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2007年2月28日 (水)

冬樹蛉「やわらか戦車」留書

連句誌『れぎおん』冬号が、およそ二ヶ月遅れて無事に到着しました。右手首を骨折された前田編集長は、リハビリ中の痛む手首で、こつこつと一冊分約100ページ入力なさったのかとおもうと、胸がじいんとします。

冬樹蛉さんからいだだいたとめがき、傑作なので、記念にここにも引用したいとおもいます。エスエフに携わる人の視点は、さすがにスケールが違います。蛉さん、おいそがしい書き入れ時の年末に依頼して、ごめんなさい。そして、ありがとうございました。そのプロ意識には、大いに教えられました。

 留書

                     冬樹蛉

 およそ風流というものに縁のない人間であって、俳諧の教養なんぞはまるでな
い。せいぜい学校で習ったものに毛が生えた程度、蛙が飛び込んで、時雨れて
いって終わりである。
 そんな場ちがいな輩がなぜこんな大それたところに出てきたかというと、ひょ
んなことからネットで知り合った姫野恭子さんに、SFの宣伝でもなんでもいい
から書いてくれと言われたからだ。それではと、お言葉に甘えてSFの宣伝をさ
せていただくことにする。おっと、申し遅れましたが、小生、折に触れてSF書
評やら解説やらを書いているケチなライターでござんす。
 そんなやつが俳句を前にすると、半ば条件反射的に考え込んでしまうのであ
る。たとえば、巨大ガス惑星の大気中に浮かんで進化した知的生物は俳句を詠む
のか? だとしたら、どのような季語を持っているのか? “メタン”と聞くと、
「ああ、春だなあ」としみじみ感じ入ったりするのか? はたまた、肉体を捨て
ソフトウェアとなって仮想世界で進化を続け、日夜、高次元数学の定理を証明す
ることに美を見い出すようになった種属が、いまこの瞬間にも“5iと、nの7
乗根の積を、5πで割る”といった形式を編み出して、その風流に嘆息したりする
のだろうか?
 あったら愉快だと私は思っている。季節というのは、“周期”のある事象すべて
に見い出せるはずだ。二万年に一度やってくる彗星を見て、「▲@×$φも、もう
終わりか……」といった季節感を味わう知的生命体がいたっていい。いやいや、そ
れどころか、ビッグバンとビッグクランチの間を“一周期”として、宇宙の生滅流
転に季節感を覚え一句ひねっている存在がどこかにいたら、それはそれは痛快で
はないか――「今度の宇宙のプランク定数は、じつに趣のある値ですな……」

上記は、パソコン通信でいただいた原稿をそのままコピーして引用したもの、妙な箇所で妙なスペースができましたが、それは機械の相性によるものと思われます。不可抗力です。

つぎに、連句誌『れぎおん』 冬号より引用したものをかかげます。こちらも不可抗力がはたらいています。のちほど書きます。

   留 書

               冬樹 蛉

 およそ風流というものに縁のない人間であって、俳諧の教養なんぞはまるでない。せいぜい学校で習ったものに毛が生えた程度、蛙が飛び込んで、時雨れていって終わりである。
 そんな場違いな輩が、なぜこんなところに出てきたかというと、ひょんなことからネットで知り合った姫野恭子さんに、SFの宣伝でもなんでもいいから書いてくれと言われたからだ。それではと、お言葉に甘えてSFの宣伝をさせていただくことにする。
 おっと、申し遅れましたが、小生、折に触れてSF書評やら解説やらを書いているケチなライターでござんす。
 そんなやつが俳句を前にすると、半ば条件反射的に考え込んでしまうのである。たとえば、巨大ガス惑星の大気中に浮かんで進化した知的生物は俳句を詠むのか?
 だとしたら、どのような季語を持っているのか?
 ”メタン”と聞くと、「ああ春だなあ」としみじみ感じ入ったりするのか?はたまた、肉体を捨てソフトウェアとなって仮想世界で進化を続け、日夜、高次元数学の定理を証明することに美を見出すようになった種族が、いまこの瞬間にも”5iと、nの7乗根の積を、5πで割る”といった形式を編み出して、その風流に嘆息したりするのだろうか?
 あったら愉快だと私は思っている。季節というのは、”周期”のある事象すべてに見出せるはずだ。二万年に一度やってくる彗星を見て「▲(a)×$φも、もう終わりか・・・」といった季節感を覚え一句ひねっている存在がどこかにいたら、それはそれは痛快ではないかー
  「今度のプランク定数は、じつに趣のある値ですな・・・」
 

