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2007年11月30日 (金)

for you・・・

徳永英明のvocalist2 を聞いてたら、高橋真梨子の歌が一曲入っていた。「for you・・・」 という題を知らなかったが、歌は記憶にあった。それを聞いて思いだすグレープのころのさだまさしの曲が一曲ある。これまた、タイトルを忘却している。こんな歌詞です。

あこがれていたの ずっと前から
けれども今日まで  少しも気づかなかった
あなたが去りゆき 頬に涙して
気がつくなんて おばかさんねわたし

もうときは かえらず
もう二度とあえない
だから せめて
せめて まごころをこめて

さよなら さよなら
いつまでもなみだのままで

おお、いまだにきっちり歌詞、はいってるではないか!
ちょうど弟がしぬ直前に島貞女(いとこの嫁で本家の嫁)からもらったアルバム『精霊流し』*に入ってたんです。島貞女はふしぎなひとで、今思えばまるで予期していたかのようでした。ふりかえれば弟の死をみとったのも彼女でした。

それはおいといて、この二曲、「歌い上げ」の曲相があい通じます。
だから、片方をきくと片方を思い出すんでしょうね。

で、徳永英明のさっきのアルバムでいちばんすきなのは、松田聖子の瞳はダイヤモンド。それから、M。つぎがシングルアゲインと雪の華が並ぶ。きもちのいい声ですし、甘いです。先日とりあげた山崎まさよしよりずっと甘いよね。

追伸:

*精霊流しのはいってたLPアルバムは、ほんとは『わすれもの』でした。この歌の題もわかりました。「あこがれ」です。まんまだ。

2007年11月29日 (木)

進捗

進捗

2007年11月28日 (水)

嫉妬と憧憬

けさ、オヤは長崎旅行でいない。新聞受けの新聞を開きながら、お、やっぱり報復戦に突入しているなと久留米と大牟田のやくざの抗争をよむ。

いつものように、bs2にいれ、ちりとてちんを流す。私は見ないのだが、オヤがいつもきっちり見てるものだから。夫を七時に送り出し、こどもに食べさせようとしてる時間帯。

なにげなく見ていたら、ヒロインが怒り心頭に発したってかんじで、きれいな女友達に「あなたはいつもそうやって私から全部奪う」とかなんとか本音丸出し、座をしらけさせるわ、彼女に席を立たせるわ、していた。

ううーん。リアルだな。まあ、ここまではいかずとも、だれしもこういう気持をいだいたことはあるだろう。

私も思い出した。先日の同窓会で東妙寺らんに男たちの視線がわっと釘付けになるのを見て。

高校時代はいつもいっしょにいたんだけど、そういう嫉妬は感じなかったんだよね。このみのタイプが違ってたし。ただ一度、すごく彼女に嫉妬したときがある。それ、今からおもうと、ちりとてちんみたいにおかしいが、当時は真剣だったんで、書いておく。

修学旅行のころだった。
彼女の父親がなくなった。がん、だったとおもう。クラスのみんなでおくやみをつつんだのに、お返しをするでしょう。そのとき、らんは鉛筆か何かの香典返しの風呂敷包みを壇上でひらいて、ふしめがちに一言いった。おれいのことばを。と同時になみだがきれいな目からこぼれた。かわいそうで、でも、うつくしくて、何と言ったらいいか・・記憶に強く刻まれている。
同時期、片思いだったけど大好きだった人の父親もおなじ病でなくなった。同じ時期に同じやまいで、おなじ肉親を。らんちゃんとニシダ。

あのとき、わたしはおもったのだ。
とうちゃん、しんでくれ。って。いや、すくなくとも、おやのしにあこがれた。
ばかみたいなんですが、あってはいけないことなんですが、そんなことをちらりとでも思った自分をわすれない。青春だったなあ。

じゃ、いまからちょっくら会社にいってくる。きのうもおとといも現場だったよ。例の現場2ね。昨夜の事件現場ちかくでもあるが、こっちがはってるほうとはべつだったみたいね。

2007年11月27日 (火)

山椒ちりめん

親戚から京都とり市の山椒ちりめんをおみやげにもらった。結婚式が京都であったんだそう。紅葉がとてもきれいで最高によかったとのこと。うらやましいな。

山椒ちりめんってはじめてたべました。山椒のあおい実がはいっています。上品な味です。山椒とかゆずとか茗荷、こどものころはいやなたべものだったのに、なぜ、いつ、おいしいとかんじるようになったんだろう。いつのまにか、味の嗜好がかわってます。

調べたらありました。http://www.toriichi.com/shopping/shomi30_shosai.html#sanshochirimen

豆ごんの

豆ごんの

働く男

働く男

2007年11月26日 (月)

柊の花

柊の花

2007年11月24日 (土)

紅葉狩り

紅葉狩り

八女郡矢部村杣(そま)の里にある吊橋です。御側吊橋。

紅葉狩り

一期一会の通行人夫妻が写ってました。
むこうはしの細いのは東妙寺らん。同級生だけど、娘みたいだな。
私はこわくて橋の手前端にいます。渡れなかったよ。
紅葉狩り

矢部村には日向神ダムがあります。水位が低下してた。
雨が降りません。紅葉の色はまだまだ、でもきれいな景色でした。(じつはここまできたのははじめてです。道、ほそかった。ちょっとこわかった。)

御側(おそば)という地名は御征西将軍、懐良親王の墓のそばという意味です。時間がなくて、今回は墓をみてくる暇はありませんでした。八女津媛の墓も、またこんど。(八女人なのに、知らないことばっかりだ。)

参照:http://snkcda.cool.ne.jp/yabemurasi/2rekisi/tyuusei.html

ありゃりゃ。どうもどうも。陵墓は熊本県八代にあるって書いてありますね。

杣の里の参照記事:http://www.somanosato.or.jp/index2.html

2007年11月23日 (金)

無季、有季

ひさしぶりの休みです。

遅ればせながらたんすの整理(男三人ぶんの)をしていますが、抽斗の敷き紙の新聞紙を新しいのと取替えるのに、引き出しは絶好の天気に外に干し・・で、今朝の新聞をなにげなくぱらぱらとめくってますと、おや、むかしなつかし吉岡禅寺洞のことが大きく文化面で取り上げられてます。その、紹介文のなかの、代表的無季俳句としてあげられている句をみて、あれ?と思いました。無季は一句だけ、ほかの三句は有季じゃないですか。こんな句です。

