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2007年3月 2日 (金)

初音

今朝、鶯が啼いてました。かわいらしい美しい声で。ほーほけきょ、じゃなく、抑揚をつけて。

それが、とてもうれしそうに聞え、こちらもうれしくなりました。梅の樹にきたのかな。

去年はウグイス、聞きませんでしたからさびしかったんで、妙にうれしいです。春、ですね。

長男が就職します。じぶんで決めました。岐阜羽島に行くようです。

えっ岐阜。あんな田舎に何しに。

パソコンの部品を作る仕事。派遣社員。

えっ。派遣社員じゃボーナスもないじゃん。

うん。でも辛抱してたら正社員にしてくれるから。

そうか。そういう条件的なことはどうでもいいことだったね。よかった。大事なのは知らない土地で一人で苦労すること。あんたのおとうさんは、就職してから一度も職をかえなかった。それをわすれないでね。おとうさんにできることはあんたにもできるよ。おとこになっておいでね。

真夜中に二人でしみじみとした話をして、ほんとに大人になったんだなあと、さみしくもうれしくも感じました。

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コメント

就職おめでとう。とうとうこの時が来たね。自分で決めたんだね。親は見守り応援してやることしかできません。寂しいけど子の成長を心から喜んでやろう。うちにお土産でもらった岐阜提灯があるよ。八女にも八女提灯があるよね。似たところがあるんじゃないかな。

budさん
プレッシャー?うそばっかり(笑)松山は私の故郷。青春そのもの。

たからさん。有難う。自分できめた、ということが大事でした。ぷれっしゃーかけたわけじゃないのよ。今日、きちんと大学を中退してきました。笑
岐阜かあ。オノダの顔がうかぶなあ。会った事ないんだ。岐阜、私も行った事無い。岐阜提灯に八女提灯でシェアを分け合っていて、あと、秀野さんが随想に書いてた、明智燈籠とか、京都も産地だよね。(光秀の善政を偲んで土地の人たち=大和くんなかの、が祀るようになったものと書かれていましたね。)オノダさんの小説の表紙写真にかの地の風景があって、お茶畑とか八女にそっくりだった。
地縁ってありますよねえ。奈良も八女に似てるんだもんね。奈良に行ってくれたらよかったのになあ。

そうか、そういう結論を出したか。一度、家を出てみるのもよか経験たい。ホントにいい経験ばしてくるよ。
強固はんの息子やもん。半端なことじゃ根はあげんやろ。でも、帰ってきたくなったら、いつでも向えちゃり。母船の役割はやはり、ふるさとそしてカアチャンよ。

>たからさん
松山がふるさとなんだ。私は21歳の頃、
高松に居ました。
別府に移った時に、一度会社の慰安旅行で
松山に行ったんですよ。その時も、松山競輪に
無理やり行った(笑)
松山には声を掛ければいつでも会える友が
二人居ます。
そのうちの一人は三ヶ月前に不慮の事故で
愛息を亡くしました。まだ小学5年生でした。
今でも辛い日々を過ごしています。

たとえネットで知り合った友人であっても、
涙が止まらないほどの衝撃でした。
友に隔たりはないのです。全ての友人と楽しく
語らえることが出来たらと思っています。

>ひめどん
息子さんの就職おめでとう。
少しは安心したね。
あなたが子供をどういう風に育てたか
分からないけど、その自立をやさしく思う
心にはエールを送りたい。

ところで、職を一度も変えないと旦那の
行いを美化してるのは頷けない。
だってさ、私は職種は一緒だけど、職場は
七つも変わったよ(笑)
でもね、そんな経験が人生を豊かにしてくれた。
今は残り少ない人生を、楽しく全うしたいと思っている。

うん。ばどさん。そうかもしれないね。私は初めて就職したとき、もんもんとして悩み、一年十ヶ月でやめた経験がありますが、その後、いろんな仕事をして、そのどれもが役にたったことをおもえば、ばどさんのおっしゃること、腑におちます。でも、やめない人にはやめないだけの根性があるのも事実で、むすこには父親の威厳を教えておきたかった。

ほらね、強固はんのえらさはここたい。
(いいにくいけど、あえて言うとやけど)決して夫婦仲はよろしくないと思しき強固はん。しかし、子供に父親の悪口は言わない。当たり前のことかも知れんけど、なかなかできることやない。悲しいくらい真っすぐなのよね。真っすぐに生きてる。芯が一本通っとる。強固はんば見よると自分がえらく器用に生きてる気がして、情けなくなるときがある。

せいちゃんは、器用に生きとるのがよう分かる(笑)
ひめどんは、旦那を信じとるんやろね。
その心の広さと寛容さが、痛々しい気もするたい。
でも、せいちゃんが言う、男を立てる気概は
なかなか出来るもんじゃなか。
よかおなごやのうとしみじみ思っとるよ。

そうやね。この気概は一朝一夕のものじゃない。懐が大きいなあと思うよ。 私、岐阜は白川郷には行った。22才の若かりし頃。たぶん今も当時のままなんでしょうね。強固はんの次の一人旅の行く先、決まり!
budさん>
松山のお友達、小5といえばわずか10才。子供を亡くすことは、地獄です。子供が不憫でたまらないことが自分を苦しめていると思います。何事もなく生きていることが、それだけでどれほど幸せなことかわかりませんね。

今日は仕事でした。あすも来てくれっていわれたけど、勘弁してくださいっていってきた。買い物もしなきゃね旅立ちの。
せいこさん、ばどさん、たからさん。ほめてくれてるのかな。ありがとう。でも何もなくてごめん。夫とはこどもを中心におけばきわめて理想的な夫婦だと思います。こういう夫婦は昔からたくさんいたろう。
ばどさん。小5のこどもを事故でなくした人、お気の毒です。逆縁はつらい。従姉が十年前に長男を小5で事故でなくしたんですが、どれだけのふかさのかなしみだったか。その弟が、いま、とても優しいおもいやりのある青年になりました。かなしみやくるしみはそれだけのおもさのものをちゃんと返してくれるとおもいます。
白川郷って岐阜なの。そうかー。たのしみ。

息子さんの就職おめでとうございます。

岐阜は、白川郷に古川、いいとこです。
息子んとこに行ってくる・・・って言う旅、良いじゃないですか。

東京にいると、知り合いの人達の仕事はころころかわり、あの会社はなくなった、あの人もやめた、この人もやめた、又人が変わった・・・と言うのが日常です。
九州に帰って、高校時代の友人達と会った時の私の会話はこうなるんです。
「え?あの会社まーだあると?」とか、「あん人はまーだあすこで働きよると?」
友人達は、私がどうしてそんな事言うのかが不思議だったようでした。

さくらさん。コメントありがとうございました。そのあすから遠方へいくというむすこですが。なんでというくらいのんびりしてます。笑
むしろ、母(わたしの母)のほうが行く人みたいに気をもんでる。
それから、夫はしごとをいちども変わらなかったけど、会社のほうが自分でかわりましたね、何度も。合併統合を三度か四度。きびしい時代だと思います。楽にみえて、じつはとてもきびしい。

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