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2007年7月17日 (火)

現代俳句と女たち   3

 ― 現代俳句と女たち ―

   張形としての俳句 (3)

              姫野 恭子

 麨や兵隊後家と母呼ばれ   和泉 光栄

八月二十七日の第五十二回原爆忌俳句大会へ初めて参加した。十年近く九州俳句誌に在籍していながら、各種の大会へは一度も出たことがなかった。参加してみて、はじめて見えた。ことばの向こう側に生身の人がいることが・・・。私には当日聴いた語り部の人の生々しい体験より何より、会場に充ちていた独特の雰囲気や、階上の図書館で会った静かなたたずまいの被爆者のことが、強く印象にきざまれた。

この連載を書き始めていたからだと思う。入賞作品集の中から掲句が飛び出してきた。旧字の麦に少で「はったい」と読む、麦こがし。何となつかしい夏の季語であろう。まるでむせ返るような香ばしい匂い。口に入れるもの全てを自家製造していた昭和四十年代までの輝かしい原初の味が、ふいに私の身に蘇る。

「これ、とってもいい句ですねえ」

と、隣の席にいた女性に声をかけると、そのかたが作者の和泉さんであった。和泉さんは「私の母のことです」 とおっしゃった。美しい姿の女性だった。こういう偶然があるのだ。食物や生活に何ら混ざり物がなかったころ、後家差別もまたストレートなものだったろう。

     ◇

  私は一切の新しきものの味方である。
  否、新しきものそれ自身でありたい。
  何故なら、新しきものの中には常に必ず
  生命の核が宿ってゐるから。

     平塚らいてう 『円窓より』、大正二年

引用はしたが、私は平塚らいてうが苦手である。この精いっぱい肩に力の入った文章の「新しきもの」のところに「古きもの」をたとえ代入したとしても、全然差し支えないとさえ思う。同じく有名な「元始、女性は太陽であった」にしろ、元始女性は月であったと変えたとて何の不都合もない。そんな時代に今、私たちは生かされている。論はじゅうぶんだ。時代が進もうが退こうが、女性の生き方がどうかわろうが、肝腎要のものはなにひとつかわらない。

       ◇

 もしかしてみんな淋しいラムネ振る 山元志津香
 香水一滴けふ母でなし妻でなし    〃
 柊の闇をひろげて匂いくる       穴井 君子
 年毎に雪重ねゆく胸の奥        〃

山元志津香は岩手県生れ。連句俳諧誌「八千草」主宰で、実力のある書き手である。長い句歴がありながら処女句集『ピアノの塵』を出されたのは去年のことだ。肩肘はらぬ句柄は人柄そのもの、ありきたりな言葉で心にしみる句を幾つも書かれている。ラムネの句は、一見無邪気な詠みぶりながら、内包するものは底のない孤独だ。だが、だからこそ暗闇で目をみひらき、周りの人影に気づき勇気づけられ、みずからを奮い立たせているかのようだ。

穴井君子は天籟通信主宰だった故穴井太師の妻で、穴井太師より一回りほども年長だったことを、没後に師が編まれた穴井君子遺句集『絵本』で知る。太師に出会ったころの君子は戦争未亡人だった。激動の青春時代を生きた人のそのうちなる張形は、澄明でつつましやかである。

  「九州俳句」141号

        平成18年2月15日発行   

※ 参照 はったい粉: http://www9.plala.or.jp/vintage/hattaiko.html 

              柊:ヒイラギの花。文字通り冬に咲き、
        かそけき芳香をたてる。木のそばを
        通りすぎ、おもわずなんのにおいかと
        あたりをふりかえってしまうような。
                 http://www.hana300.com/hiirag.html

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コメント

「特攻くずれ」は聞いたけど、「兵隊後家」は知らなかった。

それにしてもはったい粉、冷蔵庫の隅にどうしたもんかと置いてあるもらいもの、これから出してみます。

麦焦がしと聞いてわかりました。
それ戦時中に、防空壕の中で食べてた・・・と言うのが2歳の私の一番初めの記憶なんです。
食べてたような気がする・・・・夢か幻かという程度の記憶。

「こうばし」と呼んでいた。
砂糖を入れて、椿の葉ですくってなめていた。
のどにつっかかってごほんごほん言いながら食べた。

「こうばし」がこんな形で語れるとは思わなかった!

ひめのさんへ靖国神社のお土産。

毎年、靖国神社のみたままつりに大きな八女提灯が献灯されています。
昨年まではなんとも思わなかったけど、先生とhimenoさんの住む八女と聞いて今年は特に思い入れが。
奉納 内田和三郎商店と書いてありました。

「さくら」にリンクしてあります。

さくらさん。利華さんところで靖国のみたままつりの奉納提灯をみてきたばかりでした。りかさん、うれしかったろうなあとおもい、私も来年こそは奉納しようとおもって。
その八女市の商店はまだ調べてませんが、提灯屋さんじゃないかなとおもいます。ありがとうございました。
はったい粉、そうそう。こうばしとうちでもよんでました。椿の葉で!!たしかに。きっちりと記憶を呼び覚ましてくださって感謝いたします。わすれるとこでした。

ここ、よまれていた。

先日、テレビで兜太先生の近況や過去の紹介番組を見たとき、私は母の17のときの子どもだ、とおっしゃった。
すごいなあ
それ以降ずーっとなくなるまで、母としての生涯だったのですよね。
私の母は今日84になりました。私は母の24のときの子どもです。

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» コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ [大友の日記]
面白いです。。 謙虚な姿勢を歌った詩なのに。現代版にあてるとこんなになるんですね [続きを読む]

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