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2007年3月12日 (月)

川さらひ

レイキとは熊手のことよ川浚ふ  恭子

土曜、春恒例の村中総出の川浚えがありました。いつもほぼ、わが家は父が出てくれます。「レーキに引っ掛かるものを引き揚げるったい」とは父の弁。草刈もするようですが。

ん。れーき?れいき。レーキ、レイキ。農具です。雁爪(がんづめ)のこともあり、私は知ってるようで知りませんでした。しらべました。みっつ、あげます。http://www8.ocn.ne.jp/~kuwata/newpage4.html

http://www.ohtsuya.com/blueberries.html

http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071601/sintyaku/17hana1-1.html

ブルーベリーをレーキで収穫するとは知りませんでした。引いてみるものですね。
川さらえ、都さんも出たのかな。たからさんも出てたって父が言ってました。忙しいのに、よくいやな顔もせず、参加なさいます。二人とも、えらいです。私は、親の陰にいて、なんにもしないで、まったくお気楽なものです。(もっとも仕事でしたが。)

ところで、今びっくりするような不思議な出来事がありました。ほんとうにほんとうにぎょっとした。熊手資料を貼り付けようとしたら、その瞬間ぱっとブログが出て、それはなんと冬樹蛉さんの匕首について書かれたページだったんです。

こんなことってあるんでしょうか。また逆鱗にふれてしまったようです。あわわでした。相当ごきげんななめです。もはや金輪際許してはもらえないのでしょう。匕首には熊手じゃ立ち向かえないもの。でも、いちおう、素手でたたかってみます。

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コメント

おはようございます。
レイキという言葉、余り興味は無かった。なんとなくクリックして、あっと思いました。
今これを書きながら、そういえば祖母が「レ-キばもってきて!」と言ってた声が蘇ってきました。
特に木で作られた写真には感動しました。
この手の道具はどこの農家にもありました。
米を筵に乗せて自然乾燥する時、このレイキで平らに均して、まんべんなく太陽に当たるようにするのです。
一日何回かこれを繰り返す作業は、小学生の仕事でした。
大人がやると手際が良くて、綺麗な模様を描けてうらやましかった。
涙がでる程懐かしい!

「川さらえ」は、日曜日の朝の仕事でした。
義父は公務員だったので、日曜日は貴重な休暇なのに、朝早くから参加してた、当たり前のように。
役所に行く前の2時間は、草刈や農作業をして、あわただしく背広に着替えて出勤してた。
10年前に亡くなった義父を思う時、その事が一番胸に残る。
朝の出勤前のあわただしさを、この目で見ていたのに、どうしてネクタイや靴下を出してあげなかったのだろうと。(ちょっと横道)

現代のステンレス製のレーキでの川さらえは便利そう。
京都のお寺の庭で、砂で模様を描いてあるの、こういうの使ってない?
貴重なもの見せてもらって有難う。

himenoさんのブログは、関連の資料を探して集め、知識を貯めていく方法ですね。
どうせ書くなら、そのくらいやればいいと言う探究心旺盛な証拠ですね。

さくらさん。そうでしたか。私は実は「レーキ」と言う言葉を聴いたのは、このときがはじめてでした。笑(いかに浮世離れしとるかわかろ)まったく親の仕事に我関せずでして。でも母がいちごを作ってたときはちゃんと必死で手伝ってましたよ。いやでも。大変な肉体労働でしたねえ。
ところで、籾を打ち返すのは今、親にきいたら、レーキとは呼ばず、「もみあせり」と言ってましたよ。木のとんぼという奴です。金属のレーキはゴミさらい用ですって。なにしろ、古い農具がまだいっぱい。

もみあせり、確かにあれはあせりますね。
でもレーキと言う言葉は記憶にあります。

川さらい行ったよ。(日曜日だよーん。)今年はゴミが少なくて水もきれいですぐ終わった。でも鳩が内臓食べられて川べりで死んでた。誰かが「テンの仕業だろう。」と言ってたけど、時々ちょろちょろしてるのはイタチかと思ってた。テンは妖術を使いそう。子供の時聞いた♪テンが化かすけ気をつけろ♪っていう童謡を思い出す。山も遠い、こんな平野の真ん中でいったいどこに棲んでいるんだろう?

たっだいまあっす!今日は二度目のたちんぼうしてきた。しかもさくらさん、鳥栖よ、とす。後で写真をアップしますけん。
たからちゃん。日曜じゃったつね!ふぉふぉふぉ・・と笑ってごまかす。てれー。
ごくろうさまですじゃ。んで、鳩の内臓がないぞう状態にしたのは、テンかいたちかって。テンってなに。毛皮になるのはテンじゃないの。高価な毛皮じゃないのけ。
父は裏の川の堰に犬の死体がかかってたっていってた。始末はしなかったって。
それを聞いて、二つ連想した。(ごめん。癖だね)一つはたそがれせいべえ。も一つは、矢部川の溺死体がたどりつくという場所。うう・・いつも暗いなあ、おれって。

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» 匕首を逆手に構え、敵の攻撃を逆手に取った [[間歇日記]世界Aの始末書]
 “逆手”と書いて「ぎゃくて」とも「さかて」とも読むわけだが、これらをおれはいま [続きを読む]

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