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2007年3月21日 (水)

お宮掃除

お宮掃除

となりぐみ一班でのお宮掃除。とてもきれいです。月に二回は組長さんがなさっているし、先日は溝浚いもあって、そのときにも除草をされたみたいですね。今日は「お弘法さん」と言って、春のお彼岸参りに信者のかたがめぐってみえるので、お接待があるのでした。夕方、といっても四時半ころでしたか、あがりの村の一つ前の係りでした。って、意味わかるでしょうかしらん。昼食にあたる村と、あがりの村では食事をふるまいますが、今日はそうじゃなく、お茶だけの接待でした。年々参拝者が減り、今日は十人でした。昔は徒歩だったのに、いまは車でみえます。

お宮掃除

上記の鳥居の年号、昭和十二年。いたい年です。鳥居にある天満宮の石の扁額は、当時の首相だった広田弘毅の文字です。鳥居と本殿のあいだにある左右一対の狛犬は、弘化二年の年号が入ってまして、左が姫野一族、右が古園井一族の寄進によるものでした。

お宮掃除

すうっとまっすぐに立つ樹は、銀杏の雄株です。

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コメント

こんばんは。強固はん。わたしの住む地域も今日、お彼岸のお接待でした。お宮ではなく、こうぼさん(弘法さん)の境内を掃除して、お花を代えて、参拝のお客様を迎えました。お昼時でしたが、地域には5箇所のお参り先があって、うちはお茶とお茶請け代わりのお漬物、マッチと袋菓子を準備して待ちました。お参りの方は少なくなりましたね。13人でしたよ。
納骨堂の隣なので、納骨堂にお墓参りにこられる方も数人立ち寄ってくださいました。このお彼岸の行事、いつまで続くのでしょうか?後継者はおられるのかなあなんて考えながら待っていましたよ。

せいこさん。おはよう。
昔は「おこうぼさん」はお宮じゃなかったようにも記憶してる。別にあったような。でもいまは境内に祭ってある古い観音さま三体と、おじぞうさん(ひよっとすると、あれが弘法さんかな?おじぞうさんにしてはふけがおだし。あ。こげなこというたらばちかぶる。笑)が鳥居くぐってすぐ、三段ほど低い右側の位置に西向きにあり、そこへまず参拝されたのち、神殿を拝して、お茶をのみ(どこでも出されるからお茶ばらだって飲まれない人もいた)お菓子をいただかれて帰られます。米粒をひとつかみ、置いていかれたようですね。あれ、意味があるのでしょう。

おなじ八女でも部落によってちがうとこがあり、興味がつきない。
高塚では今も「いもごもり」「川祭り」がのこっていまして、それを俳句の季語でしか知らない私はおどろきました。

そうみたい。境内の右手の小さなお社がお弘法さん。そこで参拝の方が般若心経を唱えられ、その後お宮を借りてお接待。私が隣組長の時、昼の食事の接待が回ってきてあせった。精進料理を班の人に一品ずつ持ち寄ってもらったけど、結局いっぱい余って、自分たちでいただいた。なにせ17軒だもんで。各家庭の料理が食べられて、それぞれおいしくて勉強になったよ。揚げいもの煮物とかおいしかったなあ。また食べたい。大変だったけどいい思い出。

ただいまー。
たからさん、めんぼくない。笑
この村に何十年も住んでるのに、どれがなにかまだよくわかってない。以前お社日さんのお世話で、上の境内の石の三祠のうち、どれが社日さんかがわからず、適当に「これだろう」とめぼしをつけてそのまえにお盆を準備した。しばらくして、だれかがまちがいにきづかれました。まったくなー。なにを拝んでいるかよくわかってない。おじぞうさんと思い込んでいた石の仏像にむかって唱えていたのは、オンコロコロマトウギソワカでした。はて、、これは何の呪文かな。と自信がなくて、まあいいかと、知ってる真言を胸中ですべてとなえ、どれかあたればいいなあというきもち。・・こんないいかげんなやつあいないね。今度から般若心経あげよう。
17軒、多いなあ。こちらは一軒ふえて、やっと十一軒かな。隣組の世話は当分まわってこないが、四月からお寺の世話がまわってきます。これがたいへん。

