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2007年11月23日 (金)

無季、有季

ひさしぶりの休みです。

遅ればせながらたんすの整理(男三人ぶんの)をしていますが、抽斗の敷き紙の新聞紙を新しいのと取替えるのに、引き出しは絶好の天気に外に干し・・で、今朝の新聞をなにげなくぱらぱらとめくってますと、おや、むかしなつかし吉岡禅寺洞のことが大きく文化面で取り上げられてます。その、紹介文のなかの、代表的無季俳句としてあげられている句をみて、あれ?と思いました。無季は一句だけ、ほかの三句は有季じゃないですか。こんな句です。

一握の花を蒼海にはなむけす   禅寺洞

水枕ガバリと寒い海がある     西東三鬼

吾子たのし涼風をけり母をけり   篠原鳳作

未亡人泣かぬと記者はまた書くか 佐々木巽

一句目、花は春です。
二句目、水枕は湯たんぽ(湯婆ともかく、冬)と違って夏の季語登録はありませんが、「寒い」だけみたら、これは冬だとリクツをこねられる。(笑)
三句目、涼風は夏の季語です。

これだけのことを書きたいがために、衣類整理をそっちのけでパソコンあけました。あほですねえ。新聞記事にケチつけてもね。

篠原鳳作の無季俳句の代表句は、

しんしんと肺蒼きまで海の旅 鳳作

です。ですが、この句の持つ季感は夏だとおもいます。

西東三鬼の無季の代表句は、

広島や卵食ふとき口ひらく   三鬼

これだとおもいます。すごい句です。こんな句、ほかのだれもかけない。無季俳句ではあるんですが、句のもつ時代的な季感というものがあって、それはやはり夏なんですよね。ふしぎなことに、これ、原爆投下ってのは、広島忌は夏、長崎忌は秋。わずか数日のことなのに、暦の分類ではそうなる。立秋をはさむから。でも、そんなリクツ的な意味より、わたしたちのいまの季節感では、原爆忌っていうのは秋なんかじゃなく、夏ですものね。それとおなじく、お盆も夏です。季語分類では初秋なのに。こういう細かいこと、俳人は言いませんが、連句人はいうんですよね。笑。むかしにつながっているから。で、三鬼の句にもどって、卵、あの時代の人にとって、滋養をとるものといえば、たまごからだった。それを原爆でやけただれた人が必死で痛みをこらえて口をひらく。生きるために。即物的で、無慈悲で、つよい句です。

ところで、私はこれまでいろいろ原爆句を読んできましたが、いちばん印象的なのは、三鬼句と、

エノラ・ゲイ夜の皮ジャン水しぶき 奥田艶子

ヒトに生(あ)れあふれし母乳原爆忌  松尾久美子

それに唱和する句を、今朝谷口慎也の俳句月評からひろいました。

仏陀にもイエスにも母原爆忌  鹿毛重成                    

 

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コメント

お久しぶりです。ちょい風邪で病院に行きました。長男の同級生の親が医者で、面白い話をいつもしてくれます。風邪はウイルスが原因で、抗生物質は効かないのに、医者も患者も抗生物質崇拝を嘆いていました。サッカーの試合にたとえて、ゴール際の競り合いは滅多に点が入らないけれど、PK戦(というのかな?もう不確かです)では入るのは、抗生物質を飲んだときの人間の身体と同じで、別の病気がするっと入ってくると。
患者さんがあと待ってるのにと初めは気になっていましたが、今は気の済むまで聞いています。私もちゃっかり「黒崎に図書館を!」の署名用紙を置いてきましたけど。
こんなこと書くんじゃなかった、この新聞私も見ておやと思いました。28日にリビング北九州の勉強会に招かれているので、早速教材に使おうと思いました。

鍬塚さん私もその馬鹿オヤのひとりだ。抗生物質出してって頼んだことありましたお医者さまに。ふしぎとけろっとなおった記憶があって、何時までもなおらないかぜのときに。おっしゃるとおり、俳句の季語のもんだいとおんなじで、プロの意識とアマの意識(おもいこみ)の差でしょうか。季語はきまりごとだから、その季語登録語が出た時点で、句のもつ意味には関係なく、季節が限定されますものね。よくもわるくもしばられる。あの記事を書いた記者は素人だったのでしょうが、でも、逆に、そういうことを思えたので、よかった。むしろ、新鮮だったなあ。

先月、お世話になってたプロバイダがなくなってしまったので、べつのプロバイダにかえたです。当然メルアドもかわったんですが、まだだれにも転居通知してません。そのせいか、日記広場になんどコメントをつけようとしても没になります。拒否されたときのかなしーいきもち。うつ、デプレッションになりそうです。ううう。(泣く)てめえがわるいんだろがよっとどこかで聲がする・・
メルアドってなんてめんどうなんだろねっ。おぼえきれないよ。あたまわる。

あらまあ、さっき同じような体験しましたよ。長々としかも一寸気を使ってコメント書いたのに、消えているのです。
へんな書き込みがあるから、へんな数字を読み取らなければいけなかったりと、嫌ですね。メルアドは覚えられないので、記憶させています。と、偉そうに言うけれど息子にそうしてもらったのです。へへへ。

ながいコメントをちょっと気をつかいつつ・・よみたかった。
私も日記の広場に何度かそれやってます。数字を躍らせ、これよんでみいと機械がいうざんす。あれ、ほんとにいやですねえ!!三度も四度も正解したのに、「あやしい奴め」ってなかんじの目をむけられ、「この頁は期限切れです」って出ます。
それもこれも、メルアド記入をしてないからなんだろうか。それとも以前とはなにかが違うからかな。

よまれてたからよみました

吾子たのし涼風をけり母をけり


で。

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