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2007年7月27日 (金)

大岡信さん

折々の歌、もうなくなってしまったんだそうです。

毎朝、折々の歌で出合うことばたちを、その運のめぐりをとてもだいじなものとしていたころがありました。三十代から四十代にかけての忙しく孤独な主婦時代です。信さんの送り出されるうたやことばたちは、まっすぐにこころにひびいてきて、いろんなことを教えてくれました。

朝日新聞を今、勤め先でたまに読むことができます。さきごろ、大岡信と谷川俊太郎と小島ゆかり三者の折々の歌にちなむ対談(7月17日付朝刊)を収録した紙面をぐうぜん見つけ、新聞の所有者にたのんで、もらってきました。家でゆっくりよみました。

大岡信さんは29年間も毎日毎日『折々の歌』を綴ってこられたんですね。いまは解放されたという想いが強いとおっしゃってました。ご本人じゃないとわからない重みのある述懐であります。

私は信さんの誤読のおかげで俳句の面白みを知り、この世界へ入ってきたものです。ひねくれものにとって、それはすばらしく魅力的でした。

また書いてほしいとおもいます。折々の歌。あのみじかさが。

 

 鮟鱇の骨まで凍ててぶち切らる  加藤楸邨

 木に花咲き君わが妻とならむ日の
  四月なかなか遠くもあるかな   前田夕暮

(大岡信選の六編のうたのうちのさいごの二つ。)

ブログ内連関記事:http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_e5d5.html#comments

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