一握の花を蒼海にはなむけす   禅寺洞

水枕ガバリと寒い海がある     西東三鬼

吾子たのし涼風をけり母をけり   篠原鳳作

未亡人泣かぬと記者はまた書くか 佐々木巽

一句目、花は春です。
二句目、水枕は湯たんぽ(湯婆ともかく、冬)と違って夏の季語登録はありませんが、「寒い」だけみたら、これは冬だとリクツをこねられる。(笑)
三句目、涼風は夏の季語です。

これだけのことを書きたいがために、衣類整理をそっちのけでパソコンあけました。あほですねえ。新聞記事にケチつけてもね。

篠原鳳作の無季俳句の代表句は、

しんしんと肺蒼きまで海の旅 鳳作

です。ですが、この句の持つ季感は夏だとおもいます。

西東三鬼の無季の代表句は、

広島や卵食ふとき口ひらく   三鬼

これだとおもいます。すごい句です。こんな句、ほかのだれもかけない。無季俳句ではあるんですが、句のもつ時代的な季感というものがあって、それはやはり夏なんですよね。ふしぎなことに、これ、原爆投下ってのは、広島忌は夏、長崎忌は秋。わずか数日のことなのに、暦の分類ではそうなる。立秋をはさむから。でも、そんなリクツ的な意味より、わたしたちのいまの季節感では、原爆忌っていうのは秋なんかじゃなく、夏ですものね。それとおなじく、お盆も夏です。季語分類では初秋なのに。こういう細かいこと、俳人は言いませんが、連句人はいうんですよね。笑。むかしにつながっているから。で、三鬼の句にもどって、卵、あの時代の人にとって、滋養をとるものといえば、たまごからだった。それを原爆でやけただれた人が必死で痛みをこらえて口をひらく。生きるために。即物的で、無慈悲で、つよい句です。

ところで、私はこれまでいろいろ原爆句を読んできましたが、いちばん印象的なのは、三鬼句と、

エノラ・ゲイ夜の皮ジャン水しぶき 奥田艶子

ヒトに生(あ)れあふれし母乳原爆忌  松尾久美子

それに唱和する句を、今朝谷口慎也の俳句月評からひろいました。

仏陀にもイエスにも母原爆忌  鹿毛重成                    

 

2007年11月21日 (水)

張形としての俳句 (10)

  現代俳句と女たち

   張形としての俳句  その十

                  姫野 恭子

 第39回九州俳句賞が選定された。吉賀三徳氏の作品は、情感ゆたかでふしぎと懐かしい。ことに次の二句は批評家魂を刺激してやまない。

  おぼろの夜妻のメールをみてしまう
  生きているものの向こうに干大根

 この二句は暗記させる力をもっている。意識しなくてもいつのまにか記憶に棲みつく。妻のメール句は、古い世代の俳人には受容れ難いかもしれない。しかし、ある世代以降の俳人にはすっと了解できる。夫婦としての男女の心理の機微をさりげなく描写して見事だ。吉賀三徳氏をあらためて見直すとともに、この人に受賞させた九俳協の選者のたしかな選句眼に敬意を表する。確実に時代はかわった。

 私たちはいま、文明の大きな転換点にいる。機会がコンピュータ制御され、人もまたパソコンに統率される。市場には多彩な自由が溢れているが、買えないものが厳としてある。それは女性の女性性という魂の尊厳である。私は今回のこの性とこの生において、それをずっと考えてきた。

 女の性は俳句性とどこか通じている。

 をんならの紐の貸し借り桜鯛
 竹筏るやひとつ猥歌のくりかえし
    
第五回九俳賞 布施伊夜子

 九州で俳句を書くことの意味を考えてみた。『現代俳句女流百人』片山由美子編と『女流俳句集成全一巻』宇多喜代子・黒田杏子編を読む。さがせばもっと資料があるのかもしれないが、現在の私が入手できたのはこの二冊と『九州俳句』100号記念号のみである。

 二冊の大著に紹介されていた九州の女流は、竹下しづの女(福岡)、杉田久女(鹿児島)、中村汀女(熊本)、下村梅子(福岡)、中尾寿美子(佐賀)、横山房子(福岡)、北原志満子(佐賀)、野見山ひふみ(福岡)、橋本美代子(福岡)、津沢マサ子(宮崎)、寺井谷子(福岡)、正木ゆう子(熊本)、松本恭子(長崎)以上『女流俳句集成』。神尾久美子(福岡)、柴田佐知子(福岡)、下村梅子、寺井谷子、野見山ひふみ、橋本美代子、秦夕美(福岡)、邊見京子(鹿児島)、横山房子 以上『現代俳句女流百人』。
  ※(いずれも出生地を参照)。
 
     ◇

 ここでおや、という疑問が湧く。沖縄(群馬出身)の岸本マチ子氏が採録されていないからだ。マチ子氏は九州俳句の選者でもあり、賞も取られた。なのになぜ。
私はその理由が知りたい。
ネット上にあふれる中傷記事に、真っ向から反論なさるべきだと考える。本誌はその受け皿になってくれるはずだから。

    ◇

  うりずんのたてがみ青く青く梳く  マチ子

    ◇

  夏潮のうねりぞ遠き日のうねり   房子
  陣痛に霜の閂真一文字       〃

 先般亡くなられた横山房子氏の句である。
 格調高き響きの女性の句だと感じる。合掌。
  
   超結社俳句誌『九州俳句』第148号 
  編集発行・中村重義(北九州市八幡西区)
  平成19年11月15日発行より引用

2007年11月20日 (火)

九州俳句148号

  共鳴抄 (前号作品より)

