会に籍をおいていたが、その句会に京大出身、福岡市役所の局長という某氏がいた。その席上で氏は「皆さん福岡大学の白石教授がテレビ出演しておられることを知っていますか。内容は芭蕉を中心として蕪村、一茶のお話ですが、その内容の深さ、新しさにいつも勉強させられます。三〇分の放送の間、原稿なしで一語の無駄もなく渋滞もなく、ゆるみもたわみもない、白石教授の言葉をそのまま活字にしたら名文となるでしょう。福岡大学も立派な教授を抱えこんだものですね。」

 白石先生はNHKの放送テキストの中で次のように自己紹介しておられる。
 「衣食住のようやく調いはじめた九大入学当初、奥手ながら、堀辰雄から万葉集へ、朔太郎から蕪村、芭蕉へと心ひらかれた。それも隣の芝生の青さに憧れたまでで、詩才の乏しさを省みるほど真剣なものではなかった。それが垣根を乗りこえる結果になろうとは・・・。かくて私は医学部コースから落ちこぼれた。」

 先生は四年前六十七歳にて逝去された。持病の肝炎悪化であられた。

    俳句雑誌『円』437号、平成15年11月1日
       福岡市、岡部六弥太 編集発行 
     

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コメント

白石悌三
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山盛りのイチゴ一期一会かな  悌三
記憶です。
西日本新聞の追悼記事でみた作者の吟。
まちがっていたらごめんなさい。

このお方のお名前は、窪田薫師の文音連句でよく見かけました。十七年くらい前かなあ。。。

今日は母たち三人を連れて「少年H」を見てきました。
とてもいい映画で、心にしみました。
原作者妹尾河童さんは昭和五年生まれ。母たちと同世代ですので、みな大へん喜んでくれました。

こちら、白石悌三検索でお見えです。
それで思い出しました。
余語雑所(よござっしょ)という新聞のコラムで最近みかけました。白石悌三先生の思い出話。
よござっしょ?

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