※ れぎおんの前田編集長は、原稿を打ち込まれたあとで、必ず著者校正をなさいます。今回は編集長の怪我と引越しとご主人の介護のためすごいストレスがあったということを存じ上げていましたので、最低限のなおしだけをしようと決めていました。打たれたものを見て、すぐ、おや、最後ちかくの二行が飛んでいるなと気づきました。しかし、何度も読み返すうち、これでもいけるか。冬樹蛉さんがたとえ怒るとしても。という思いがわいた。私は前田編集長に意識的なものが働いていたのか、たずねませんでした。これは不可抗力でした。

冬樹蛉さまには、深く、おわびいたします。

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コメント

今朝、れぎおんが届きました。
読んだよ、やわらか戦車の巻。みんな、個性的な句ができてたね。たからさんはたからさんらしい句でした。

何より、留め書きがすごい。冬樹さんとは何ものぞって感じでした。興味を持つ分野の違いっておもしろかね。

ばどさんの恋句は、ばどさんらしくねえな。って、コメント残してきたから、泣きよるかも知れん、今頃。やさしく、慰めてやっといて。笑

>せいちゃんへ
涙も枯れ果てたわい(笑)

>らしくねえな。って
どんなイメージ持ってるか分かんないが、
そんなもんだよ。決めつけちゃいけないな。
あの句は、テーマに追い込まれて作ったもの。
自由に詠んだものではない。
恋句なんて考えて作れるものじゃない。
そう思う。いつかはできるだろう。
あなたが想う、私らしいものが。

>ひめのさん
慰めなくてもいいよ(笑)
せいちゃんもそうだけど、あなたにも
やさしくされたら、私がわたしでなくなる。
これからも、どんどん突っ込んでや。

いやいや、よかったよ、ばどさんの恋句も。って、遅い?
イメージと違ったってだけで、恋句としてはgoo♪でしたよ、マジで。

seikoはん、お恥ずかや。いつまでたっても常識の殻を破れないわたしどす。連句は初めてで、指名されたときは、氷つきそうだった。こんなんじゃ話にならんだろうなと思いつつえーいと出したら使ってくれて、少しずつ肩の力がぬけていったよ。強固はんの悩みに悩むその過程も、物語の一部のようで、連句とは苦しくもあり、新鮮でもあった。
この1週間ほどインフルエンザで家に隔離されておった私は、強固はんのブログが楽しみで、朝な夕な開いておりました。budさんのブログにもおじゃましたら、ブルーのメタリックな画像がかっこいい。最後につく一句もとてもいい。松山の堀の内の競輪場にも来たことあるのかなあ。その期間中はものすごい人の波が道路にあふれ出るようだったよ。

げほげほ。お恥ずかしやがお恥ずかやになってて、これまたお恥ずかしや。(風邪のせいにしたいけど、本当はもう完治)

ただいまー。
きのう、急に寒くなって風邪ひきそうだったので早く寝ました。夜、ゆうたくんが来たけど、いっしょにおべんきょしながら、途中で意識がうすれた。年だなあと思った。笑
せいこさん。冬樹蛉さん、すごかろ。プロフェッショナルな用語はさっぱりわからんのじゃけど、季節とは周期である、とかいわれると、哲学的で、ふへえと感動するものね。ちょうどあのころ起きた自分の運命周期についてもしみじみ思わせられたよ。

ばどさん。ばどさんの句の印象はたとえれば、マチスの絵です。色彩が豊かでみずみずしく、ラフです。でもほんとはこまやかな人なんだろな、とおもうよ。語彙を増やしていけば、一流になれる人だとおもう。

あはは。たからどの。また宝さがししようね。連句はたのしくるしですが、ちゃんと名句がのこるからいいよな。
競輪といえば、久留米競輪のある日はすぐわかるみたいです。交通誘導員にはね。というのも道路が混雑するからで。

>たからさん
こんばんは、コメントありがとうございます。
連句の時は、たからさんの後に順番が回って、
とてもプレッシャーがかかりましたよ(笑)
ひめどんを取り巻くみなさんの関係がいまいち
よく理解できてないので、何処に誰が住んでいる
のかも分からないんです。
松山に住んでらしたんですね。堀の内の競輪場には、
一昨年の正月に行きました。その競輪場が取り
壊される前の最後のレースでした。
初めて会うネット輪友三人と楽しい時間を過ごしました。

