無料ブログはココログ

« 『ペンを剣に代えて』 | トップページ | お茶にごす »

2007年9月 9日 (日)

虫  2

essay 虫 その2

             姫野 恭子

今年から生産組合長の番がまわってきた。
早速会合があり、父の代理で私が出席する。ことし、どんな作物を作るのか、それを事細かにお上に報告しなければならない。各地区の長は、一軒一軒農家をまわり、書類に必要事項を記入してもらって、農協に提出する。
たとえば、麦を作るのなら、何という銘柄の麦をどの位か。大豆、苺、茶・・そして、米。不作に備えて、とも補償という共済加入も義務づけられている。本当に農業こそは日本的情緒の原点だなあとしみじみ思う。

         ◇

会議が終わって帰ろうとすると、五つの地区の長が呼び止められた。長老が言う。
「あれは確か昭和四十二年ころじゃった。大渇水があって、田んぼの水が掛からんので、この五つの部落のもんが、昼夜を分かたず消防用水から四十日もの間、ポンプで水ば引いて頑張ったことがあった。公民館に寝泊りして。おかげさんで米がとれたが、その時の見舞金がそのままになっとる。みんなの金だし、部落ごとに配分することにしまっしょ」
各部落ごとにほぼ二万円。でも感動した。

         ◇

 二町歩の花一斉に咀嚼音  恭子

この句は、私が初めて参加した伊丹での百韻興行で、前田圭衛子捌によって一直の後決まった思い出深い匂いの花である。新幹線の時間が迫っていたので、花を数句案じて捌に託した。「二町歩の花一斉にはららいで」「花の下なんとかかんとか咀嚼音」 のような、平叙法の句だったと記憶する。それが、これほど俳諧的な花になるとは。句跨りだが、切れがある。咀嚼しているのは、花見人だか花だか混然としており、その幻想を支えるのが、二町歩という分を弁えたほどほどの空間だ。これは確かに私の名がついているが、本当の作者は捌であり、その背後に憑いている神かもしれぬ。

         ◇

前田さんと最初に出会った日を思い出せないが、日本青年館から前田さんと岡田麗さんと駅まで三人タクシーに乗った時の事を思い出すたび、笑いがこみあげる。
「東京は思ったより緑が多いですね」・・・私
「あれはあなた、皇居ですがな」・・・前田師

         ◇

  またの名を裸虫とや桜咲く  瀧 春樹
                        (「句集 花嵐」 より)

私は自分の田舎臭さはすっかり忘れて、この瀧春樹氏をなんて田舎臭い石頭のくそおやじかと、ずっと思っていた。まっすぐ喧嘩もしたし、陰口も山のように言った。それが、秀野の連載が終わり、大分県下毛郡三光村の主宰の所に挨拶に伺ってのち、大きく想いが変化する。なぜなんだろう。女のどうでもいいような感情的評価なぞ知ったこっちゃない風の、肚の座ったおやじぶりを見せつけられたせいか、それとも山懐にある三光村の呪力のせいだろうか。

       ◇

  うどんうつ里のはづれの月の影  荷兮
     すも丶もつ子のみな裸むし  越人

                (七部集「ひさご」)

裸虫とは、五行思想の分類の一つで、毛のない虫、人間のことだ。生命すべてを、虫だとする古代中国の五行の哲理を知ったとき、わたしのアメリカはやぶれさった。

 連句誌 『れぎおん』 38号より引用
 2002年7月西宮市甲子園前田圭衛子発行

« 『ペンを剣に代えて』 | トップページ | お茶にごす »

コメント

前田さんとのことは何度も書いているようだけど、いい人に出会ったんだね、本当に。虫といえば、職場に蓑虫を持ってきた人がいて、ご老人たち(デイサービスの利用者)を一日楽しませてくれました。壁飾り用の蓑虫を作る参考なんだけど、正に老稚園といった様相のデイサービスで、時々「せんせい」なんて呼ばれてます。あ、蟻の句、覚えていてくれてありがとう。

おのだ。
中七「落ちてゆくなり」だったか滑りゆくなりだったか、それ、迷った。
記憶の中に名句は存在する。
マエダさんはいい人かどうか知らん。ただ師弟としての縁を感じるし、尊敬している。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 虫  2:

« 『ペンを剣に代えて』 | トップページ | お茶にごす »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29