       大分・ 吉賀 三徳・ 選

死も生も遊びの続き赤のまま  波多江敦子

風紋へなびいていたる蛇の衣  星 水彦

青鮫をかくまう風の開襟シャツ  松井康子

蛇あなを出るには齢をとりすぎし 松下雅静

夕顔と話した友を亡くしけり    村上雅子

鯖売りを首長くして待ちにけり   赤星文明

房総五月ぐいと男の腕かな    有村王志

春月の毀れゆくまで母といる    泉 尚子

桜桃忌人にことばが届かぬ日   上野一子

還らざる父の春田に杭打たれる  角谷憲武

十薬をまたぐやわらかな猫の足   竹原とき江

春落葉秘かに落とす実年齢     王城幸子

まだ少しあるときめきや鮎の香や  寺井すみえ

手をあげて桜咲いたかと戦中派   暉峻康瑞

蜘蛛の囲の向こうは何もない真昼  成清正之

 一眼・二足・三胆・四力  

 剣道の教えのなかに”一眼、二足、三胆、四力”というのがある。「眼は心の窓」ともいわれ、相手の眼を見ながら、その奥にある心を察知するように努める。次に足は、足さばきである。足の動きがなければ、相手に打ってゆくことはできない。三番目の胆は積極果敢に攻める決断力と実行力。また、忍耐力や持久力といった気力のことである。そして、最後の力とは技のことである。技とは眼足胆と修練していくなかで、自然に達するものとされている。
これらのことは俳句にも当てはまる気がする。詠むべき対象をよく見ることは、俳句でも一番大事である。次に、足はフットワークであり、まず調べたり現地に足を運ぶことも必要な時がある。胆は自分の感情であろう。そして、表現技法は経験と共に身につく筈だ。
ただ、道はまだまだ険しい。(吉賀三徳・文)

      九州俳句誌148号より引用
      平成19年11月15日
      北九州市・中村重義編集発行

還らざる父の春田に杭打たれる  角谷憲武

この句をよみ、すぐ浮かぶ景があります。
春でした。晩春です。
減反の調査員に父の代理で立会ったことがあります。
句のように、杭が打たれます。ここまでは耕作してよい。という境界の杭です。たんぼのうんと向こうの端にはスケールのはじっこを持った調査員、こっちの端にはもう一方の先端をもって計測している調査員。長いながいスケールが風にところどころ裏返ってひらひらと照り輝き、それをあおるように紋白蝶がひらひらと舞っていました。余白のたっぷりある余情ゆたかな句であります。(姫野)

追記)

吉賀三徳句が引用されていました。
『乾燥大根の話』
http://www.randdmanagement.com/c_food/fo_062.htm

  専門的な内容のおはなしに見出しとしてご紹介していただき、ありがとうございました。 

 

人孔を覗く

人孔を覗く

この現場は、昼休みがありません。ずっと八時間から九時間、工事のため狭く危ない道を通行人を守って隊員は立ちつくします。昼ごはんは食べます。十五分!隊員さんはそこに座って。わたしは、いくらなんでもそれ、できないので、車に乗って失礼します。現場仕事に付き合うと、いろいろ教わります。現場ごとに個性があるし、下請けと元請けの雰囲気の違いを肌で感じもする。監督さんの人柄もある。ここの作業員さんたちは、ジンコウのすぐそばにトラックを停めて、そのなかでお弁当をたべ、仮眠しておられました。(私はその穴の前で交通誘導をしてます。ついでになかをのぞかせてもらいました)。

原始的な鉄の塊に、つい、村の鍛冶屋を口ずさみました。さいきん、この歌がよく出てきます。現場1に小さな鉄工所があったし、博多にもお向かいに小さな鉄工所があったし、なかよしのくんちゃんも小さな鉄工所に嫁いだし・・笑。http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/murakaji.html

おさんぽ

おさんぽ

保育園のベビーカーをはじめて見ました。
向かい合わせにふたりずつ、計四名のあかちゃん(2、3歳までの子)が一台の車に乗せられています。午前十時半頃。

山川招魂社を仰ぐ

山川招魂社を仰ぐ

山川招魂社:http://www.kourataisya.or.jp/kinrin/index.html

久留米城の防禦態勢:http://snkcda.cool.ne.jp/kurumezyou/

きのう、現場2に立っていたとき、近くのおばあさんと立ち話をしました。シュウメイ菊のおばあさんです。山川招魂社って何を祀ってあるのですか。と尋ねましたら、戦争の英霊。という答えとともに、ほら、肉弾三勇士の・・もたしかあったような。あれは試験場のほうに昔はあったんだけど・・と言われました。試験場というのは、農業試験場で、久留米附設中高のすぐそば、かつ久留米大学御井校舎の前にあります。

(写真はちょうど招魂社の斜め前の御宅が写っています。私もまだ参拝に行ったことはありません。)

たまご

たまご1パック98円。

それを二つ抱えてレジに並んだ。お一人様1パック限りって書いてあったのに。さあ、レジのパートさんはなんて反応するだろう。だめっていうかな。それともなにもいわないで二つ売ってくれるかな。

だめっていわれてしまった。それもきわめて優しく、お連れさまがいらっしゃいますか?と。

こんなとき、嘘がさらりとつけたらどんなにいいだろう。ぜったい嘘がいえないたちのあほとしては、「い、いえだれも。二回並びます。」とこたえるしかなかった。苦笑。

そうしたらね。彼女は、こういってくれたの。じゃ、後ろのレジで打ってあげますからね。

なんてやさしいひとでしょう!(それよか、おらはなんてせこいんだ!!)

