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2007年6月24日 (日)

スサノヲ

    藤白

              鈴木 漠

伊呂波四十七文字の美しい整列
七字目ごとに区切れば露わになる理外の理
謎の言葉「咎なくて死す」とは苛烈
アナグラムに込められた悲傷と祈り

罪科はないまま死を賜う意図
皇子もまた紺碧の海を臨む坂の途中で
断たれざるを得なかった縁の糸
扼するために伸びてくる理不尽な腕

藤白み坂 ー 誰にもあり得る運命の坂
隘路を登り詰めれば またはその前(さき)
下り終えれば異なる風景が見えたか偶(たま)さか

啓示のように中有から垂れる花房の先
臨終の皇子のすずやかな眸にも聊(いささ)か
映っていたであろうあの藤紫

※ソネット交差韻を踏む詩です。
引用元:「連句誌・おたくさ」2007年6月10日発行

有間皇子(ありまのみこ)

孝徳天皇の皇子。斉明四年(658)11月11日、蘇我赤兄に諮られて、謀反の罪を問われ、紀伊の温泉からの還りに、海部郡藤代の坂で絞首された。(640~658)

 自ら傷んで松が枝を結ぶ歌

磐代の浜松が枝を引き結び
ま幸くあらばまた還り見む

家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草まくら
旅にしあれば椎の葉に盛る
    有間皇子「万葉集」巻二141・142

藤白や道の神への手向け草  恭子

連句的につけて

荒壁に苆として縄と青蛇と    恭子

先日、十日ほどかかって家の壁を左官が塗りなおした。その一部始終をみて、日本の壁のすごさを知る。
塗りなおしをするためには、いちど、荒壁まで戻す。はげかかった壁をすべて落とし、また下塗りから始める。きれいに均すためにである。その上から二度塗りをするんだが、荒壁というものを垣間見て、竹垣に巻かれた縄を見る。それを見たとき、たちまちまなうらに浮かんだのは、大分の杵築で見た古い武家屋敷の崩れかけた土塀である。あちこち縄が見えていた。そしてその上を青蛇がゆったりとよぎっていったことまでが浮かんできたのである。そこまで完璧なイメージをじっさいに私が見たのか、想像で補ったのかはもはや混沌としている。しかし、ほんとうかどうか、そんなことは些事でしかない。

八女郡黒木町にスサノウ(すさのうとは、どういう意味のことだまであるか。まるで、苆の王のような響きが込められてはいないか。すさとは壁に塗りこめる芯となるものであり、壁とは、血に垂直に立つものである。地に垂直に立つものである。歴史という時のひろごりのつっかえ棒となるものである。)神社があり、そこの大藤は南北朝時代からの歴史をもつ。京都のようなみやこの優美さとはまったく無縁の地で咲く藤紫。その下に佇つと、なぜか万葉集の歌が思われ、非業の死を遂げたものたちのかなしい聲を聞く想いがするのである。

http://www.ajkj.jp/ajkj/fukuoka/kurogi/kanko/oofuji/oofuji.html 
(黒木の大藤)

追記)素盞鳴【すさのう】神社は、もと素鵞社(そがのやしろ)という名で、蘇我氏を祀っていたのだそうです。もっともこれは出雲大社の裏の社のことですが。

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