この話もいいなぁ。

昔、方々の村から、おまいりに来る人がものすごく多くて、村の細い道が一杯になったあの「おたいっさんまいり」の事かな?
今わかったんだけど「おたいっさん」は「弘法大師」の「御大師」、「おたいし」と言ったのだと。
この行列はとても珍しくて、子供心には嬉しかったですね。
八女は少数ながら、まだこの習慣がある事に感動!
八女の人たちがどういう人たちなのかわかるような気がします。

村の人たちが作る料理のこと。
昔は葬儀屋なんかなくて、葬式はみんな村の人たちの手でやったじゃない?
そういう時の、村の女の人達の作る煮物の味が忘れられません。
こんにゃくやトーフごぼうなどを、薄い味付けで、しっかり味をしみ込ませた煮物は最高に美味しかった。

こういう話がネットで通じる幸せを感じています。

はい、さくらさま。いまもやってますよ。
そういう葬儀。だんだん葬祭屋さんばかりになりつつありますが、御通夜くらいは家でというところも多く、まかないを隣組が請け負うこともあります。祖母が大往生した十二年前は家でやりました。祖母がそうしてもらいたがってるだろうと。家でうまれ、家でなくなった百歳の祖母は、幸せな生涯であったとおもいます。こんにゃく、にんじん、ごぼう、れんこん、あげどうふ。これら煮物と味噌汁、大根ときゅうり、わかめの酢の物、あらめの甘炊き、大豆の柚子砂糖煮。こういう何のへんてつもないものがとてもおいしいのです。

ハイ。強固はん。遅ればせながら参戦。
わたしのすむ地区には、オトナの女性ばかりが集まる「お彼岸寄り」とお盆の8月16日の子供たちによる「おかんのんさんごもり」がまだ続いています。おかんのんさんごもりは中学2年生を筆頭に地域の女児ばかりが集まってやるの。公民館に観音様をお運びして、地域のおばちゃんやおばあちゃんがお参りしてくださる接待をする。お参りしてくださった方には、お菓子となぜか湯飲み茶碗に冷酒を差し上げる。お賽銭がそのまま子供たちの夕飯やおやつの資金。だから、地域のお年寄りの女性は必ずお参りしてくださる。でも、昔に比べたら少なくなった。わたしも昨年はお参りに行ったよ。となりの小学2年生のひーちゃんがご案内に来てくれたから。この行事はうちの娘たちも体験済み。私自身は体験がなかったので、最初はびっくりしたけど。でも、この行事で地域の異年齢交流ができてるのね。昔からの行事には深い意味が込められてるなって思います。

さくらさん。さすがにお葬式は持ち出しが多くなりました。でも、お寺さんの行事では必ず「おひら」という一皿料理を作ります。しいたけ、ごぼう、にんじん、あつあげ、こんにゃくをお醤油で煮含めて、一皿に1種類ずつ並べたもの。まさにお葬式で出ていた精進料理。わたしも、この素朴なお煮付けは大好きです。それとお揚げときゅうりの酢の物、しらあえ、お揚げが入ったがめに。これが定番メニューですね。懐かしいでしょ?

seiko。おかんのんさんって、なぜかそういえば女だけよね。おこもりだったんでしょう、むかしから。かこつけて息抜きしてたんだろうね。おかんのん講がまだ続いていますよ。17日の夜。あつまってやってなさる。母がやります。これだけは私は一度もでたことない。夜の八時ころから。笑
楽しそうな笑い声がしてくる。母が一番年長ですが、話があうみたいで。愚痴とかもそのときに発散してるんでしょうね。
ところで、「おひら」、私のお寺では料理ではなく、お菓子のおまけを指します。おわんにちゃんといれて、キャラメル一箱やチョコレートがでます。料理は、地域ごとに担当日が決まっていて、その日は材料を買いこんできて、みんなでいつもの精進レシピを作ります。おばしゃんたちのはなしを聞いたり、わかよめさんたちのはなしをきいたりするのが、たのしいです。

