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2007年5月14日 (月)

石雀さんのお便り

拝呈

美しき五月となり暑くなりました 新茶ありがとうございました
お心に懸けて頂き恐縮   私は去る二月二十九日左目白内障・黄斑変性手術で六日間入院  厄介目だそうで ほかの老人たちより手術時間長かった  視力安定するのにまだ二ヶ月足らずかかるということですが 岩波文庫の古典ものの下段の注もよく見えるようになりました この頃はあまり酒も飲みたくなくなり ついでに俳句も作りたくなくなり 「鷹」の例会も二・三・四・五と休みました 連句界はにぎやかなようですネ  昭和四十年代の文学至上主義的な連句は見当たらないようですが  とに角老年というのは 体の毀れていく過程(飯島晴子のことば)で 眼科内科泌尿器科とめぐり とりとめなくくらしています 入院中飯田龍太氏の死を知り 円楽の引退を知り さびしくなりました 「れぎおん」のおばさまはよくやっていますネ   

私は毎朝(それでも)芭蕉捌きの歌仙を二巻ばかり読んでそれからサスペンス小説など読み(やすでの)春画をながめ それで日をくらしています 
 ではお元気で 御礼まで

  歩行器に雀のとまる春の昼    石雀 拝

             姫野恭子様

千葉花見川の俳句連句誌『摩天楼』主宰・星野石雀先生のお手紙ですが、勝手に引用しました。石雀さんは怒ったりなさらないだろうと思います。ペーソスに満ち満ちている。おなつかしや。なんでかな。胸がじわっとあったかくなる。子供時代は小児麻痺で長じてからは結核でと病いと同居されてきた俳人の文章には本質的な俳諧臭があって、わたしはそれに惹かれる。高橋甲四郎先生より一つ上くらい82くらいじゃないかと思います。七年近く摩天楼誌に「影ふみあそび」という題で文章を書かせていただいたのですが、今は休刊中です。お元気になられましたら、またあの独特で鋭い批評(ちからを抜いていながらもしゃっきりとするどい)が読みたいです。

 鶏頭に風吹く母のみそかごと  星野石雀

 外套や某日転び某日泣き     〃

 樟一樹夏はさびしき妣の家    〃

 氷菓一箋そこへ涙のほろと落ち  〃

 読みさしのモームの「雨」や籠枕  〃

 足なえの前に脚組む薔薇少女   〃

 昼深く遠きドア鳴る夏館       〃

   (第二句集「乾草物語」より引用)

 

2007年5月13日 (日)

麦の浪

麦の浪
麦の浪
麦の浪

2007年5月11日 (金)

宇佐神宮

宇佐神宮
宇佐神宮
宇佐神宮

連休後半に夫の実家がある北九州へ行った。前と違ってあまりついてきたがらないチュウボウの次男もつれて。宇佐八幡へは夫と戸畑のおかあさんとの三人で詣でる。北九州から宇佐への道は普通に出ればラッシュにあうので、朝早くでて、みなさんが到着しそうなころ帰った。上の写真は文字通り巫女さんの出社です。新緑の翠のしたたりの中を白と朱色がかった赤の制服が駆け抜けていくのは、爽やかで美しかった。

二枚目の説明にあるように、朱塗りの四角い枠の中に見える山がもとのおまつりしていたおやまとのこと。帰ろうとしてふっとこの切り抜き窓に気づき、急いで二枚撮りました。配置は、宇佐神宮本殿真正面をちょっと左にずらしたあたりだったように記憶します。

宇佐は夫の先祖の地であり、戸畑の母が戦時中疎開していた地でもあるため、夫は毎年詣でています。宗像の年毛神社(としもじんじゃ)とここへは年に一回は必ず詣でるようです。

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