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2007年10月 1日 (月)

開拓者たち

土曜日、高橋甲四郎先生宅へお借りしていた本三冊を返しに出かけた。

高橋昇博士と朝鮮の農業試験場で後輩だった落合秀男氏(落合家に入婿)が編集発行された、歌人前田夕暮の子、前田透著『落合直文 近代短歌の黎明』(明治書院)ほか三冊である。前日の夜、返さねばならない・・とあせり、よむべき本がたまっているのを措いてささっと目を通す。返す直前まで読んでいた。おいそれとは読めない、内容の濃い、すぐれた研究書である。歴史的な事実が簡潔にまた詳細に引かれていて、背景の人物の動向も浮かぶ。落合直文を一言でいえば、古い日本の詩歌をブルドーザーでぶっこわして整地してあたらしいものに作り変えた。その地ならしをやった人であるというのだ。岡井隆の書いた斎藤茂吉に出て来る歌塾(中島歌子主宰の旧幕府要人の子女向けの。君が代の歌を国歌にと進言した旧幕臣乙骨太郎乙の娘も樋口一葉も入ってた)と、落合直文の萩の舎はどうちがったのかとかも感覚的にわかった。読み飛ばすことが出来ない性分なので、また借りて読みたい。ちょうど、福島中尉という人が馬で単騎ロシア大陸横断という歴史的快挙を成し遂げたことについて、直文は感動し、それを二晩の徹夜と数日のおこもりで長大な五七調の詩にまとめた。・・というとこまでで返さねばならなかった。詩作に没頭する直文を助けたのが、与謝野鉄幹と森鴎外だったと書かれていた(と記憶する)。

甲四郎先生は、お元気だった。
新聞の切り抜き記事をくださった。
千町無田の開拓者、久留米藩士・青木牛之助を先祖にもつ一族の会というものがあり、それを九重町千町無田の朝日神社で催した。という写真つきの記事だった。見出しは、「開拓に尽力・・子孫らと交流」(大分合同新聞、9月27日付)

高橋甲四郎先生もその一族のおひとりだった。百年をかけた開拓の歴史。その気力体力、情熱、義侠心。すごい。たしかにこれは血。

思い出した。
夏にほととぎすで中山宙虫さんが出してくれた句。このことだったのか。

ほととぎす羽根なきものの開拓碑 宙虫

パノラマ写真館http://panorama.photo-web.cc/rittai/stereo/kokonoe/suiden360p.html

青木牛之助http://www.pref.oita.jp/10400/viento/vol06/senjin.html

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