2007年11月19日 (月)

解纜 第二十号

  句詩付合

           別所真紀子

 先問はむ故郷の人に秋の水  古友尼

   記憶の川には いつも
   みるくいろの霧がかかっていて
   たまさか霽れると 向う岸に
   小さな女の子が立っていたりする

   (赤いべべきて
    ぽっくり穿いて)*  

 茫漠と霧は濃く流れてきて
 かすかに  祭り囃子

        *石見地方の童謡

    俳諧研究誌かいらん20号、
    平成19年11月1日発行より

 さらにつけて、

 
石見市山村 七句

 老鶯や峠といふも淵のうへ  石橋秀野

 鮎打つや石見も果ての山幾つ  

 鮎のぼる川音しぐれと暮れにけり  


  種鮎とはおとり鮎のこと
 種鮎に水打ち終へし夕心
 
 鮎稚し空より淵の澄めるかな

  
牛尾邸二泊
 短夜の襖に影もなかりけり

  牛尾夫人へ
 鮎鮨やふるき厨にみやこぶり

七月十四日、玉造温泉なる木村庄三郎氏夫妻の仮寓に至り別れを惜しむ
 髪洗うて温泉(ゆ)にもうたるるいとま乞ひ


   

         昭和21年夏
         石橋秀野 句文集『櫻濃く』より

2007年11月18日 (日)

現場2

土曜なのに「現場2」でした。現場1の下水工事のほうは景色のよいところで、土地柄が私の近所とにています。お百姓さんが多いし、露地なので静かで人通りも少ないんです。現場2のほうは、下水工事に加えて、鉄道高架工事も、ついでに遺跡の発掘作業もあっていて、それはそれは混雑します。むかしは広い畠だったところだそうですが、いまや新興住宅地で立派な家とアパートが混在してます。で、そのなかに、ミスター・ヤのおすまいもあるんです。

ミスター・ヤとは・・大きな声ではいえません。ちいさなこえでいいます。やくざやさんのことです。へい。あっしはなんにもしらないんですぜ。どうかお見逃しを。いえいえ。とんでもございやせん。だんな。ちがいますがな。あっしはただ、だんなの車があまりにも早いスピードで進入してきたもんですから、制止する間もなかった、と、こういうようなあんばいで・・。決してわざとじゃござんせん。

はあ~こわかったよ。
工事中につき通行止め、の看板を二つも進入口に立てていたのに、入ってきた車があります。とても早い速度でヒューッと来たものだから、工事をしている車両にぶつかるかと思ったほどです。

はっと吾に返り、ゆく手をさえぎりながらいいました。

吾:「どちらへいかれるんですか?」

ヤ:「まっすぐいく。」

吾:「えっ、穴が開いてますよ!」

ヤ「そんなら、なんでもっと早くとめてくれない。」

吾:「す、すいませんでした(ぺこりぺこりぺこり)。こっちへどうぞ!」

ミスター・ヤさまは、そこで車を急転換させると、やはりかなりなスピードでもと来た道を戻っていかれました。あれま。なぜか敬語になっている。(だってほんとにこわかったんだもん。)

工事の人にきけば、ここらへんはミスター・ヤの幹部の家があったり高利貸しの家があったりしてかなりやばい、いえいえそういう言い方はなんざます。とにかく、何かことが有るとかなり盛り上がるので、警備員をよそより多く投入しているとのことです。

なんでこんなとこに何人も立ってなきゃいけんの、と思ってたけど、なるほどな理由でございました。ああ、どっと疲れたよ~。どうかこの記事、おみのがしを。(なんか鳩山由起夫議員の発言に親近感わく。アルカイダと遠いともだちっていいたいそのきもちが、よくわかるよっ。・・人間だもの。あいだみつを。)

2007年11月16日 (金)

祝『八千草』十周年

岩手出身俳人で連句人でもある山元志津香(川崎市麻生区在住)主宰の俳句連句誌『八千草』の十周年記念誌を読む。
主宰吟より。

お降りやヒマラヤ岩塩暁けの色  志津香

夫郷にまだ知らぬことちょろぎ噛む

拝み掌につかむ雪虫即是空

花茄子の棘やはらかき師弟かな

指先に風の重さの天道虫

プロレタリア文学ここに洗ひ飯 

生き過ぎとまた言ふ人の夏羽織

白露かな玲瓏ときく古きジャズ

碧天の力のしづく濃竜胆

戦はぬ国でありたし野川澄む

 
補遺)

思い切り捨てし余白へ秋の棲む

水母見し夜は家中が漣す

プロレタリア文学ここに洗ひ飯 志津香

山元志津香主宰はとても華やかな雰囲気のかたである。しかし、句を読んでいると、古きよき俳諧師のかおりがする。それ、どんなにおいよって聞いてくださるな。この洗ひ飯の句を読めば分かります。プロレタリア文学に洗い飯とは、またよく付けたものです。ほんとうにそんな生活感、切羽詰って、にっちもさっちもいかぬ、むきだしの、掛け値なしの真実の飢えを充たす、しのぎ、というか、なんというか、そんな赤裸々なものがここにはあります。この感覚は、芭蕉や石橋秀野、それから志津香主宰がはじめて俳句にみせられたと書かれていた石川桂郎の世界にも通じます。また暇なときにそれについては書きたいと思います。この点こそが俳諧だと、わたしは思うから。

通信

通信

最初、にじとおもった。でもちがう。シルバーグレイの雲がずっしりと塊としてあって、それをもれるかんじで虹のようなひかりがでていた(なぜか写真には写らなかった)。それを撮ろうとしたのがこれです。花は偶然写っていた。ブロッケン現象というものみたい。・・じゃなく、どうも霧虹というのに近い気がする。寒い日で、とてもきれいな虹でした。でも、だれも気づかなかった。みな仕事中だったから。(あんたは?と聞かないでくださいまし)。http://www.geocities.jp/kockspages/kouzan/phenomena.html

花

現場1

現場1

下水管埋設(見てきた処ではこうしてました)。

1 マンホールをぼんぼんと掘る。
2 それを結ぶ線上に深さ二メートル程の溝を
  掘ってゆく。写真はカッター切りしたもの。
  洋裁でいえば、しるしつけ(ルーラーでの)。
  点(人孔)と点(人孔)を線で結べば、出来上がり。
 口でいうのは簡単だけど、一つ人孔掘るのに一日。
 長さ十メートルの下水管埋めるのに二日。
 なにも問題がない場合でその程度。
 掘ってみたら、何の水脈か不明なところから漏水して
 たり、いろいろあるみたい。 

現場1
現場1

2007年11月15日 (木)

二十八宿 「渦潮」

  二十八宿

    『渦潮』

渦潮を見ず海峡も梅雨入りかな 服部恵美子
  遠き汽笛に揺れる昼顔    松本 昌子
故郷は二度と得がたきものならん 鈴木 漠
  転勤多き父の子にして     宮崎鬼持
背負はれて月の夜道の流れ星     昌子
  ねんねんころり別れ鴉も     恵美子

