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2007年4月 5日 (木)

父と子とー高橋甲四郎、その3

(きのうのつづきです。)

 それから20年という歳月が経過する。その間に私は妻を持ち、自分の家を建て、親戚の家(主に叔母の家だが)に長らく預けていた父の荷物を1ヶ所に集めて整理を始めた。すると柳行李の中に雑然と、そしてぎっしりと詰まっている父の筆跡と思しき夥しい原稿や写真、朝鮮地図などを発見した。手に取って見ると、農具の図や、土地を耕作している人や牛の図が至る所に書き込んであった。当時の私にとっては何が何やら皆目分らなかった。多分父が朝鮮から引き揚げるときに、大事にして持って来たものであろうことだけは推察できた。
 私は途方に暮れた。
 父の死後、20年という歳月が経過している今、父の知人友人の多くはすでに故人となられ、そうではなくても、どなたが何処にどのようにして居られるのか、住所録が残っている訳でもなく、全然分らなかった。

 ところがさらに父の荷物を丹念に整理しているうちに、1通の手紙が出て来た。それは終戦になる以前に、いち早く朝鮮を引き揚げて御郷里の東京に落ち着かれ、当時農林省に在勤されていた森秀男さん(朝鮮では副場長として私たちの官舎の近くに住んでおられ、お会いする度に「森さん」と呼んでいたが、後に落合家の養子となられ、「落合」に姓を改められたので、今後は「落合さん」の敬称で呼ばせていただくこととする。)から父に宛てた手紙であった。住所は東京都となっている。父が朝鮮に残留している間に落合さんから父に宛てた手紙のようである。

 そうだ、落合さんに相談しよう。
 こう決めた私は、今回柳行李から出てきた膨大な父の研究物とおもわれる遺稿の目次を、私なりに作成し、いままでの経緯を書いて落合さん宛に郵送した。
 落合さんからは直ちに次のような御返事をいただいた。

 「思いがけぬ貴翰うれしく拝見しました。・・・・
  さて、この度発見されました御尊父の原稿大変貴重なものと存じます。実は私のところにも一部お預かりしております。各道の農業実態調査が大部分です。これは、はじめ片山隆三氏(もと朝鮮農会勤務、現在和歌山県御坊市在住)が預かっていられたものが、九州農試へ回ってきたもの、その後当時の佐藤場長が私にまとめるようにとのことで私の手許に来たものです。・・・貴殿からの資料目次拝見いたしましたが貴重なもののようです。私のお預かりしているものと一緒にすると、より完璧になるかと存じます。・・・
 私のお預かりしている資料は下記の通りです。

1 実態調査の結果より見たる慶南の畜牛問題・・・18枚
2 済州島紀行・・・420枚
3 平南実態調査資料・・・107枚
4 実態調査備忘録・・・82枚
5 雑録・・・
6 咸南実態調査・・・275枚
7 江原道の農具・・・19枚
8 慶南の農具(予備調査)・・・105枚
9 城山農場・・・82枚
10 忠北、忠南、慶北、慶南の視察・・・115枚
11 新昌里の実態調査・・・12枚
12 平安北道実態調査・・・161枚
13 慶南統営部、慶北慶山郡・・・109枚
14 人参の調査・・・17枚
15 京畿道実態調査・・・15枚
16 北鮮紀行(小生執筆)・・・47枚
17 京畿道実態調査・・・44枚
18 畑作物栽培実態調査(平安南道)・・・131枚
19 慶北実態調査・・・111枚

  昭和41年7月19日 

                 森 秀男 」

私は、このお便りを拝見するや、私の手許にあったすべての父の研究資料、写真、朝鮮地図などを、ただちに落合さん宛に送ったのである。(落合さんが保管されていたのは、このようにほとんど実態調査ばかりで、原稿用紙にして総計1870枚もあったのである。つまり全実態調査4300枚の半数近くの資料が、朝鮮に在住していた父の手を離れたあと、まわりまわされて、東京の落合さん宅に10数年間も保管されていたことになる。)

         その4に続く。

『高橋昇 朝鮮半島の農法と農民』の「あとがき」より。
   
飯沼二郎・高橋甲四郎・宮嶋博史編集
               1998
2月、未來社刊

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コメント

上記、ふしぎなのは、森秀男の署名だけ字の濃さが薄いのです。どうしてなのでしょう。どなたか科学的に説明してくださいませんか。意図的なものではない。全て選択、をかけて字の大きさ、色決定したんですが、こうなる。きづいたあと、ここだけ又色を合わせようとしたけど、いうことをきいてくれない。

私のパソコンでは、「森秀雄」だけ濃い文字には見えませんけど。

あ、間違えました。
薄いんでしたね。
そういえばこのコメントは全体が薄いんですけど、
コメントとトラックバックの色と同じじゃありませんか?

さくらさん。こんばんは。
どう見えるのでしょうか。
少々気味がわるいです制御不能というのは。


私の目には、森秀男の字のみコメントやトラックバックとおなじ薄墨色、ほかは黒です。なぜなんだろう。ときにこういうことが今までもありました。そういう時は、そうなる必然性みたいなものがあるんだろう。

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