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2007年6月13日 (水)

日本自費出版文化賞

高橋甲四郎先生の著書「父の遺稿」(海鳥社刊)が、第十回日本自費出版文化賞の「個人誌部門賞」を受賞しました。7月21日、京都の弥生会館で授賞式があるのに出席なさるそうです。

すごいのは、受賞であると同時に、先生の積極的な生き方です。この耳慣れない賞も、先生が一人で探してこられて、応募なさったものです。すごいなあとおもいました。めちゃくちゃかっこいいです。

先生、おめでとうございます!

京都にお住いのかたは、どうぞのぞかれてください。

7月21日土曜、午前11時受付、弥生会館

14時から記念公演:色川大吉選考委員長
コメント:鎌田 慧選考委員
対談:色川大吉&中山千夏日本自費出版ネットワーク代表理事

まず、応募しなければ受賞もないんだなあと教えられました。

んで、さっそく、私も竹内まりやのCDアルバム「DENIM」についてた、ちいさな懸賞におうぼしました。
あたるといいなあ。(先生の士気と比べて、なんとちいさなわがしき。

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コメント

いやいや先ず一歩!
偉いよ恭子さん。
真似して来年九州俳句賞応募してみよう。誘ってね。すぐ忘れるから!

 姫野さん、賞賛のお言葉ありがたくお受けいたします。
 「父の遺稿」を、6年前に出版したときは、「自費出版文化賞」なんて聞いたこともありませんでした。
 昨年、そんな賞があることを知り、試しに応募したら入賞したので、自分でも驚いているのです。

 

先生へ、
六年も前になるのですね。
出しっぱなしではなく、いろんなところで再評価されて、また、その本が必要な人たちのところへとつながっていくのでしょう。先生のように恬淡としたひとのところへ、賞はいくのでしょう。笑

鍬塚さん。今日、帰宅すると着いてました。「天籟」。戸畑高校の同窓会誌でしたね。私が読んでも何の感慨もわかんので、夫によませねば。こいつがまたかわりものでしてねえ。そげなんはどうでもいいとかいうっちゃ。とにかくさりげなくおいておこう。
ありがとうごじゃりました。けんかばかりしとります。

九俳賞応募は毎年出そうと心をあらたにしました。零点でもいい。だれにもこびてないってことやもん。

鍬塚さんという方は、どういう方か知りませんが、「天籟」という名前を見て、懐かしくなってコメントいたします。当時は戸畑市内に「天籟中学校」というのもありました。
 私は最初「戸畑一中」の教員を二年間勤めた後、昭和26年に一年間、戸畑高校の定時制の教員をしました。そのときの教頭は、矢野先生といっていました。数学の日野先生、東洋史の帆足先生などもいらっしゃいました。
 そのときは私はまだ独身でしたが、夜間勤務でしたので、一年間で胸を患い郷里の八女に帰りました。遠い遠い幻のような思い出です。

そうでございましたか。戸畑高校に若き日の高橋先生が夜勤で勤めておられたとは・・・。
時代が重ならなくても、影をふむようなものですね。
最初に入った俳句誌の天籟通信の師は穴井太先生といいました。記憶では、太先生は阿蘇の出身で、戸畑工業高校の夜間の先生をなさって、戦争未亡人の11歳年上の奥様がいらっしゃいました。こういう句があります。
 番長も俺も毛深きゆきのした  太
とてもなつかしいです。
 

大ヒットアルバム『Queen of Hip-Pop』から約2年という期間を経て、遂に待望のNewアルバム完成!安室奈美恵のニュー・スタイルを感じ取れるアルバムとなること間違いなし

高橋甲子郎先生
恭子さんの日記でしか存じ上げない遠い方と思っておりましたら、戸畑でつながって不思議です。
戸畑高校はわたしもほんの一日先生だった思い出があります。もう40年前です。
今回の同窓会報「天籟」でも定時10回生の方が思い出の文を寄せられていました。35回で定時制はなくなりました。

甲四郎先生、たびたびの受賞おめでとうございます。
本日お手紙と写真いただきました。

あの人は、若いね・・・と良く言います。
本当の若さと言うのは、甲四郎先生のような方のことだと思います。
「心が青春」という言葉がぴったりです。
授賞式出席のため、東京、京都と旅をする・・・・
なんて素敵なことでしょう。

体に気をつけて京都旅行楽しんでください。
チョン子ちゃんも気になるところですが。

こんばんは
蚊に刺されて目が覚めました。
鍬塚さんいただいたものは先生にとどけまして、縁のご説明をしてきますね。
さくらさま、おっしゃるとおりです。
私は最近くじけそうになると、先生の生き方をおもいだし、がんばろうと思い直しています。胸があたたかくなります。

 こうして、一つのテーブルで皆さんと会話が出来るブログというのもいいものですね。
 ところで、satoko さん、私の名前は「甲子郎」でなく「甲四郎」です。よく間違えられます。
 その由来は、下記の4年前に作成した私のホームページの、自己紹介(名前の由来)をご覧下さい。
  http://www.geocities.jp/kousiro25/
 このホームページは、最初ワードで作成したものを、無理にビルダに入れたので、更新が面倒になり、そのまま放置している古いH.P.です。

 また、さくらさん、私がブログを持たないので、恭子さんのブログをお借りして、イギリスの詩人サムウェル・ウルマンの詩を下に紹介しておきましょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
 青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気
やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 以上ですが、この中で、私の好きな言葉は
「年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときに、はじめて老いる」
という言葉です。

 でも、皆さんはみんなお若いから、こんな詩は
あんまり興味はないでしょうが・・・・

甲四郎先生
お名前間違えて申し訳ありません。
壬申の乱とか辛亥革命とか、その謂われも知らず覚えていた高校時代でした。
サムェル・ウルマンの詩、ありがとうございます。
この頃ちょっと年かなとか思うことがあって、いやいや、自分でそう思いこんではいけないと思うものの流されていました。
>人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。

この言葉が好きです。
心の青春を持ちます。
ありがとうございます。

甲四郎先生へ

長い詩を打ち込んでくださって、ありがとうございました。まったく共感のあらしです。笑
一箇所、読めない字がありました。調べました。駅逓。えきてい。
こころにずんときます。また、全然書き方はちがうのですが、リルケの「進歩」という詩を、唐突に連想しました。
ことに、ラストの一連が私の胸につきささります。

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