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2007年3月16日 (金)

budさん

ばどさんのばどってなんじゃろと思ってた。倉本朝世ブログで初めてみたとき、聞いたことがあります。そしたら、ジャズピアニストのバドバーエルから取った名前だって返事をもらった記憶があります。(まだピアニストについては調べてないです。)

調べると英語で花びらのことみたいです。これ、意外な発見でしたねえ。petal と全くおんなじなのかどうか、知らないんですが。まあ、戦争のwar とbattle の違いも知らない人間ですからね。笑

検索したとき、こんな可憐な繁簍の写真をみつけましたよ。貼り付けます。http://search.goo.ne.jp/blogreader.jsp?url=http%3A%2F%2Fblog.goo.ne.jp%2Fhisamtrois_e%2Fe%2Fdb5e06f1dbf57263706c3a3c637f6926&MT=Bud+Small&snum=1&DC=10

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コメント

あらら、タイトル名になっちゃった(笑)
はなびらと言うより、芽とかつぼみだよ。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?stype=0&dtype=1&p=bud

そうなのかー
でもおっさんよい。はなびらのようなおっさんてちょっといかすね。ちょーブキミなかんじはあるが。笑
はこべの写真、さくらさんの撮られたホトケノザみたいでよく撮れてますよね。けなげです。英語の説明文みてたら、チックウィードとなっていた。にわとりがくうのけ。あ。いや、もとい。鶏がお好みになるのでせうか。

ハコベは別名って言うか、ばあちゃんたちが「ひよこぐさ」って読んでたと思う。子供の頃、にわとりのエサにばあちゃんが取ってきてて、ひよこも食べれるから「ひよこぐさ」なのかって思いよったわ。

あのね。たちきに佐藤綾子さんが鶏を飼ったことを連載されてたの、覚えてる。懐かしかった。むかし、家にも鶏を飼ってた記憶がある。トサカが気味悪かった。赤くなったり紫になったり。鳥小屋とよぶ小屋があった。豚小屋もあった。馬小屋も。

himenoさんの見つけた花のサイト、超綺麗です。
ところがあの管理人、私の行動範囲と同じなのに驚きました。

budさんが花びら、蕾、芽、慈しむ事にします。

>さくらさん
やさしい愛をどうかお願いします(笑)
私の生きてる限り、慈愛をね。。。(爆)
このブログの周りでは、私が正体不明の
厄介者のように扱われていますんで(泣)

だって、正体不明じゃん。あやしかろうもん。

強固はん。佐藤綾子さんの鶏物語おもしろかったね。ご主人と鶏たちの情愛。最終回には涙がでそうになったわ。
うちの実家にも馬もヤギもブタも、もちろん鶏もいたよ。同時期にではないけど。
馬は小学校に行く前くらいまでおって、目がきれいかったのをこども心に覚えてる。
ヤギは貴重な牛乳源やったんかなあ。よくばあちゃんから、濃い牛乳を飲まされてた。これは、小学校低学年の頃の記憶。ブタもこの時期、貴重な収入源だったんだと思う。
で、鶏は一番長くおったよ。高校生の頃まで、数匹の鶏がおったんやないかなあ?生みたてのあったかいタマゴを、歳の離れた弟と一緒に取りにいってたよ。

>せいちゃん
こげな時間に書き込みよって、なんか
悩みでもあるんか(笑)
何があやしかろうもんじゃ。失礼な(笑)
由緒正しき足軽の末裔じゃけん。
心配するな(笑)いや、悪徳商人じゃったか
よう分からん。
でも、気品漂う文面からして、憧れすら
生じてるやろ?もうこれ以上書くまい。
八女のおなごの祟りは怖いけんね(爆)

おはよっす。
昨夜もごめん。風邪みたいにからだがだるい。しごとがふりつもるよー
ふりつもる・・そうや。トラックバック。えっちなんも品性のかけらもないんも、なんでんかんでんふりつもるねえ。雪のふるまちをーららららー・・・そうや。シュリーマンの流浪の民や。あれ、歌わされたのいつだった。高校生のとき、妙に合掌にちからいれてなかったか。いや。合唱や合唱。はるのうららのすみだがわ。ってクラス全員で三パートにわかれてやったの記憶してる。あと、こんな歌。歌詞だけしっかりのこってる。
泉に水汲みにきて(ららら)
娘らが話していた(ららら)
若者がここに来たら
冷たい水あげましょう
そこへなんとかのなんとかで
兵士がやってきて
冷たい水がのみたいと
娘たちにたのんだ
美しいむすめさん
ひげづらをみるな
兵士にゃひげも
わるいものじゃない
私は陽気なわっかものー

おわり。
きょうもいくべな。

おはよう。ち言うても、家主はおでかけじゃね、お仕事に。

ばどしゃん。悩みなんかないよ。あの時間に目が覚めてしもうただけ。真夜中に言葉捜して旅の椅子・・だよ。
強固はん。あまりの懐かしさに目から鼻水が・・・。水汲みのうた、メロディも覚えとるよお~。ばってん、そこへなんとか・・のとこは思いだせん。歳やな、やはり。

さっきから、この歌が気になって気になって、ずっとふんふん歌ってた。
で、思い出したよ。「そこへひとりのひげづらの 兵士がやってきて」だった。あ~すっきりしたぞい。

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ただいま。
はい。どうもどうも。せっかくですが、現在のところ管理人さまはココログで満足しとるとです。

せいこさん。ひとりスッキリするのちょっと待った。それ、ぜったい違うような気がする。だってさ。そうじゃなくても歌詞がくどい上に、屋上屋をかさねるか?歌ってみてん。それじゃフィットせんじゃろ。気になるなあ。これ、何て歌なんだろかな。

いやあ、ぜんぜんちごうとったね。笑
今日は、ずっとこの歌をうたいよったよ。フシもテキトーなのかも知れんけど。笑

懐かしいいい歌を思い出せてくれて有難う!

