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2007年11月21日 (水)

張形としての俳句 (10)

  現代俳句と女たち

   張形としての俳句  その十

                  姫野 恭子

 第39回九州俳句賞が選定された。吉賀三徳氏の作品は、情感ゆたかでふしぎと懐かしい。ことに次の二句は批評家魂を刺激してやまない。

  おぼろの夜妻のメールをみてしまう
  生きているものの向こうに干大根

 この二句は暗記させる力をもっている。意識しなくてもいつのまにか記憶に棲みつく。妻のメール句は、古い世代の俳人には受容れ難いかもしれない。しかし、ある世代以降の俳人にはすっと了解できる。夫婦としての男女の心理の機微をさりげなく描写して見事だ。吉賀三徳氏をあらためて見直すとともに、この人に受賞させた九俳協の選者のたしかな選句眼に敬意を表する。確実に時代はかわった。

 私たちはいま、文明の大きな転換点にいる。機会がコンピュータ制御され、人もまたパソコンに統率される。市場には多彩な自由が溢れているが、買えないものが厳としてある。それは女性の女性性という魂の尊厳である。私は今回のこの性とこの生において、それをずっと考えてきた。

 女の性は俳句性とどこか通じている。

 をんならの紐の貸し借り桜鯛
 竹筏るやひとつ猥歌のくりかえし
    
第五回九俳賞 布施伊夜子

 九州で俳句を書くことの意味を考えてみた。『現代俳句女流百人』片山由美子編と『女流俳句集成全一巻』宇多喜代子・黒田杏子編を読む。さがせばもっと資料があるのかもしれないが、現在の私が入手できたのはこの二冊と『九州俳句』100号記念号のみである。

 二冊の大著に紹介されていた九州の女流は、竹下しづの女(福岡)、杉田久女(鹿児島)、中村汀女(熊本)、下村梅子(福岡)、中尾寿美子(佐賀)、横山房子(福岡)、北原志満子(佐賀)、野見山ひふみ(福岡)、橋本美代子(福岡)、津沢マサ子(宮崎)、寺井谷子(福岡)、正木ゆう子(熊本)、松本恭子(長崎)以上『女流俳句集成』。神尾久美子(福岡)、柴田佐知子(福岡)、下村梅子、寺井谷子、野見山ひふみ、橋本美代子、秦夕美(福岡)、邊見京子(鹿児島)、横山房子 以上『現代俳句女流百人』。
  ※(いずれも出生地を参照)。
 
     ◇

 ここでおや、という疑問が湧く。沖縄(群馬出身)の岸本マチ子氏が採録されていないからだ。マチ子氏は九州俳句の選者でもあり、賞も取られた。なのになぜ。
私はその理由が知りたい。
ネット上にあふれる中傷記事に、真っ向から反論なさるべきだと考える。本誌はその受け皿になってくれるはずだから。

    ◇

  うりずんのたてがみ青く青く梳く  マチ子

    ◇

  夏潮のうねりぞ遠き日のうねり   房子
  陣痛に霜の閂真一文字       〃

 先般亡くなられた横山房子氏の句である。
 格調高き響きの女性の句だと感じる。合掌。
  
   超結社俳句誌『九州俳句』第148号 
  編集発行・中村重義(北九州市八幡西区)
  平成19年11月15日発行より引用

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