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2007年11月16日 (金)

祝『八千草』十周年

岩手出身俳人で連句人でもある山元志津香(川崎市麻生区在住)主宰の俳句連句誌『八千草』の十周年記念誌を読む。
主宰吟より。

お降りやヒマラヤ岩塩暁けの色  志津香

夫郷にまだ知らぬことちょろぎ噛む

拝み掌につかむ雪虫即是空

花茄子の棘やはらかき師弟かな

指先に風の重さの天道虫

プロレタリア文学ここに洗ひ飯 

生き過ぎとまた言ふ人の夏羽織

白露かな玲瓏ときく古きジャズ

碧天の力のしづく濃竜胆

戦はぬ国でありたし野川澄む

 
補遺)

思い切り捨てし余白へ秋の棲む

水母見し夜は家中が漣す

プロレタリア文学ここに洗ひ飯 志津香

山元志津香主宰はとても華やかな雰囲気のかたである。しかし、句を読んでいると、古きよき俳諧師のかおりがする。それ、どんなにおいよって聞いてくださるな。この洗ひ飯の句を読めば分かります。プロレタリア文学に洗い飯とは、またよく付けたものです。ほんとうにそんな生活感、切羽詰って、にっちもさっちもいかぬ、むきだしの、掛け値なしの真実の飢えを充たす、しのぎ、というか、なんというか、そんな赤裸々なものがここにはあります。この感覚は、芭蕉や石橋秀野、それから志津香主宰がはじめて俳句にみせられたと書かれていた石川桂郎の世界にも通じます。また暇なときにそれについては書きたいと思います。この点こそが俳諧だと、わたしは思うから。

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