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2007年7月31日 (火)

まこと忌

きょうは、連句仲間だった貞永まことが亡くなって五年目の忌日です。

きのう、大分の奥様からお便りをいただきました。ようやく遺句集をまとめる手はずがついたという内容で、連句関係のことを尋ねるものでした。

すこしおどろき、そして、ああそういうことだったんだとおもいました。

 返信は「応」とあるのみ不如帰  恭子

九段での連句会でできたホトトギス句です。発句を選句するとき、前田圭衛子先生がこの句を、こんなふうに読み解いてくださいました。

「ほととぎすはご存知のように、古来冥界の鳥といわれます。あの世とこの世を行き来する鳥だと。そうであれば、これは、あの世にいるひとに作者がなにかを問い掛け、あの世から、いいよという返事をもらった・・というふうに読めますね」

ふしぎなことに、そう口にだしていわれると、確かにそういう意味で作ったと思えてくるのでした。なんとなく浮かんだ句です。でも、貞永まことさんのことを夏になると痛いように思う自分がいます。連句を毎日のようにいっしょに巻いていたのは、はたして何年間だったのでしょう。ものすごく濃い意識のシンクロがあったんだなあと思う。前田圭衛子師と貞永まこと、そして、亜の会の仲間たちのあいだには・・・。家族のような兄貴のようなおやじのような、そんな貞永さんでした。竹内まりやの歌に「みんなひとり」って歌があります。その歌詞のなかに、「恋人とも違う大切なともだち」ってあるのですけど、まさしくそんな人でした。とてもとてもなつかしくてかなしい。ことばにならないぶぶんでいっぱいおもってる。そして前田師がすごいのは、こんなきもちもあんなおもいも貞永まことの死さえも全て、まるまると見とおしておられたことです。時間を超越した地点に前田圭衛子というひとは立っている。そうおもいます。

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コメント

メンテナンス中ということで、昨夜は書き込めませんでした。
もう5年!
だからまことさんが夢に出てこなくなったのかな?
若いときの喧嘩の傷が顔に残っていたけれど、いい男でしたね。ふと街で重そうなバック担いで、本当に良く本を買って持って廻って、カメラも入った大きなバックでしたが、右肩下がりの男の人に面影を移しています。
吉賀三徳さんからまことさんの連句について℡があったので、恭子さんが詳しいからそちらに問い合わせてと言ってました。句集をまとめていると話されたので、やっとと嬉しく思いました。

五年もかかったおくさまのおきもち、わかります。
でも私は、すててしまっていることにきづきました。いちど、全部連句をほうりだしたときがあって、それから四年、いちどもかえりみてない。しかし、しらないかおはできない。さいしょにさそったのはじぶんだった。ふしぎだ。別府に母の代理で保険の旅行をさせてもらったとき(苺農民時代)禁猟区で知った貞永さんに小一時間ほどあってお話した。そのときが最初です。そのときれぎおんをわたして、連句をしてみませんか。と言ったのが最初。貞永さんはきちんと連句を受け止めてくださった。そのあとは、ごぞんじのとおりです。

ただいま。
台風がすごいです。帰宅途中はそうでもなかったのですが、いまや猛烈です。夫は帰ってこれるかな。
貞永まことの連句年譜を作ろうとおもいますが、記録があまりないんです。れぎおん掲載分作品のほかにもかなりあったのに、ワープロ時代のことですから、フロッピーをさっさと廃棄しています。しかし、これでいいのでしょう。残るべき作品は自分で声をあげる。

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