草紅葉足占幾度か繰り返し   鬼持
  またの逢瀬を約す四阿(あづまや)漠
闇汁に君の心を探り当て     恵美子
  寝酒のプラン眠り安らか    昌子
牧童は迷へる羊数へをり    漠
  包(パオ)の天上限りなく青  鬼持
婉然と楊貴妃ざくら花篝     昌子
  日永嬉しく史書を繙く    恵美子

四月馬鹿邪馬壹国阿波説が好き 鬼持

   、途中ではございますが、これにて。

鈴木漠様、連句誌「OTAKSA」15号、ありがたく拝受いたしました。勉強になります。読んでますと、ふしぎと札幌の窪田薫師を思い出します。どこか志において、通じるものを嗅ぎ取ります。

    

2007年11月14日 (水)

山崎まさよし

きのう行かされた現場は、十月に行ったところで、酔芙蓉の花が咲いてた町の小さな鉄工所のそば。まだ花は咲いてたし、おむかいの農家の畠に植えられた大根が小さな青菜で、おじいさんがバケツをもって間引きしておられたっけ。いまや大根が土からせりあがってました。

ひさしぶりだったのに、ちゃんと覚えていてくださった。ご近所のひとたち。ある人はみかんを差し入れしてくださって。おいしかった。こんどは、鶏について聞くことができた。あれもやはり、夜店出身で十歳にもなるらしい。年寄だって。情が移って、食べることができなかったとのこと。笑

きのうの現場で下水管通していた人のなかに、とても小柄で俊敏な若い人がいた。気になって見ていたら、誰よりもよく仕事していた。休まないのです。ほかの人は、ずっとタバコをふかしてたり、動きがだらだらしてるのに、このひとは機敏で、きもちがいいんですよね。仕事が好きでたまらないってかんじにみえた。いいものを見せてもらった。ちゃんと彼のしごとは、かたちにのこるんだなあっておもって。

たった一ヶ月のことで、暑さが寒さにかわっていた。気温にしたらわずか十度の変化だけど、交代隊員さんが四時半にきてくれたとき、かれはもう冬用スタジャン姿だった。

うちに帰り着いて、ご飯の用意をし、次男帰宅後いっしょにごはん食べて、六時過ぎ、また久留米へ向う。こんどは藤山線じゃなく三号線を通る。まっすぐだから運転が楽。でも、混んでた。1時間近くかかって到着。この間、むすこはねていた。

送り届けてから、ゆめタウンのタワーレコードへ行き、試聴できるものをいくつか聞く。これ、いいよね。試聴できるってのは。自分用に買いたいなあ。

山崎まさよしの新譜を聞いた。人の曲を自己流にアレンジして歌ったもので、洋楽より邦楽がよかった。ああ、そうだ。あれがあったよ。最近とりあげた「大きな玉ねぎの下で」(サンプラザ中野)。これが一番よかった。松田聖子の「スゥイート・メモリーズ」はいまいちだった。想いはわかるけど、むりだよ。

ほかに、ユニコーンのむかしの曲で聞きたいのがあった。それと徳永英明のバラードも。でもきつくて、あとは車で寝ていた。九時二十分に目がさめた。すごい計算してる。人間のあたまって。ぎりぎり間に合った。

一日おつかれさま。明日も現場。

2007年11月13日 (火)

冬に入る

マンゴロを拾ふ男や冬に入る   恭子

職場、さいきんばたばたと人が倒れる。ただでさえ手が足りないのに、ますます人手不足。だからきょうは久し振りに私にもお声がかかった。うれしいようないやなような複雑なきもち。一人はがんで入院、一人は糖尿病から心臓をいためた。なぜかこの業界には糖尿の人が多く予備軍の人が数人いる。なんてこったい。しっかりせんね!といいたい。酒しかないのかよ。

仕事がいそがしいとクレームがふえる。最近のクレームから一つ。

隊員が現場監督の視野のなかで、マンゴロを拾っていた。(まんごろっていうのは煙草の吸いさしをさす俗語である。)彼は変人で、私たちにはそれがわかるけど、よその人にはちょっと刺激が強い。たちまち非難を浴びた。「みっともないから、やめてくれ」と。

で、思った。別に落ちているすいさしを拾って吸ったからって人の迷惑になるわけじゃなし、いいじゃない。あの人は野生の人で、私たちの感性では計り知れないから、それを長所として評価してあげればいいのに、と。

わたしは、彼がみんなからばかにされ、数段低くみられて、滅多に仕事にも出してもらえないのを気の毒だとおもう。たしかに普通じゃないけど、ちゃんと立って守っている。それに、いつもビルの階段を雑巾がけしたり、ごみ捨て場を片付けたりしているのは、彼だ。時々事務をとっているとやってきて見事なホラ話をするけど、それさえも楽しい。ニコチン中毒で指が黄色に染まっている。異常なほどとにかくタバコを吸う。口さびしいんだろう。ということは、さびしいんだろう。やめなさい、って言って止むほど、やわじゃない孤独だ。

ほらね。クローズにもエミネムにも通じる職場でしょ。

2007年11月12日 (月)

『クローズZERO』の体

日曜日、息子を塾に送る。その足で合川町のシネコンへむかい、念願のクローズを見た。もちろんひとりで。子が手を離れて以来、映画はいつも一人でみる。

初演は11:20からだったんで、それまでの1時間を駐車場の車のなかで本を読んですごす。映画館は人が多くて混雑していたが、まだ駐車場には空きがあった。日曜の朝ってこんなんだ・・ってちょっと驚き。駐車場から人の動きをみていると、中学高学年とおぼしき少年数人がタクシーで割り勘して駆けつけたり(たぶん、久留米駅から)、自転車でからすみたいにとんできたりと、多かった。ふたりぐみの女子もいたけど男子が多かったな。みな、ヤンキーなんかじゃなくて普通のまじめそうないなかの子たち。純潔ってことばと、昔のこども時代の八女福島町の京座の雰囲気を連想した。券、すでにもう三丁目のなんとかは初演がソールドアウトしてた。私はなんかあれ、見る気がしないんだよね。いつかDVD借りたの、とうとう見ないで返した。

