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2007年10月21日 (日)

不可思先生とましろ先生

きのうの夕方、八女市町村会館に母と公演を聴きにいった。「合唱団蓮の会20周年記念、親鸞聖人750回御遠忌お待ち受け、讃歌と講演の夕べ」というもの。(たしかこんな長い題でした。)

お寺の世話役なので入場券を買ったのですが、行ってよかった。合唱はとてもきれいな、こころ洗われる、質の高いものでした。プログラムにかかれた案内文を読んで、初めて星野村のお坊さま・樋口不可思師の前歴を知りました。武蔵野音大声楽科を出ておられたんだと。そうだったのかー。お寺で樋口不可思先生の法話をきくことがあると、ご詠歌をいっしょに歌うのですが、ずうっと思ってたんですよね。あまりにもお上手なので、趣味はオペラなのかなあと。声の出し方が、オペラ歌手とおんなじなんです。はらの底のそのまた奥から出ている。はらに風穴があいていて、天の原につながっていて、そこから声が送られてくるような美声。いろいろと仏教関連のお歌がだされたあと、さいごの曲は、「千の風になって」。つくづく惜しかったのは、不可思師は指揮であったことです。師の独唱で聞きたかった。よほど、アンコールでそれを言いたかったんですが、小心者なのでいえなかった。きっと、みなさんも同じきもちだったんじゃないかな。

講演は、愛媛のお寺の住職であり、また、京都府の私立中学高校連合会副会長である「ましろ・よしまろ、真城義麿」先生54歳の講演でした。題はありふれていて「つながりを生きよう」。題がこれで、出て見えたときすごくシャンとなさってたので、えらい人の話を拝聴する態勢に入ってたのですが、ぜんぜんまったく面白い人でございました。こんなかんじ。

「ひるまで京都で仏教系私立中学の校長会議をやっていたんです。全国で40いくつありますが。それが、お昼から羽犬塚まで電車にのってきて、いまここに立てるのですから、すごい便利な世の中に私たちは生かされていますよね。あるひとが、(←ここで名前をだされたけど忘却)現代を評して無痛社会といいました。快適さだけを善とする社会です。いたいもの、くるしいものに価値を見出さない。そこから逃避する。それは一見すばらしい社会ですが、いろんな問題をかかえています。たとえば、ひきこもり。これの解決法を見事にいいあらわした現代の学生の川柳があります。ひきこもりたくてもできない部屋がない。」

「わたしは愛媛と広島とのさかいにある小さな寺の住職もしていますが、そこは超高齢社会です。日本で二番目の。なんとか村を活性化しようと考えた結果、おとしよりに、自分のいまできることを箇条書きにしてもらいました。わたしは、早起きができます。声がでます。ものが書けます。とか、車の運転ができます。とか、できることをみな書いてもらった。そうして、たとえば、横丁の若奥さんが早起きしなければならないとき、まったく面識のないお年寄りAさんにモーニングコールを依頼する。また、段々畠に行って畠仕事をしたいが歩けない人には、運転のできる人をまわす。そうしていつのまにか面識ができ社会が生き生きと活性化する。これをやって私はつくづく思い知りました。過疎というのは、こころが作るものだったということにです。人が村を出て行く、人口がすくなくなることはちっともこわいことではない。でもそれで活気をうしなうこころがこわいのです。過疎問題とはこれなんです。」

「お産もそうです。あれまでプライベートにしてしまったでしょう。昔は、昭和三十五年ころまでは、お産といえば、隣近所、みんなそわそわして、待ち受けたものです。あたらしいいのちがみんなにまたれてうまれてきました。」

ここまで読んで興味をもたれたかたは、どうぞましろ先生のご著書をお買い求め下さい。一冊800円。二冊だとなんと1600円だそうです。

では、このへんで。かしこ。

参照:真城義麿http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/masiro.html

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コメント

アクセスをみていましたら、樋口不可思検索でここが二位です。久々にお寺を思い出しました。ずうっとこの数年きれています。お世話役でもないし、お勤めするようになってお寺にいけなくなったんです。
わりと行く方だったんですが。

一位はなんだろう、とキャッシュ記事をひらきました。国立音楽大の研究論文の索引がでます。重度精神薄弱者に対する音楽療法の試み、というような題がでてきます。
わたしはたまたま縁があって、その方々の食事をつくっていますが、プレイルームの方からお昼によくピアノの音、ギターの音、そして歌声が聞こえます。ヘルパーさんたちの奏でられる音です。なつかしい歌がでます。
そういえば、今はっと気づく、樋口ふかし師は星野でありました。調一党を支え京都樋口小路から落ちてきた樋口一族かもしれず。とっても何か深い精神性を感じさせる歌声の持ち主です。
お坊さんということで、連句的に、熊本の故渋谷ゆうさい師もうかんできます。ノーマライゼーション、という題の文章を遺されています。
歌はいいなあ。とおもいます。洗い物をしながら、いっしょにこころで歌います。

ひさびさにここ。
樋口不可思検索でやはり今もここが2位、ときにアクセスがあります。どなたか存じませんが、東京方面からのアクセス、ありがとうございます。
1位の記事をひらいてみました。ふかし先生のお写真付きのあるお寺のサイトでした。↓

上記サイトの、久留米弁でよむ、たんにしょう。↓
すごか!傑作!!へえ、このお寺、御井町だ。

地図をみて、わかった!
いつもかささぎが通勤していた道、高良山の鳥居からほど近いあのお寺だわ。毎月この古いお寺の前には折々にはっとするような仏言の書をかざっておられた。

真夜中にこちらへ、おみえいただきありがとうございます。樋口不可思検索1位、2位になっていました。
浄圓寺、こちらに載っています↓。
一度もいったことありませぬ。
星野もひろいのだなあ。

不可思、という名付けは不可思議ですね。
Cannot think.
私の中島内蔵助直系の従兄弟の名は不可止です。
cannot stop.

未来義務分詞

不可戦

九条と玄奘

さっき引用の泰心工房のギャラリーに、ブビンガ、テーブル、500kgというの発見。
重さが只者ではないが、ブビンガとは何だろう。
奥八女には文化人が沢山住んでおられますね。

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