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2007年10月23日 (火)

歌仙 『扉をたたく』

亜の会歌仙

  『扉をたたく』

       四吟付回し

太刀魚をさげて恋慕の扉をたたく   貞永まこと
  傘さしかける銀(しろがね)の月  姫野恭子
風炉名残一杓日ざしへ傾けて     沢 都
  かすれラジオの日本語放送    まこと
特急がもうすぐ駅を通過する      恭子
  山より時雨降り初むる朝      都

ばあさまの霊気ただよう寒卵      まこと
  一枚二枚とめくるトランプ       恭子
乱れ籠いっぱいになる頃合に      都
  よされ磯節 瞽女(ごぜ)の喉鳴る 木場敬子
埋木は妻ともならず尼となり       恭子
  引き出しにある新約聖書       都
冬の月くたびれ眠るトナカイに      敬子
  夢の中でも地雷処理とは       恭子
海原に混じりて淡し風の色        都
  散骨の日のほがらかに晴れ     敬子
花びらがぺたりぺたりと貼りついて    恭子
  ペットボトルと春の土踏む       都

ここからは大股で行く弥生尽      都
  医師宣告は痔疾いやはや      恭子
呼び塩にこたえてもどる干し魚     まこと
  酒あり升と金釘の文字        敬子
纏向の日代の宮は日照る宮       恭子
  這いつくばって望む雲海       都
あの人はいつまた帰る繭を煮る     恭子
  乳与えたく胸はだけます       まこと
味細胞アルカリ性と結合し        都
  高く低くにティンパニの音      敬子
潮満ちて月がこぼした黒真珠     まこと
  防霜ファンを回し損ねる      恭子

ダンボール箱に詰まりし冬支度    敬子
  下りの坂の影はすり切れ      都
この国の両生類に幸あれと     まこと
   ほのかに温し竹皮の飯(いい) 恭子
花の庭直立不動の母おわす     都
   夏の隣に語るあれこれ     敬子

(文音)起首 平成13年10月31日
    満尾  平成14年3月23日

  留書

    時給610円

            貞永まこと

五月の連休に入る前に、丸三年ぶりに故郷でもある東京へ出向いて二泊してきた。上の娘が今春から大学一年となり上京したので、その様子を少し見てみたかったこともあるが、大きな理由としては埼玉の奥でやはり一人暮らしをしている母に会いたかったのだ。
かの悪名高き新大久保で少年時代を過ごした身ながら、ほぼ二十年近い九州での田舎暮らしにとっぷりと漬かり込むと、都会というものは、ある日突然視界から消え失せてしまう、正に虚像そのものだということが良くわかる。
かつて文芸座、文芸地下のあった辺りにパルコビルのキンキラが建ってしまい、何故かその最上階で古書市などが催事としてかかっていた。仮に新書版とはいえ、大分では再び手にすることはできないだろう、と思われる掘り出し物を、荷物になるのも厭わずに漁り出して、ついつい買い込んでしまうヨソ者の私は、例えて悪くなければ、バーゲンセールで「半額」の値札を目にしただけで反射的にとんでもない大量の買物をして悔いる・・ある種の御婦人の心理と少し通い合う部分があるかもしれない。これらをケチな私有の性格などと言ってしまえば身も蓋もないが、頬袋が張り裂けるまで食糧を詰め込むことを止めない、飢えた猿ほどには切なく崇高でない分だけ、都会での大方の買物には、どこか色付きの水滴の染みとして残らざるを得ない。
そんな思いを抱きながら、みやげ話にでもと思い、今人気大上昇のラーメン屋に入って、「豚の頬肉のトロ入り」と「葱飯」を注文すると1人前1500円の支払いとなる。
確かに美味しいラーメンの部類には入るが、これは高値も”売り”として取り込むことのできる都会ならではの、挑戦的な商いといえよう。ただ食後はどこか心苦しい。
私がよく通う大分の温泉浴場(露天・サウナ・泡風呂つき)の入浴料が終日300円で、この施設が通年募集している場内清掃パートタイムの時給が610円と大書してある。
娘は児童学を専攻するために東京へ出たが、近々焼肉屋でアルバイトを始めるそうだ。池袋の「山頭火」で父と一緒に食べたラーメン代の捻出に、低賃金では二時間半分の賃労働が必要なのだということが、自らの汗を通して見えてくることだろう。
だが父はたかがラーメンから『パンなんか買うんじゃない、銃を買うんだ!』と子供等に訴える、彼のサパタへの思いを熱くしてしまう。 

掲載誌: 『連句誌れぎおん』38号、2002年7月発行 

参照) サパタ:http://ww1.m78.com/topix-2/zapata.html
                   :http://clinamen.ff.tku.ac.jp/EZLN/zapata.html

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コメント

ああ、まことさんの句だ。まことさん、こんな句を出してたんだねえ。そして、木場さん。彼女の句もいいなあ。ちょっとだけ、時間をともにした人たち。ふらりと表れふらりと消えて。でも、まことさんが生きていたことがこうやってくっきりと残ってるんだねえ。一期一会という言葉が、ふと浮かんだ。

そうだね。貞永まことはいい男だった。どのひとのこころにも、くっきりとした軌跡をのこして、はやばやといってしまった。彼の年齢をこえてしまったよね。
この歌仙を書き写しながら、当時の心境をおもいだすと、発句をみたとき、ああ、まことさんはいよいよ月へ帰ろうとしているのだ・・と思ったよ。木場さんもふしぎな人でした。まことさんを送るためにあのときあの場に来てくださったかただとおもえてなりません。仏縁だとおもう。ありがたかった。とても。

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