えっ?おひらがお菓子?
なんか、そこだけ全然ちがうね。なんでだろ?私たちは平たい皿に盛られたお煮しめ類のことだとずっと思ってきたけどね。
お寺さんのまかないは地域ごとの当番だよ。隣組とはまた違うおばちゃんたちの顔ぶれだから、最初は緊張したけど、今はずいぶん馴れましたね。
来月には先祖まつりというのがあって、それのまかない当番です。これまで一度も出たことないの。ずっと姑さまが出てくれていたから。今年は世代交代で、わたしが出ることになりました。

まぁ、私のふるさとと同じなんですね。
豆腐や厚揚げをかなり大きめに切ってごぼう、こんにゃくと煮付けてお皿に盛ったの。
あれは大きななべで大量に作るから美味しいってのもあるんでしょうね。
若嫁さんに少しづつ入れ替わって、味が引き継がれる。
誰が采配を振るうでもなく、あ、うんの呼吸で魔法のように次々に手際よく料理が出来上がっていくんですよね。
定番は白い割烹着です。
お客さんが帰っていなくなったところで、女性達が残り物で食べる、安らぐ時の話の弾むこと。

結婚式もお葬式も何でも家でやってた頃の料理に「平」「向こう付け」等と祖母が言ってました。
会席料理みたいなもの普通にどの家でも作ってたって事が今思うと驚きです。
「平」「向こう付け」等は、茶の湯の世界の言葉みたいですね。

おかんのんさんごもりは、うちらのところは、男の子だけだったとおもうなぁ。
そのおかんのんさんの庭に蛍草がいっぱいあって、今でも蛍草みると「こもり」を思い出します。

こんばんは。さくらさん貴重なコメント、どうもありがとうございました。
蛍草は露草でいいのでしょうか。
先日の仏の座にも、二つありました。
田平子のほうと、ももさん、さくらさんのブログで取り上げてあったむらさきの花さく仏の座と。ややこしいったらありゃしません。
それと。あっさむさんのマリオットの盲点というブログでサンシャイン60ビルの遠景を写したものがあり、それ見てたらさくらさんの電通ビルを連想したので紹介しましたら、あっさむさんが、「汐留のがよかった」みたいなコメントでした。私はそこがどこかわかりません。ひょっとしてあの大観覧車を撮ったあたりがそうなのですか。昔、海だったのですか。
さらにもうひとつ。
「ひら」で思いついたのですが、はなびらということばです。なんかここでばどさんの顔がうかぶんですがね。いちども見たことないのにへんだな。バカボンのおやじみたいな顔で、あたまにタオル鉢巻して腹に腹巻しているのだなこれが。笑。
花のひらといういいかたをたまに俳句でします。四葩=よひら=で、あぢさゐを指すように。平べったいことのほかに、よもつひらさか黄泉平坂に使われている「ひら」とも通うなにかがあるような気がしませんか。それがなにかは知らないのですけれども。

http://www.pandaemonium.net/menu/devil/Yomohira.html

いま、黄泉平坂で検索しましたら、このなかに、「ひら」とはなにか、考察なされた文章が出てまいりました。読んでもいまひとつわからない、隔靴掻痒感が残りますが、これはしかたありません。参考になりました。やはりなあ、というきもち。

私がバカボンのパパってか?
ようそんな顔が浮かぶもんよ(笑)
せめて、小林捻持ぐらいにしておくれ。

話は変わるが、浜谷浩という写真家は
37年前、私が写真を志した頃、既に
著名な写真家であり、日本の風土を
鋭く描写する社会派のカメラマンだった。

あなたがいう、写真は見てないが、
想像するに蒲田の風景を切り取った
ものだろう?
私もその頃は、何気ない街の風景を
撮ってたよ。
いっぱしの社会派をきどってね(爆)