美しいむすめさん
ひげづらをみるな
兵士にゃひげも
わるいものじゃない
私は陽気なわっかものー

ここんとこがえらい調子いいよね。

himenoさんやseikoさんの話は、どうも私の感覚にぴたーっときて、心地いいなといつも思うんだけど、幼児体験が共通なせい
でしょうね。

昔はどこの家も動物は家族の一員のような扱いで、その動物が又こき使われていたこと。

牛や馬もヤギも鶏も人間の役にたたないものはいなかったもんね。
馬小屋だって結構人間の部屋に近いところにあった。
今の猫っかわいがりのペットとはぜーんぜん違っていた。

曾祖父からいつも聞かされてた話で、飼っていた馬を博労(字は不明、ばくろうさんと言って馬や牛を売り買いする人がいた)さんに頼んでよその家に売ったら、何十キロも離れたところから突然戻ってきた、その話今でも涙が出ます。

さくらさん。おはようございます。
ばくろう。馬喰、または博労とかきます。現在のいやらしい世の中においては百姓同様、差別用語として差別してるようですね。しかしじっさいそれで生活を支えていたひとたちがいたし、かれらのおせわになったんだから。そういう気のまわしかたをすれば、ものすごく尊厳を損なうでしょう。石橋秀野ノートって本を平成十五年に出したとき、前書になにげなしに書いていた、うちの父が若かりしころ女優黒木瞳の父上から馬を買った記憶があるってことを、読んでくださった市の文化委員のかたから、ばくろうは差別用語だっていわれた。そのときの怒りは今も健在です。
私が三橋美智也がすきなのは、かれのあの唄があるからです。わらにまみれてよー

なんていうかねぇ、あの頃はその人が出来る事を仕事に出来た、学校で習わんでもその人の持ってる知恵や知識で食べる分をなんとか稼げた、そうやって生きてたようなきがします。
牛や馬を大きくして売買する、いくらかの追い銭を貰うのが農家の現金収入だった、その仲介をする人がいる、屋根葺きを仕事にする人がいる、手の足りない農家を渡り歩いて手伝う人もいた、お礼に米をあげていた、火葬場の番をするばあちゃんもいた。
祝い歌を歌う歌い手をしてました。

三橋美智也のあの歌はまさにその通り、ワラにまみれて育てた栗毛の馬を売ったんですよ。
そしたら帰ってきた。(涙)

書いた積りの文字が抜けています。

曾祖父は、家の棟上の時歌う、祝い歌の歌い手をしてました。

三橋美智也のあの歌にはそんなエピソードがあったのですか?何も知らずにお子ちゃま時代から、声張り上げて歌ってたなあ。ただ、こどもながらにあの歌に淋しげなモノをかんじたことはあった。
さくらさんの曾祖父さんの祝い歌を歌う仕事。これも実に趣のある仕事ではないか?自分が得意なことを仕事にした。できることで自分の食い扶持を稼いできた。いい時代やったんだねえ。

ただいまかえりました。
さくらさん。すごくない。そんな風雅な仕事って!わたしの知ってるボキャブラリーで似たかんじの仕事をさがせば、ほがひしかありません。ほがひは乞食をおもわせますが、由緒ただしい言葉で、「祝ぐこと」です。酒ほがひ、とか使います。連句ではよく使われてます。
さくらさん。それ、なにか書いてほしいよ。あまり聞かない仕事ですし、民俗学的にも価値があります。初めてそんな職があったとしりました。
それと、私が黒木瞳が好きな本当の理由は、彼女のおじいさんやお父上がばくろうをされていたからなんだなあと、きのう、そのことにきづいた。馬はきれいで、やさしい。直接は知らないけど、父から聞いた話で間接的に知っています。ましてやそれで生活をしていたとなれば、たくさんの記憶があるに違いない。これからの瞳さんには、峠をこちらがわに降りてきてほしいなあとおもいますね。そしていつか石橋秀野を演じられる女優になってほしい。

歌い手と言っても商売にしてた訳ではなく、役目程度で「だーれん歌いきらんけん縁起もんやけん歌いに来て下さい」と頼まれていた訳です。
帰りに鯛の折り詰めを貰ってきてた。

そういえば母乳だって共有してたとよ。
母乳のよう出るお母さんは、よその赤ちゃんにも飲ませていたんだよね。
共有できるもんは何でも利用しあって、お金が動かなくても生きられたと言う事だと思います。

そういえばこの記事のタイトルはpudさんでしたね。

さくらさん。ばどさんの共有ですね。笑

ばどさんに関係ないハナシで、ずいぶん盛り上がりましたね。

budさんなのに、pudさんて書いてしまいました。
すみません。

母乳は出らんばってんね。なんでも共有
したらよかたい。
しかし、だいぶ話が盛り上がって嬉かよ♪

>さくらさん
私は年上ば敬うけん、謝らんでよかとです。
せいちゃんや、ひめどんが間違っとったら、
相当文句言うとったやろね(笑)

あはは。ぱっどさん。(この字ではぱもばもあまりかわらないのですねえ。)
それじゃ今日も元気でいくべな。このいそがしいときに部屋を引っ越した事務所であった。神棚を移すとき、あやうく西向きになるとこでした仏壇みたいに。神棚は東かみなみむきですよね。

朝早くに、黒木瞳、博労で検索されて、こちらへお見えです。ありがとうございます。
わたしは黒木瞳のファンですが、その理由がそれなのです。
ひとみさんはいつかきっと書いてくださると信じているし、そうしなければならない。
文学の存在理由はそれです。

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