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2007年4月23日 (月)

松延寛之の小説 1

土曜日の午後、高橋甲四郎先生宅へお借りしていた御本を返しに出かけた。

先生のお宅は、清流矢部川が流れるかたえにある。家の背後にかの大河がとうとうとした水量を誇って流れ、家の前にも小さな川(花宗川か)がながれ、まさに水明かりのなかの邸宅である。

 五月雨や大河を前に家二軒  蕪村

ここを訪ねるたびに、なぜかこの句が胸によみがえるのもむべなるかな。
しかし、先生がおっしゃるには、過去に一度も洪水には出遭っていないとのこと。大河のそばには大きな堰があり、水のながれを管理できるようになっているからである。

ひさびさにお会いした先生は、以前よりもお元気そうであった。私のためにいろいろと資料をとりそろえて待っていてくださった。それが単純にうれしかった。

また今回も御本をいただいて帰る。日本随筆家協会賞受賞「秋の気配」所収『バルビゾンの道』(日本随筆家協会刊)。表紙絵・田代喜玖生(中学校時代の美術の先生でした)、装丁・榊原眉山のハードカバーの立派なご本である。さっそく今日は朝からそれを読んでいる。

甲四郎先生は国文系の先生ではない。理数系のあたまの持主である。なのに、いや、だから、無意味な技巧を弄することのないまっすぐな文章で淡々と日常のなかにある気高いもの、美しいものを掬い取られている。よんでいると、とても気持がいいのである。科学者であり俳人であった寺田寅彦の文章を思わせる味わいが随所にあるのは、やはり先生の本質は数学者だからなんだろうと思ったことである。この本については後ほどまた記したい。

さて、昨日読者のかたから、以前取り上げた松延貫嵐(八女市の重要文化財である、燈篭人形のもとを築いた江戸期の浄瑠璃作者、かつ俳人)のことでコメントをいただいた。ちょうど甲四郎先生はきのう、福島高校新聞部時代の五木寛之の処女小説をコピーして下さった。こういう偶然は用意されているのだと思う私は、それをまた愚直にもまるごと引用しようとおもう。古い活字だし、小さいし、とても読み辛いものだった。引用に際し、明らかに誤植と分る点のみの訂正にとどめる。おそらく昭和24年か25年ころの、松延寛之15歳のころの文章とのこと。(二回分のみ)ただし、ひとつの懸念は、現在の五木寛之は売れっ子作家であり、ということはプロ中のプロ(笑)、著作権がどうのとかいわれた日には、はっきり言って逃げるしかない。お金ないし、書いてることが威勢がいい割には小心者だし、めだつのこわいし。そのときは、同郷のよしみでおめこぼしを・・と言ってそそくさと逃げよう。

 小説 「學生」   
                            
作・ 松延寛之

             絵・ 西隈 敏治

山の見える教室

紫がかつた山々のうねりが窓の外にかかつていた。筑紫山脈である。やや左手に一きわ高し、銀白の雲を背にそびえているのが飛鷹であろう。手をかざせば溶け込みそうな空の青さであつた。
窓ぎわの青桐の若葉が微風にゆれると教室の中には深海のようなさわやかな光が溢れた。
次の時間は漢文の考査というのに絵美は、一人でぼんやりと窓から山を眺めていた。くつきりと白い首すじに、眞紅の絹糸がたつた一本鮮かにゆれている。これが、彼女のささやかな、そして唯一つのお洒落であつた。
絵美がかつてフランス革命物語を読んでいた時、その中に『当時の血なまぐさいパリの町を歩ゆむ乙女達はいい合わせたように首すじに一本の紅糸を結んでいた。ギロチンの下にも彼女達はウイツトとモードを忘れなかつたのである。』という一節があつて、それ以来絵美は、その如何にもパリジェンヌらしいデリカな感覚がすつかり氣に入つてしまつたのであつた。

そして、それは絵美のギリシヤ彫刻を思わせるような、ほりの深い横顔と不思議に美しい調和を見せていた。

『ふるさとの、山に向いていうことなし・・・』と彼女は口ずさんでいた。

やがて鐘が鳴つて教師が用紙を持つて入つてきた。目と頭だけ大きくてひよろりとやせている。轉校して間もない絵美は彼が津田雄峰なる校内の名物男であることだけしか知らなかつた。
用紙を配りながら雄峰先生はいつた。

「要領のええ答案は書かんでええ。まずくとも正面からぶつかれ。では始め」。

問題はかなり難しかつた。考へあぐねた彼女がふと顔を上げた時、彼女はおや、と瞳をこらした。風にでもあおられたのであろう。模範答案らしい用紙が教卓からだらりと垂れ下つてゆれているのである。

絵美は思わず目をこらしたが、窓ぎわの彼女にはとうてい見えそうにもなかつた。絵美は少し失望しながらも、また、思わず目をこらした自分を意識して何となくほほのほてるのを感じた。

