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2007年4月 2日 (月)

ただ一字のこと

  ただ一字のこと

            姫野恭子

 九州俳句賞の応募作品集を読んだ。以前、本誌で目にした野田田美子氏の句が、ただ一字の助詞の差し替えで、印象がかなり違ってくることに驚き、なぜだろうかと考えてみた。

 A 薄ら陽の花三椏よ母に癌(元句)

  b 薄ら陽の花三椏よ母の癌(応募句)

 AとBとは、ただ一字しか違わない。しかし、読み下した時に受ける緊迫感がまるきり違っている。Aの句では、あたかも自分の意識を花三椏にずらす事で、母の病を意識の外に置こうとする健気な意志が感じられるし、それ故、読み手も不安定な揺れを共有する。

 が、Bでは、母の病に対し気持の整理がついているかの様な安定感を持ってしまう。そこには、読者の不安の介入など要らないほどの、安定した心配がある。すると不思議なことに、句としての魅力が薄らぐ。

 Aの魅力は、ぐらぐらに揺れる作者の思いを花三椏が一身に支えて存在する、その実在感緊迫感にこそあったと、Bと対比してみてわかった。

 A 啄木忌いくたび職を替へても貧  安住 敦

 B 啄木忌いくたび職を替へてもや  推敲句

 この句は、久保田万太郎の助言でこうなった、ということを「白桃」主宰・伊藤通明氏の講演会で知った。(九月二十一日八女市堺屋での第一回秀野祭にて)。

 ただ一字の事で、Aの句が語りすぎなのに対し、Bには読み手に参加させる余白があり、余韻がある。脚本家の指摘はさすがだ、と唸らされる。

     『九州俳句』誌108号
           平成9年11月20日発行より引用。

注)このなかの安住敦句であるが、原句を確認しておらず、表記にミスがあるやもしれぬ。どなたかご存知のかたはご一報願います。

注)このあと、野田田美子さんご本人から葉書をいただき、応募作の句は誤植であること、そして、作品中の母は自分であること、をサラリとおしえてくださった。

いろんな意味で、私にはわすれられない句である。

花三椏:http://blog.so-net.ne.jp/ysuzuki/2007-02-07

     http://satokono.littlestar.jp/

  

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コメント

恭子さん
三椏の花はある薬局の玄関脇に咲いていました。後ろがトタン板で風情がなかったのですが、炭焼きさんと再婚した伯母の島根の山奥(伯母が法事で九州へ来たので姉と中学生になる春に送っていきました)小町娘だった伯母は美人だったので略奪されたみたいに金持ちの坊と結婚しましたが病気を移され脊椎カリエスになった人です。この人の長男は一時期母子家庭の久留米の我が家で暮らしたことがあり、彼の自転車で幼稚園に送ってもらったことを思い出しました。短歌もし俳句もし、雲母の誰でしたっけ、あの人からの手紙を何通も見せてくれたことがありますが中学生だった私はは関心を示さず、悪かったなと思い出します。

雲母の飯田蛇笏ですか。重さがある格の高い句を書かれた人でしたね。
昨日の夜、これを引用するため、古い九州俳句誌を出してきてみてたら、貞永さんが作品評をした号があり、それを読んでいたら、昔の子供時代の苦労話をさらりと書いておられて、そういえば、ガスや厠で文章を書いていただいたとき、鍬塚さんも貞永さんもびっしりと苦労を楽しく書いてくださってたっけなあとしみじみなつかしく、ああいう企画はいいもんだなと思いました。過去は生きているっておもうもの。

三椏ってこんな字を書くんでござるか(himeno節が移りました)

桜を見に行った北の丸公園(日本武道館のあるところ)で、珍しいこの木に遭遇して、桜の花より印象に残っています。
特にオレンジ色の三椏が豆絞りの帯揚げにそっくりでした。
http://www.geocities.jp/yamazakura_c/sakura2007/tidori1.html
北の丸公園のところに2枚三椏の写真があります。

リンクがつかなかったので、URLのところに入れました。

さくらさんありがとう。
アップで撮るのと全体を撮るのは印象がちがいますね。三椏は字のなかの亞のインパクトが強烈で、なんか気になる木です。ところでさくらさんのところにコメントつけるとき、トラックバックのつもりで自分のなまえに住所を貼ろうとし、厳しい尋問に遭遇、いつも断念してたんですが、最近は自分のブログからも疑われてる。

文字のひとつにもこれだけこだわり、あれやこれや想像力を働かせる、些細な事にも興味を持って深く読む習性が、himenoさんはじめ俳句仲間の方たちには備わっているのだと感動します。

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