おわわばどさん。
写真の道を志したきよらかなおかたが、なぜに今そんなものがなしい博徒におなりでやんすか。
写真のことなど興味もなかったんですが、さくらさんやあっさむさんや上のさん(このひとは京都の人らしい。あっさむさんとこでたまにみかけます。いつぞや、乙骨一族の交友誌「円交五号」で、虫の江崎ていぞう博士の趣味のひとつに写真があり、その所有機にイカ社のカメラってあったのよ。なんど見てもイカ社。ライカの誤植かなと思って。それコメントでつい書いたら、うえのさんが、イカ社ってちゃんとあると。職業カメラマンではなさそうですが、こうもまわりにカメラに詳しい人がいれば、いやでもそっちに目がいきまさ)。
ついでに、あの蓮田の写真をことばで紹介してみる。長くなるが。
「浜谷浩ー蓮田の写真」
尾山篤二郎の故郷金沢市郊外の蓮田

この浦の蓮の根を噛むふるさとの糸曳くはちすうら恋ひにつつ    尾山篤二郎「雪客」より
(表紙写真の裏に付された写真家の文章)
ちいさなスペースの文庫本表紙。日本の詩歌と書かれたロゴの上、三分の二が写真。さらにそれをみっつにくぎり、三分の一の空と三分の二の蓮田がある。まんなかからわずか左にただ一つのうすももいろの蓮の花を配し、あとは大きな蓮の葉、それも葉裏を見せて翻っているため、写真全体が暗くくぐもり、一種ふあんな印象をあたえる。ぱっと見、ルソーのジャングルの絵みたい、暗い冥い絵なのに明るいというか。
よく見れば、蓮田と空を区切る境に五ミリほどのグレイゾーンがさしはさまれていて、それは海坂かと思ってしまうのだが、ひらべったい山の連なりなのです。おそらくはここがこの写真のミソだとおもうよ。写したひとは、どこにいるのか。わからない。まるで蓮田のおやまがせりたっているかのようにそこにある。蓮って極楽のイメージなのにさ、まるで針の山ででもあるかのように、おもえるのよ。こりゃあ、なんだべな。
見方をかえる、季語としての蓮をよみ、最もこころ深く刻まれた歌がある。連句にある。澁谷道さん。いつか矢島くみこさんとこに書いた記憶があるんだよね。うーーん。さがしたけど、本、ぜぴゅろす抄っていう本ですが、どこへいったかわかんない。笑
あーあ。だけんその場で書かないといかんっちゃねえ。やじまさんとこも、もうながらく行ってないなあ。元気であろうかな。
ばどさん。貴重なご意見、ありがとう。仕事は本を読まねば書けず、はかどらないけど、その瞬間しか思い浮かばないことを書かせてくれて、ありがとう!

見つけ出しました。
記念に引用します。

百韻『白鳥」の巻、鈴木漠捌きより
    おもて八句

我が胸の哀しみのごと白鳥来 鈴木 漠
  寒茜する裏町の空    永田圭介
ただ潜る蓮根掘りの賃を得て 渋谷 道
  屋台の酒で世知を培ふ  三木英治
呼び交す渾名の妙に感じ入り 梅村光明
  逆引辞典春を列ねる   道
度忘れに壺中の天も月おぼろ 圭介
  恍惚として山笑ふなり  漠   

  

姫野一族
で検索したひとがいて
その19位です
ちなみにその2位は
なんと
しらべさんからのてがみ(かささぎの旗)だったよ!

年の瀬にこんなとこを読んで下さったひとがいて、私も読んだら、つい数年前のことなのに、ずいぶん昔に感じられる。
隣組でお世話していた春と秋のお彼岸のおこうぼうさん参りのお接待が、なくなっています。
ことしから?
高齢化のためと思われます。

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