そこへいくと、クローズはかっこよかった。最高に面白かったし、びっくりした。やまだ!!きゃーっていいたいくらい色気があってさ。うーん、きれいなおとこたちはよいなあ。やっぱさ。いつもきたねえ男ばっか見てるから。(夫よごめん。むかしはほんっとにハンサムだったよ。いまは堂々たるチュウネン)それと、おとこのこの性がはじめてちゃんとわかった。そうか、もれるのか・・。知らなかったなあ。息子がふたりもいるのにさ。

なんか元気出た。うりゃ~いくぜ~!!って雄叫びをあげたくなる映画でありました。ストレスがどっかへ雲散霧消、みょうにうれしくて、にたにたしている。あの雨の果し合いがすごかったよね。おとこっていいよなあ、って思ったもんね。

さあ。いっちょうけんかをするぞ!しみったれたオバサンにはぜったいならんからね・・と誓うしみったれおばさんであった。
妻たちよ。夫から離れて、ひとりで映画を見ようぜ。愚痴、いうまい。

2007年11月11日 (日)

十露盤、算盤。

きのう出社。帰宅後、今夜は同窓会打ち合せがあった!とハタと思い出す。が、からだが動かない、きつくて。いいかな行かなくても。みんな来てるだろうしな。・・友にメールで断りをいれる。晩御飯の支度をしてると、そこへ突然の電話。誰からだったと思う。なつかしの幼なじみ、埼玉の大宮にいる算盤教師のナカシマ。

母の十七回忌で八女に帰郷している。久し振りだしイチノセと出てこない?という。その声。

ウン、いく!とこたえていた。からだがしゃきっとなった。いいかな。これも同窓会だよ。夫はまた北九州へいってしまったし。

懐かしいこども時代の友達にあう。
途切れていた過去とつながる。
話をしているうちに、自分が知らないでいたことも飛び出して、へえ、そうだったのかとおしえられる。

ナカシマはけんけんぱたをしてあそぶとき
いつもせなかに石のように重い子をおぶってた。
あかんぼうじゃなく二才くらいの大きな子。
そしてじぶんが跳ぶ番になると
てのなかの小石をぎゅっと握り締めて
せなかの子にむかって

ちょっと歯をくいしばらんね!

と声をかけ
おおきなつけもの石ごと
ケンケンぱっと地べたに描いた串団子を
とんだ。

授業さんかんがナカシマはきらいで
そのわけは
いじわるな男子が
おい、おまえんとこ、ばあさんのきとらすじぇ
と かあちゃんのこと言ったからって 
目になみだいっぱいためて
ピンクの溝蕎麦の咲く小道でうちあけてくれた。

そろばんが天才的にうまいナカシマは
仕事で上京するだんなさんについていき
いまたくさんの弟子がいるという。

あの当時とおんなじ熱い目をきらきらさせて
きょうこちゃん しあわせになろうよね。


むかしの修身の先生みたいなおはなしを
それとはきづかず
たくさんたくさんしてくれた。

あのころ遊びの中でやってくれたのとおなじように。







2007年11月10日 (土)

クローズZERO

映画「クローズゼロ」を見たい。

小栗旬の一重の目と、なんか違うやまだが見たい。

こういう殴りこみ風の男だけのドラマ、時代劇の新撰組かヤクザ映画くらいしかないよね。ヤクザ映画はきらいだけど、がきの不良なら許せる。元気がでそう。

原作漫画「クローズ」。ぜんそくもちで病弱の次男が、毎年入退院を繰り返していたころ、教育的下心の本を読ませようとするハハに反抗して、「ぜったいクローズじゃなきゃ読まない!!」と駄々をこねたことがある。思い返せば、聞く歌を自分で選びだしたころです。オレンジレンジの小学六年生。

先生に「成績は安定した下降曲線を描いています」と言われて、ひるむハハに、チチは言った。「あいつを信じてやれ。おまえはちっとも男の子のきもちをわかってない。」

さいざんす。男になったこと、ないもの。

やさしい長男のこともおませな次男のことも、夫はちゃんとうけとめている。私は無駄な力みがおおいし、視野がせまい。この時期、夫がいてくれてほんとによかった。ご先祖さまにも地球にも宇宙人にもゲゲゲの鬼太郎にも感謝、感謝。

そういえば、はじめてぜんそく入院をしていない。

2007年11月 9日 (金)

白の基準

大阪のスミサクさんの川柳誌「点鐘」を毎号ありがたく面白く読ませていただいてます。今号125号から、気になる一句を。

大根を白の基準にしてよいか 神谷三八朗

これは現代俳句としても通用する句ですよね。ぱっと読み下せて、しかも何かのキャッチみたいにすんなり心におさまり、じわっと波紋を呼び起こす。こんなふうに。夏が終わりきらなかったこの十月、現場にたっているときに、酔芙蓉を観察できた。じっくり、時間の変化とともに変わる色を見ていた。うわあ、まっしろで、きれいだなあって思ったのは朝の一瞬だけだった気がする。手にとってみたとき、花はうらがわに既にうっすら紅色がさしていたからだ。日とともにどんどんそれは赤みをおび、最後には花笠音頭みたいな桃色になってしまった。翌日もそこへ行くと、前の日の朝、白い花を一つとり土にさしておいたのが、やはり花笠音頭色になっていた。へえ・・・。おもしろい花だ。日に当るとピンクに染まるなんて。一瞬だけの純白の色が、いつまでも心に残った。そのときできた句。

掘り立ての人孔一基酔芙蓉  恭子
純白の時は一瞬酔芙蓉  
酔芙蓉闇穴道のうすあかり

大根を白の基準にしてよいか。

よい。それはつまり、大根の種類を選ぶということだ。俳人の私はそう受け止めた。太い大根ほど白くてあまい。細めの大根は辛口で、白色も自から抑えているかんじの白さだ。

そこから黒へと話をずらす。
この夏、お針子の叔母が、母の婚礼着物を私の夏用スーツにリフォームしてくれた。古い黒の紋付であったが、シンメトリーでモダンな服に仕立てなおしてくれた。黒もまた、たくさんの黒がある。高級な黒は、真っ黒ではない。さっきの辛口大根の白みたいな黒、艶消しの黒、醒めた黒とでもいう色である。そのことが、なにかとても不思議な気がする。

