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2007年9月21日 (金)

俗の細道 3

 俗の細道  3 (れぎおん版)

              姫野 恭子

ううーっ。のさんごつ暑か。立秋まであと少しの、一年でいっちゃん暑かこん時期に、クーラーもつけんで首に手のごい巻きつけてワープロ打ちばしよります。ばってん、百姓のわがチチハハは、炎天下の地を這い回るごつして苺苗の手入ればしよるとですけん、こげなこついうたらバチの当たっです。

なあんて、つい筑後弁丸出しで始めてしまった。れぎおん十四号の巻頭、別所真紀子氏の論文を読んで、久々に知的興奮を覚える。その終盤近くでドーンと出された、「荒海や佐渡に横たふ天の河」 の新解釈。十二号で川野蓼艸氏が指摘されるまで、「横たふ」が文法的に怪しいなんて考えたこともなかった私には、さらなるカウンターパンチをくらった感じである。

しかし冷静に作品に向き合っていると、自動詞だの他動詞だのいう文法論はどうでもよくなり、別所さんが述べられた如くに佐渡の夜空に星花火をあげるように横たえられた天の川が浮かぶだけである。ザッパーンという波の音すら無に帰すほどの静寂。

ここでふっと『連衆』誌二十六号に大牟田の森さかえ氏が書かれた一文「能と奥の細道について考える」 を思い出す。森氏は筑後平野の端っこの三池郡でながいことお謡をされている方である。彼はこう書いている。

「能楽の大成者が世阿弥だということは異論のないことであろうが、この世阿弥が七十歳をすぎて流されたのが、ここ佐渡島なのである。流罪の原因は何か、許されて都に帰ったのかどうかもさだかではないが、時の将軍足利義満の怒りに触れたことは間違いないようである。芭蕉がこのことを知っていたかどうかは分らないが(多分知っていたのではないか)、荒海やの句も、一世を風靡した世阿弥が七十二歳にもなって流された地であることを知って鑑賞すると、また違った味わいをもってくる」。

そうか。あの句は世阿弥へのひそかなる鎮魂歌だったのか。

       ◇

鎮魂歌という意味で、今一句紹介したい句が出て来た。一昨年八女市に帰郷してすぐ図書館から借りた本に、大野林火・編『春の俳句』 があった。そのなかで、どうしてか心深く捉えられた句が二つあり、一つが高野素十の次の句であった。

  ある寺の障子細めに花御堂  素十

林火の解説では、この寺は洛北の花背にある地蔵院だという。実をいうと、私は「花御堂」すら知らず、ただ中七の「障子ほそめに」という件りにまいったのである。すごかねえ。障子がすこし開いてて、そこに垣間見える世界。これぞ日本文化の粋じゃないのか。お寺の明と暗。ひとの世の明と闇。わけもわからぬまま惹かれて、はじめて参加した連衆句会に自分の句として出してみたけど、零点だったという思い出の句である。(素十さんすんまっせん。あきらかな盗作、しかも人を試すようなことをしたわけで。たちがわるいというかひとがわるいというか、ほんなこて許せんとです。)でもまあ、いいじゃないですか。だれも気づかなかったことだし。(そういう問題じゃ・・)

さて、ではなぜこれが鎮魂歌なのか。最近たまたま『俳句ざうるす』(野間幸恵編集発行)で川端茅舎の特集があり、そこで茅舎の次の一句に出くわしたのである。

  雪晴の障子細目に慈眼かな  茅舎

川端茅舎と高野素十との絆。「障子細目に」がまるで紐帯のようにこの二つの句を結び付けている。四十三歳という若さで逝去した茅舎を悼み、素十は仏性会の日を無意識裡にえらび、こう詠んだのでは・・と想う。
蝸牛俳句文庫『川端茅舎』を、わくわくの推理小説として推したい。

   『連句誌れぎおん』15号より 1996年9月
   西宮市甲子園、前田圭衛子編集発行

※ 文中の、佐渡に横たふの問題提起・・文法的には横たはるが正しく、横たふでは、横たへるという他動詞的意味あいをもつ。というのが妙に文法にお詳しい町医者・川野蓼艸氏のご意見でした。これに対し、佐渡をはさんだ日本海の天候に妙にお詳しい小説家・別所真紀子氏が述べられたのが、「そのあたりは悪天候が多いのに、天の川が見えたろうか。荒海の上は荒れた天気、とみるのが普通の感覚であろう。であれば、芭蕉は天の川を恣意的に横たえたのである。」と、「犯人は芭蕉だ!」説を唱えられた。おもしろい。なんだか芭蕉が身近におもえてくる。

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コメント

そういや「のさんごつ」もあったね。

九州弁で「たくさん」という言葉を知っとるだけ書いてくれんね・・・というmixiコミュニティーの中から、コピペします。


九州ではかなりの数の方言があっと思っとっとたい。

例えばさ。「たーいぎゃ」「そーにゃ」「どしこでん」みたいにさ。そりゃー~「たーいぎゃ」あっと思とっとたいね。

だいけんがさ、皆ん衆が思いつく限りの「たくさん」の方言ばだしてほしかったいね。

よかろか????

こういう事書く人、ばさらかよか人って思うさくらです。


ばさろ。ばさらか。がば。がばり。
さいんこさいんたんじぇんと。

なつかしかですね。
さくらさんな、こげん前から方言ば使いよらしゃったとですね。おみごと!

・・・よかろか????

が、がばいおかしかね。

こぎゃん昔からあたしゃここにコメントしよったばいね。
と新ためて時間の速さに驚き、また、父への手紙掲示板の日付を確かめに行く。
2006年11月3日。

ひゃー、私の知らない世界がここにありました。
2006年、なんばしよったやか?
思い出せません。

年をとると、時間が加速度的に早く過ぎるって本当だね。
さいきん、何年前ってのを正確に測れません。
きょねんとおもってることが、三年前だったりする。

 「のさんごつ」は、6歳下の朝倉高校出身のやつがよく使ってました、「暑してのさん」とか。そいつと一緒に話していた大牟田の人は「がばい(がーば)きた」というので、最初意味がわからなかった。大牟田方面では「がっかり」というような意味らしい。ありゃりゃ、「がばい」にも別の意味があったつの。そいから「佐賀のがばいばあちゃん」の影響で「がばい」が副詞ではなく形容詞的に使われているのが気になる。甲子園でも「がばい打線」とか。「がばいすごか」の「すごか」が省略されていることを忘れちゃいかんよ、間違った方言が広まってしまう。
 「そーにゃ」「どしこでん」(あるいは「どがしこでん」)「ばさろ。ばさらか。がば。がばり。」は今でも久留米でよく使います。「てーげー」は使うけど、「たーいぎゃ」は初めて聞いた。

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