無料ブログはココログ

« 山笠に、こんな台風の夜に | トップページ | 祖母の命日に »

2007年7月15日 (日)

張形としての俳句  2

 ー現代俳句と女たちー

     張形としての俳句  その2

                  姫野 恭子

 大花火何といつてもこの世佳し 桂 信子
                    (俳書カレンダー八月)

昨年末九十歳で亡くなられた偉大な俳人が最後に辿り着いたのは、大肯定の述懐句だった。大正三年大阪に生れ、結婚後二年で夫と死別。それからは自分で生計をたて、一人で生きてこられた。山本健吉の書いた簡潔な紹介文によると、昭和十三年に日野草城に師事して俳句の道に入る、とある。健吉の妻の石橋秀野の唯一の句文集『櫻濃く』 の作品も、同年に始まるので、その点でも注目した。

 ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ  信子
 クリスマス妻のかなしみいつしか持ち
 山を視る山に陽あたり夫あらず
 ともしびのひとつは我が家雁わたる
 誰がために生くる月日ぞ鉦叩(かねたたき)
 ゆるやかに着て人と逢ふ螢の夜 
 ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
 中天に雁生きものの聲を出す
 子がなくて白きもの干す鵙の下
 臥(ね)るときのてのひら白く春逝けり

初期のころの作品であるが、静かな諦念が基底にあって、一句一句がそれぞれのドラマ性によって立っている。物悲しい放心の裡にも、俳句のかんどころをきっちりと掴み、心を捉えて離さない大衆性がある。殊に、有名な螢の夜の句とか、乳房ある憂さの句は、当時にあって最先端のエロス性にみち、俳壇ばかりではなく世間の注目をあつめたことだろう。しかし、ここで採り上げたいのは次の二句である。

 中天に雁生きものの聲を出す
 臥るときのてのひら白く春逝けり

この二句に、おんなとしての「身体性」を早々と断念せねばならなかったひとの悲鳴をまぼろしのように聞くのである。

      ◇

柳田國男や折口信夫の用いる民俗学用語の「美弓具良(みてぐら)」。それを子宮と捉え、古代人の「もどき」の文化の中で「扇」を論じた吉野裕子ー。吉野裕子に二十数年前に出会って以来、それまで欠けていた、陰暦に生きていた時代の人々の、言葉には出さぬ無意識界という下着が、少しずつ身に備わってくるのを感ずる。
美弓具良にしろ張形にしろ、弓が使われていることに注目したい。みてぐらは子宮のメタファーである。古代の人々の連想の中に、矢的(やまと)としての性交があり、生命を司る北斗の弧があったのではないだろうか。

      ◇

去年読んだ本で、思わず泣いてしまった本がある。三砂ちづる著『オニババ化する女たち』(光文社新書)である。そのなかにブラジルでの「授かった命は愛するという発想」 がある。望まない妊娠をした十代の娘を、一族郎党で励まし、一族中で新しい生命を待ち受ける社会の包容力が、ブラジルにはあるというのだ。偏見かもしれないが、身もこころも冷えびえとした日本の金持ちの結婚せぬ女たちに、ぜひこの本を読んで欲しいと思う。
とまれ、桂信子こそは、張形としての俳句の功徳で大往生を遂げられた。

 もの言はぬまま温みくる良夜かな   信子
 蝉の穴冥(よみ)へつづくはどの穴か  〃

 『九州俳句』140号より引用
        平成17年11月15日発行

« 山笠に、こんな台風の夜に | トップページ | 祖母の命日に »

コメント

俳句界のことにすっかり疎くなっているので、桂信子さんが亡くなったことも知らなかった…。多分新聞で見てはいたのだろうけれど、記憶に留まっていなかったようです。昨今、ご高齢の俳人がよく亡くなるような気もします。ところで、新書は面白い本も多いけど、買ってからしまった、と思う本も多いです。こんなの立ち読みでよかった、と思って。日垣隆の「方向音痴の研究」(WAC)はとても面白いし、ためになる本です。

日垣隆、いいですね。買ってまでは読んでないけど、最近よく新聞コラムなんかに出てますね。
俳人が死ぬのは年よりだからしかたない。
年の功徳ってどんなんやろ。いまの自分の年でしかはかれないのだけど、高浜虚子や正岡子規やの年の若さを思うと、俳句ってもっとずっと若い人のするもんだったんじゃないだろか。ってかんがえてしまう。色気がない文学は文学じゃない。と最近はよく思うのであります。じゃろ。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 張形としての俳句  2:

« 山笠に、こんな台風の夜に | トップページ | 祖母の命日に »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29