ほかに目に付いた句は・・、句じゃないんだけど、印象に残ったことばは、すみさくさんの文章のなかの、「笠塔婆」ということば。ああ、あれかなあ。とすぐ浮かぶお墓のかたち。それがなんという名前かを知らなかったので、思いがけず教えてもらった気がしてうれしい。笠塔婆、かさとば、でよみはいいんだろうか。

海堀酔月の死へ  

    墨 作二郎

無駄は聞かない 補聴器の耳神の耳
取りあえず眼鏡を拭いて 道化の時間
いつも歴史は黄河の流れ 花の音楽
石灯篭倒れて 命めぐらせて
ガラス絵に裸婦がゆがんで 異端の指
十月の郵便ポスト うしろ姿
「両忘」を読めば 雨音繰返す

   『現代川柳 点鐘』第125号より
   平成19年11月、墨作二郎編集発行

2007年11月 8日 (木)

にわのにわとり

にわのにわとり

勤務先ベランダ。
しっぽはキララ。(ミニダックスフント・メス)。
にわとり(祭の夜店出身。ゆえにどっちもオス)のえさを嗅ぎにゆき、嘴で威嚇されてはすごすごとひきさがる。

柿
柿

ことしは柿の当たり年でした。柿の収穫道具、御地では何と呼ばれます?うちでは、「はさみがっちょ」と申しますですよ。先を二つに割り一本の小枝を挟んだだけの竹竿であります。便利ざますよ。
さて、だんだんと頂き物の俳句誌や川柳誌や連句誌がたまってきました。いつもありがとうございます。私はみな、ちゃんと読んでおります。書きたいのですが、なかなかで、ご紹介が遅れています。すみません。ちょっとずつでもってんで、今朝は樹の今月号ポスト欄から数句。

太田一明

第54回長崎原爆忌平和祈念俳句大会で「長崎新聞社賞」を受賞しました。
ちちははを捜し続ける扇風機 一明
 

椎窓 猛

名月に涼味少なしこの世紀ーといった感が去来します。樹10月号、ありがたく拝受いたしました。

朝涼の腕の淋しさ天の風 東妙寺らん

秋気澄み日ざし黄ばみて寂しかり 澄たから

八女の方の句に眼をとめてみました。

脱藩をして来る会津の赤とんぼ 渡辺知子

おもしろい赤とんぼですね。

「飛行雲」(駿河岳水主宰)、第44号の「受贈誌作品より」に、主宰抽出作品として紹介されました。

妻の座に時効などなし寒卵 堀井芙佐子

花冷えの灯に浮き妻の車椅子 瀧 春樹

えつ漁も解禁となりにごり川  呆 夢

北川 邦暢

わが家、百日紅、芙蓉、紫式部、曼珠沙華、旺んです。

山下るものら夕菅は弓なり  瀧 春樹
やわらかく浴衣着て螢指籠に 竹内 卓二
無花果の中で女が一杯さわいでいる 竹原ときえ
かなかなへ投げて戻らぬ糸切歯 林 照代
画用紙の裏側にいて晩夏かな 堀井芙佐子
新涼の風と手紙とふんわりと 依田しず子
いつまでも富国強猫秋近し  尾上美鈴
ひまわり百本敵か味方か分からない 鮫島康子
ありったけの無花果並ぶ無人市  澄たから
風鈴や露地に頑固な顔がある 神無月代

以下省略します。ごめんなさいましね。

2007年11月 7日 (水)

夕凪ユニオン

このブログを始めたころみたいに、週に数回、夕方から久留米の塾まで息子を送迎し、往復する生活に突入した。早いよね、もうすぐ高校受験だなんて。たまに息子は自分で自転車で行くが、翌日にひびくようで、こうなった。

さて、音楽。
このところ聞かされているのは、やはりラップ、ヒップホップ系のドラゴン・アッシュ。例によって数回聞いてるうちにお気に入りになった曲をあげる。

夕凪UNION。夕凪ユニオン。ゆうなぎゆにおん。
なんてすてきなこのフレーズ。歌詞、なんていってるのかよくわかんないんですが、この部分だけはちゃんと耳に残る。いいよなあ。

あと一曲好きなのがあるんですが、題名をわすれちまいました。笑

息子の塾がおわるのを待っている間、何をしているかというと、以前はパソコン教室に通ってたんですが、今は久留米図書館に閉館間近の八時までいて、それからゆめタウンの駐車場で本をよんでます。この時間が嫌いじゃないんで。むしろありがたい。笑

動画:

夕凪UNION:http://jp.youtube.com/watch?v=3muCa6c01II

百合の咲く場所で:http://jp.youtube.com/watch?v=zb1cIhsKHj0

(ドラゴン・アッシュベストアルバムのうち、上の二曲が好きでありまして、偶然どちらにも百合が登場することに今気づきました。二つの映像とも、とてもセンスいいし、こころにくいものがあります。お暇なかたは覗いてみてください。いまどきのチュウボウは、こんなんを聞いておるのだよ)。

2007年11月 6日 (火)

下請け、かこく。

また昨日、電話で失敗した。

請求書を必死で書いていた。そしたら電話。こういう場合一番したっぱの私がまずとる。

まるまる組ですが。今日支払い日なんだけど、もらえなかったんで、来月はらいますから。

と、電話の向こうでおっさん風のひとが言った。

私は、何気なく、

はい、わかりました。来月のいつですか。

とたずね、

来月の今日です。

と聞くと、それで安心して電話を切ってしまった。

そこからが問題。あとでマイボスに告げると、

えっまるまる組は払わないって。八月分なのよ!こっちも給料支払いがあるんだからね。もう冗談じゃないわよ。電話しなおして、半分だけでも支払ってもらうように頼んで。

ははっと又掛けなおす。でも、出ない。笑

笑いごとではないんですよね。生活がかかっているもの。隊員さんたちの。

人の値段だけは下がることはあっても、上がらない。警備業や土方仕事などの人件費はとても安い。知ってる?なぜこうなったか。談合禁止になってからだってさ。公共事業で入札を競わせると、みな取りたいからつい原価を無視して安くしがち。じっさい、警備業での入札をかいまみたけど、一番安いとこが勝っている。やってられないくらいの安さ。しかも、仕事はどこよりきついんだよ。ばかみたいでしょ。