手のつけようもない最後の問題だけを残して鉛筆をおきながら絵美は、90点位は取れる、と心の中で考えていた。まだ大分時間がある。

窓を開けると、いつのまにか青かつた空一杯に雲がかかつて灰色の雲が低くちぎつて投げられたように飛んでいる。

『夕立かもしれない』と彼女は思った。

ふと横を向いた彼女は、おやと軽い驚きに打たれながらつぶやいた。答案を書くのに夢中だつたので氣づかなかつたのであろう。すぐ横についぞ見かけぬ男生徒が座つているのである。答案を机の上に伏せだまつて目をつむつて腕を組んでいる青年、その濃いいまゆ毛の間に青年らしい清らかなほこりと、情熱と童心とを絵美は一瞬の内に見て取りながら素早く瞳を返した。

こんな人がこの学校に、と思いながら彼女は青年に不思議な親しみを覚えて自分も目をつむつて腕を組んでみた。

異様な静けさにふとわれに返った絵美は、頭をあげてあつと思わず息を飲んだ。いつのまにやら教壇の上に立ち上つて教室中をにらみ廻しているのは雄峰先生であつた。少し薄暗くなつた教室に時々きらりと「いなづま」が流れて生徒達の顔を青白く浮かび上がらせた。

「馬鹿野郎なぜ不正行為をする」

鋭い声が天井にはね返った。
ごうと音がして白い雨あしが、窓の外にしぶき始めた。青桐の葉が激しく踊つていた。

「福島高校学校新聞」より引用しました。正確な年月日不詳。

挿絵もコピーしたいのですが、私の技術ではできません。肩まである髪の女学生が窓から山並みをみつめている絵です。二年前、島根新報の記者に送っていただいた石橋秀野、山本健吉が戦後すぐの時代に寄稿していた「みづうみ」という島根高校の俳句文芸誌の表紙絵を思わせる叙情性があります。活字が現代表記と旧表記との過渡期で、おもしろいです。それと、同郷人としてほほえましかったのが、濃いということばを、「濃いい」と表記していたこと。つい先日こんな句ができ、これはひょっとしたら方言かもと気になったばかりでした。(濃いは標準語だが、濃ゆいは方言だとある東京人に言われた記憶があるからですが。ほんとうでしょうか。)

影濃ゆくなれば身の透く青葉騒  恭子

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コメント

確かに、「濃いい」は方言です。北九州はよく使いますね。この辺は「濃ゆい」って言いますが、これも方言でしょ、やはり。

ところで、高校生のころ、忍び込んだ新聞部部室で、昔の学校新聞を読んだことがある。五木寛之さんも新聞部に属しておられたのか、松延寛之って名前で、小説連載してあったよね。題名は失念したけど。浮雲?みたいな題名だったような・・。

追伸
この小説「学生」が、それ?
なんか記憶と違うような。私の記憶もあいまいなんですが。

先生はここを読んでいらっしゃると思うので、ここへ書かせていただきます。

今「バルビゾンの道」を読んでいる人がもうひとり居ます。
私のブログにmiyaさんという人が、こんなコメントをくれています。

ところで話しは違いますが以前UPされた高橋甲四郎先生の「バルビゾンの道」地元の図書館のリクエスト制度を利用してようやく先日入手することが出来ました。現在読書中です。大変分かりやすく読みやすい文章です。しかし高橋先生余り記憶にないのです。読み進むうちに思い出すかも知れません。

彼は、中学時代の同級生です。
http://susono.jugem.jp/

たっだいま!
せいこはん。いそがしいのに立ち止まってくれてかたじけない。ねえ。五木寛之って私たちが高校一年のとき、すでに売れっ子だった。どうよ。記憶がまったくない。これもよんだことない。でも、打ち込んでみて、すばらしいと感動した。自然描写が並じゃない。もうすでに十代で自分の文章を持っている。かきだしから、物語を語るヒトの世界にはいっている。浪漫的だし、たくさん本を読んできた少年だったろうとすぐわかるね。これ、やってよかった。

さくらさん。高橋先生っておもしろいですねえ。

高橋先生はあれで(どれで)、高校時代数学の時間は教室が爆笑の渦だったですよ。

「学生」今、もう一度読みました。

今みたいに男女は同等じゃない時代、お互いをまぶしく思っていた時代の教室の空気が思い出されます。
男女の席が交互と言う環境でも、卒業するまで一言も口を利かなかったような間柄で、妙に制服の袖口からのぞく時計とか、首回りの白線とかちらりと見てた。

くつきりと白い首すじに、眞紅の絹糸がたつた一本鮮かにゆれている

ってどういうおしゃれなんでしょう。
セーラー服の赤いネクタイかなと思ったけどそうでもなさそうですね。
素晴らしいもの読ませていただきました。

さくらさん。私も同感です。これを読んで、あざやかに最初のクラスを思い出しました。そして、異性にこころひかれていくときの、その最初のまなざし、きっちりとじぶんのこころのうごきを観察している少女が見事に描かれていて、どうして女心がわずか15,6でわかるのか、ふしぎに思いました。のっぺりとした集団のなかから一人だけに注目するときの目の動き、こころのたかぶり、その圧倒的な感情の質と量。きれいな若葉の深海の蒼い翠の照り返し。すごい。

でも、窓の外の青桐の木を見る余裕はとてもとてもなかった。

少年の身でそこまで見てるところが凡人ではないですね。

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