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2007年9月11日 (火)

虫 3

  虫  その3 

   

  見晴るかす青田噴霧器両肩に

中国映画『山の郵便配達』を見ましたか。
辺鄙な山岳地帯を徒歩で郵便配達する親子の姿が、うつくしかった。中国の山は日本のと違って樹木が少ないようだが、それだけ植生が天然のまま存在している証なのであろうか。鳥の目になったカメラが、うねうねと続く青田を捉える。と、その一点に白い虫のようなものが動く。かなしいほどにちっちゃな噴霧器を背負った、娘。広い広い田んぼの虫に、それっぽっちで立ち向かえるのか。

    ◇

  幾度も返し縫ひせり無人ヘリ 

農協に青田の虫駆除を依頼するようになって二年目である。無人ヘリから殺虫剤を散布するのだ。リモコン操作には免許が必要で、おもちゃを操るようにして職員が操作する。コメは八月半ばと九月上旬に一回ずつ、大豆はそれぞれの月に二回ずつ散布される。これでウンカやカメムシなどの駆除を個人的にはしなくてもよくなった。
一昨年までは、父と私でやっていた消毒。考えてみるとこの「消毒」という言い方は変だが、ほかに妥当なことばを知らない。収穫するためには絶対に避けて通れない虫駆除なのに、俳諧歳時記には虫殺し関連の季語は圧倒的に少ない。

1 虫篝 害虫駆除に畑の辻で篝を焚いて虫をおびき寄せ、焼き殺す。(晩夏)
2 虫送り 源平合戦で、稲の切株に躓いて討たれた實盛の怨霊が稲虫として祟るとて、村人が藁人形をこさえ、松明を燃やしてはやし立てながら、虫霊を送るという民俗行事。

たった二つしかない。なんとのどかで文学的な話だろう。

    ◇

これは茶化さず、真剣に考えるべきだ。なぜ虫殺しが季語になりえなかったのか。それは、昆虫は魂虫だからに他ならない。裸虫たる人間がこの世での生を終えると、小さな虫に姿を変えてあの世に旅立った。万葉集に蝶の歌が一つもないのは、なぜなのか。ー きっときっときっと。
ほんとうに妙な国だ。もっともたいせつな、そして聖なるものはうたわない。

古来、虫といえば、声を愛でる虫だった。南北朝を統一した将軍の足利義満に仕えて、貴族文化であった和歌や連歌や管弦などを教え込んだのは、かの二条良基である。義満の造った金閣寺は、第一層が公家様式の寝殿造り、二層目が武家風の書院造り、三層目は唐風だといわれる。この様式をおもうとき、歳時記の土台にあるものがおのずと透けてみえる気がする。

   ◇ 

  薪一休寺虫干七月七日(明治四十一年)

  虫干の吹毛九尺薪寺   松瀬青々

「薪(たきぎ)の一休寺」は京都府綴喜郡(つづきぐん)田辺町の妙勝寺と酬恩寺を併せた呼び名である。その昔一休禅師がこの寺の法会の説法のとき、九尺の吹毛(払子(ほっす)。ハグマの毛、または麻を束ねて柄をつけたもの)を振っていたと伝える。吹毛は本来インドでは蠅を追い払う道具だったが、日本で煩悩を追い払う道具に昇格した。将軍義満とのとんち比べに勝った伝説が残る一休が、人の頭を並べ、吹毛をさあっと泳がせる絵が浮かぶような、面白い句だ。

※ 最終連の青々句、寺の説明は『松瀬青々』(茨木和生著)参照。

  連句誌『れぎおん』 39号より引用
  2002年10月西宮市甲子園前田圭衛子編集発行

追伸)

先日れぎおんアンケートで、あなたの人生をかえた本はなんですか。という項目がありました。つい逃げてしまったことがくやまれます。そんなのは、ない。とはずしてしまった。しかし、あります。たくさんありますとも。大切であるほど、ほんとうのことはかけません。どこかで茶化すか蹴飛ばすか、してます。30代で出あったアガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』と『大東亜戦争を見直そう』(原書房刊)名越二荒之助・著、はまさにそんな本でありました。でも書けなかった。

いまウィキペディア検索しますと、名越氏は今年なくなられています。四月十一日、享年84歳。慎んで哀悼の意を捧げます。合掌。

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