最低賃金が人並みの暮らしを保証するものでないなら、それは「悪」です。あちこちで橋が途中までかかったまま放られているのは、仕事を請けても、お金になる別の仕事から先にやっちゃうんで後回しされてるからだと聞きました。

さて、もとに話をもどします。

まるまるぐみさんは、ランクわけでいくと、Eでした。あぶないんです。この先、どうなるでしょう。つづく。

2007年11月 4日 (日)

六の宮の姫君

   捨てられた姫君

            妙島秋男

 芥川龍之介に『六の宮の姫君』という悲しい短編小説がある。ただ、この小説は原作の『今昔物語』の説話をそのまま現代語に置き換えたようで、芥川の創作力が光っているわけではない。原作が本当にすぐれた作品なのである。

 古風に何一つ自分から動くことなく育てられた美しい姫君が、父母の死後、乳母の手引きで男とむすばれるのだが、その男は受領となった父とともに陸奥に下っていってしまう。はかなく品良く生きているだけの姫君は、その後零落して、数年後には朱雀門のところで破れ筵に寝ているという状況になってしまった。それを帰京して姫君を捜していた男が見つける。その男を認めた姫君は驚き、そのまま死んでしまうというような粗筋である。

 最後の姫君の歌は 

 たまくらのすきまの風もさむかりき
   身はならはしのものにざりける

 この話は、『拾遺集』にあるこの歌の歌語りなのであろう。平安時代の、父や夫に経済的に依存しているだけで、ただ運命に翻弄される女の悲劇として、印象に残る話である。芥川は内記の上人(慶滋保胤)を登場させて、「あれは極楽も地獄も知らぬ、不甲斐ない女の魂でござる」と言わせている。芥川自身のことばなのであろう。 

(以下略。)

連句誌れぎおん2007年秋 59号より
歌仙『新緑や』の留書としてかかれたものです。
粗筋をこれほど的確にまとめられているのはすばらしい。
私には決して書けない文章だなあ。

追記)

きのうは月初めで請求書を書く仕事があり、慌しく出社しました。その前にばたばたと上記を打ち込んで、帰宅後読み返せば、さいごのきめぜりふの「あれは天国も地獄も知らない」と書かれてた部分を、「天国も極楽も知らない」ってふうに誤記していることに気づきました。
それで、あれ?とおもった次第。原典にあたると、

法師は月光に顔を

もた

げた。

っていう一行詩みたいなフレーズのあと、でてきます。天国じゃなく極楽も地獄も知らぬ、となってました。

2007年11月 3日 (土)

捨てられた女君

秋号の<連句誌れぎおん>で、『捨てられた女君』という文章を読んだ。芥川龍之介の『六の宮の姫君』について書かれたもので、筆者は妙島秋男氏である。

びっくりした。ちょうど私もそれについて同号の「読書アンケート」で書いてたから。

妙島秋男氏の文章で以前とても感動したものがあって、いつかご紹介したいと思っているのだが、ちょっと長いのでなかなかできずにいた。そこへ、ふたたびのこれ。

六の宮の姫君はずっと気になっている。最初に読んだのは北村薫の推理小説だった。とてもおもしろくて、それから龍之介が大好きになったし菊池寛も身近になった。芥川龍之介の作品と、古典原作の「今昔物語」、山岸涼子(すみません、ほんとはさんずいじゃなく、にすいの字ですよね)の漫画作品、福永武彦版が一冊で読めることに気づいたのは、久留米図書館のおかげだ。すべてこどもむけにルビがふられている本があった。目に飛び込んできた。赤木かん子編集の「リトルセレクション」。これはすばらしいシリーズです。(私はもちろん全部よみましたとも。われながら、ほんとにひまだなあというかねえ。)

今朝、うちこもうと思ったけど、時間がないんだ。

夜、できたらうちこみたい。じゃまた。

2007年11月 2日 (金)

空間図形

空間図形
空間図形
空間図形

空間図形 

      姫野恭子

このピラミッドの土は掘ったん
埋めるために持ってきたん

出来上がったら 下を道路が走るったい
だけん今いるこの道は
ほんとの道ができたらのうなってしまう

へえ 知らんかった
じゃ このロープで巻いた保護柵は
どこの会社が造ったん

これはあ 
建築会社のここの人たちが作るとたい
べつに特別なものじゃなか
ほら このロープ 黒と黄で編んだもんたい
だいぶ色落ちのしとるとばってんね
ガムテープも夜光塗料入りたい

ほへえ そうかー!!

みながばかにするその人は
まよなかのぞうきんみたいにまっくろで
前歯のないきれいな笑顔で快活に笑い
知らなかったことを沢山教えてくれる
まるで新しい道が出来上がったかのように
完璧な空間図形を
ありありと目の前に描いてみせる

路地裏のきれいなもの

路地裏のきれいなもの

人孔掘削現場で。おばあちゃんお手植えの秋明菊。私が立っているとき、花鋏をもって一輪だけ取りにみえました。仏さん花にするんだなと感じた。
シュウメイ菊をみれば、私は必ず、澤田ツタさんを思い出します。連句人・沢都の今は亡きお姑さまで、生前俳句をつきあってくださったのです。ハイカラな元気のいいかたで、戦前のお若いころは大陸でタイプライター、じゃなかったタイピスト(笑)をなさっていたと聞きました。句を忘れてしまいましたが、でもシュウメイ菊を詠まれたことがあるんですよね。あと、薔薇アーチの句が印象深い。たしか、発句にいただいて、連句をまいたんだっけ。八女のみんなと。
路地裏のきれいなもの

これも現場。小さな祠シリーズができそう。何の神様か、雰囲気的にはお恵比寿さん。
路地裏のきれいなもの

例によって例のものです。笑
下を向いて歩こう。

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