>ひめどん
穴があったら入りたかばい。そげんことば言いよったら、
みなば、がっかりさせるたい。持ち上げんどいてな。
こそばゆいより、顔があこうなるたい。(酒のせいやろて)
俳句のはの字も知らんとやけん、辛ろうなるったい。

ばどさんへ。
では相関図を。たからさんと私の家はたんぼ一枚をはさんだ関係。沢都さんの家は、お宮をはさんだ関係。つまり、この三人は同じ町内です。というか同じ村。風光めいび、ずのうめいせき、ようしたんれい。

風光めいびは許そう。
ずのうめいせき、ようしたんれいも
たからさんと都さんに関しては頷く。

でもな、ひめどんに関しては認められん。
だって、ご尊顔を拝しとらんじゃろが。
ずのうめいせきは、評価が難しいんよ(笑)

総じて、わたしゃまだ何も知らんけんね。
でもね、そんな八女の風景は浮かんどるよ。

昔、若かった娘が、ずっとよか関係で繋がっ
とるんやね。微笑ましかたい(^^;

むかしわかかったむすめてなんやん。むかしばあさんだったむすめがどこにいようか。土着の原住民はおれさまのみ。都さんは大分の臼杵、たからさんは愛媛からのながれものたい。・・とかいったらおこるじゃろうねえ。笑。二人はおよめさんです。いまも覚えているのは、たからさんがご主人と二人であかんぼうのよしくん(ひとりむすこ)を抱いて、うれしそうに挨拶にみえたこと。うちの次男とよしくんは一歳違いでよくあそんでもらいました。いまもおもいだすたびこみあげるのは、たかが鼻の穴にぱちんこの玉をつまらせて、それをよしくんのおとうさんからとってもらった事件。あと、たかが高熱をだしたとき、ひきつけをおこし、びっくりして、しぬかとおもって、そうだよしくんのおとうさんは医者だったとばかり、たびはだしでよびにいったら、だいじょうぶ、おいしゃさんにつれていけば。といわれた事件。笑
沢都さんとか天野おとめさんとか伽具耶さんはみな、こどもの教育相談みたいなかんじの付き合いから、むりやり俳句と連句にひきずりこんだ年若い(あんまりかわらんかな。一つか三つか)友人です。みな、よかひとたちばかりでごわす。

おはようございます。
そうだった。冬樹蛉の文中、メタンと聞くとああ春だなあと思い・・というくだりがあるじゃろう。あれ、すごいね。ほんとに拙者もそう思う。メタンは春の季語だろうね。

いま、時間をおいてこのときの蛉さんとの一件を考えてみますと、私は蛉さんより前田圭衛子という俳諧師の目を信じた。ってことになるんでしょうね。

冬樹蛉が激怒したのはもっともです。

おは!なんでこんなむかしのが・・・と思って読んでいました。おもしろい。読後に思ったこと。
主人の友達に九州大学航空工学科卒、加えて、大学院も終えられた「すみたかひろ」というひとがいます。18歳も年が違うのに、家が隣で遊んでやっていた子なのですが、ほんとの弟や自分の息子以上に仲がよく、長期の休みのたびに帰省して、温泉巡りをしています。この子のことが頭に浮かびました。彼に俳句をさせたら冬樹蛉さんのおっしゃるようなスタンスで作句するんだろうなと。
伝習館を卒業してからの彼とはほとんど話をしていない私です。今度家に来たとき誘ってみようかな。

ふへ。そりゃぜひ誘って見て下さい。前田圭衛子師とつきあってきておもうことは、感のすごさ。はかりしれない。だからあっさり冬樹蛉との約束をけったというのが正直なところです。まえださんは最悪の体調であったとて、編集ミスをおかすとはゆめおもえないんだ私には。科学を軽んずるわけではない。文脈は前田バージョンですっきり片付いている。
と又こんなこと書けば、青いとんぼは怒り狂うだろうな。わっかいよな。羨ましい。

せっかくなので、蛉さんのブログに一言のこしてきました。
でも、きっと消すぜ。そんなやつなんだ。
だからここにかいておく。

ついしん。
ほんとは「けっ」ておもってる。

今月の格言
「さいがいはわすれぬうちにやってくる」

中国地震もさめやらぬのに、東北大地震。南の地よりお見舞い申し上げます。

中国地震もさめやらぬのに、東北大地震。南の地よりお見舞い申し上げます。

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