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2007年2月19日 (月)

還浄 2

引用を続けます。山本健吉著 『きしたん事始』 昭和31年藝術社刊。

おそらく日本はシャビエルの東洋伝道において、そのキリスト教の真髄と信ずる思想を、まじりけなしに宣べ伝えることのできた唯一の場所だったのだ。「日本人は、御受難の玄義を聴くことを非常に喜ぶ。或る人々は、それを聞く毎に、涙を流していることがある」 と、彼はコチンからヨーロッパの会友に宛てた長文の手紙に書いているのである。

それにもかかわらず、シャビエルの宣べ伝えるものに対して、日本人の心を準備したものが、悪魔の宗教と彼が言っている佛教ーことに浄土系思想だったことは、思い及ばなかつたようである。同じ手紙は、彼が日本で獲得した信徒たちの、小うるさいような質問の要点を書いている。非常に興味のあることなので次に引用しよう。

  彼等は探索心の強い人々なので、「聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊の御名によりて」 とは何を意味するか、また十字架のしるしをするにしても、御父の御名を言うとき、どうして右手を前額に置くのか、御子の御名は胸、聖霊は右の肩から左の肩へ引くことになるのは何の故なのかを知りたくて、質問する。私達はこれをよく説明したら、彼等は非常な慰めを感じた。その後キリエ・エレイソン。クリステ・エレイソン。キリエ・エレイソンを唱えると、またその言葉の意味をきく。ロザリオの祈りは、一つの珠毎にイエズス・マリアの聖名を唱えながら繰つて行く。主禱文や、めでたし使途信経は、書いて覚えていく。」

 ここまでは、日本の信徒たちの好奇心と知識欲にあふれた無邪気な質問ぶりを彷彿とさせるので引用したが、問題はこの次である。

 「日本の信者には、一つの悲嘆がある。それは私たちが教えること、即ち地獄へ堕ちた人は、最早全然救われないことを、非常に悲しむのである。亡くなつた両親をはじめ、妻子や祖先への愛の故に、彼等の悲しんでいる様子は非常に哀れである。死んだ人のために、大勢の者が泣く。そして私に、或は施与、或は祈りを以て、死んだ人を助ける方法はないだろうかとたずねる。私は助ける方法はないと答えるばかりである。

  この悲嘆は、すこぶる大きい。けれども私は、彼等が自分の救霊をないがせにしないように、又彼等が祖先と共に、永劫の苦しみのところへは堕ちないようにと望んでいるから、彼等の悲嘆については、別に悲しく思わない。しかし、何故神は地獄の人を救うことができないか、とか、なぜいつまでも地獄にいなければならないのか、というような質問が出るので、私はそれに彼等の満足の行くまで答える。彼らは、自分の祖先が救われないことを知ると、泣くことをやめない。私がこんなに愛している友人達が、手の施しようのないことに就いて泣いているのを見て、私も悲しくなつて来る。」(アルーべ神父、井上郁二共訳)

日本人は神の創つた悪魔が永遠の刑罰と苦痛とを蒙つたことに対して、刑罰に峻厳な神は毫も慈悲深いとは言えないことを抗議する。また地獄という怖ろしい牢獄を創る神、もつとも怖ろしい苦痛に永遠に悩まねばならない人々に対して憐憫を感じないような神は善い神とは言えぬこと、もし神が善であるなら、神は十戒なぞというむずかしい律法を人に課さなかつたであろうということなどについて、弁じたてるのである。日本人は、人が地獄に投ぜられるという思想を、救済の希望なしには全く理解できなかつたのだ。

これらの日本人らしい質疑に対して、どういう解答を与えたか、シャビエルは書いていない。それはイエズス会の会友に宛てて認められたのだから、異教徒のこのような質疑に対するカトリツク的正解は自明のこととして書かず、続いて日本へ渡航すべき後進の会士たちに対して、あらかじめ心の準備をさせようとしたまでなのだ。だがこれらの質疑が、どういう根底において発せられているのかをシャビエルが洞察したならば、彼はあまりに軽く扱うべきではなかつた。

これらの質疑はあきらかに、浄土教徒ーことに真宗教徒のものである。佛教の諸派のなかで、もつともキリスト教に近い考え方の宗派であり、アミダという一神教的な人格神を持つた一派である。それは日本の浄土系思想のもつとも純粋化された窮極であり、往生はすでに「決定=けちじょう」であり、従つて念仏は救拯(きゅうじょう)への希求ではなく、救われてあることを意識する者の「佛恩報謝(ぶつとんほうしや)」 にすぎない。つまり、アミダの恩寵の絶対性の思想なのだ。シャビエルは日本の宗教の主な開祖がシャカとアミダであることを、分類的に知つていたが、浄土思想への日本の民衆の浸透の度合いについては、全く理解をもたなかつた。日本人にとつての躓きは、シナ人やインド人と違つて、十字架ではなく、審判であり、キリストの苦難ではなくてかえつてその光栄であつたのだ。

シャビエルが不思議とした日本人教徒の煩悶は、家族制度に馴致された彼等の生活感情を考えれば、少しも不自然ではなかつた。融通念仏の開祖良忍が、すでに、

  一人一切人、一切人一人、
  一行一切行、一切行一行。

と言つているのである。一人の功徳は一切人に通ずるとともに、一切人の功徳も一人に通ずる、すなわち相互に融通するものだというのである。これこそ、己れの祈りによつて、愛するものたちの霊魂を救おうと希求した彼らにとつて、福音であつた。また、親鸞によつて、善人なおもちて往生をとぐ、いわんや悪人をやという激しい言葉が、人間の在りようへの深い洞察のもとに吐かれている。これは罪人を救おうとて来つたというイエズスの福音に相応ずる。慈愛の宗教はすでにあつた。そこにシャビエルたちが、永劫遁れることのできない地獄の観念を吹き込もうとしたとき、それは日本人たちにとつて、特権の剥奪とさえ感じられたはずであつたはずだ。

だから、これら日本の信徒達との質疑応答によつて、シャビエルが対決していたものは、まさしく真宗的思想であつたと言つてもいい。 この両者が窮極まで対決の相を示さなかつたのは、たいへん惜しいことである。それは日本の思想史上の一大事件として、現れるべきものであつたし、そのような思想的格闘を経て、日本人のあいだから偉大な宗教思想家が現れることも、不思議ではなかつたと思えるのである。(山本健吉、昭和30年「文學界」に未発表のぶんの研究文。)

参考Ⅰ:遠藤周作「沈黙」を読んでhttp://theology.doshisha.ac.jp:8008/kkohara/reportdb.nsf/0/ead80d22bbff00c749256cda0047d546?OpenDocument

参考Ⅱ:フランシスコ・ザビエルについて
http://www1.odn.ne.jp/tetsukawa/history/

参考Ⅲ:コラムやまぐち
http://www10.ocn.ne.jp/~ejw/66yama.html

追記) 数年前にザビエルの冒険、というようなタイトルの本を八女図書館で借りて読みましたが、その本の作者を阪田寛夫とおもっていた。なぜだろう。阪田寛夫ならば、アストロリコの利華さんの話題のなかによく出る親しいらしい大浦みずきさんの亡きお父上ですよね。で、気になりよく調べますと、矢代静一の勘違いでした。なぜ間違えたのかもわかりました。矢代 静一 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E4%BB%A3%E9%9D%99%E4%B8%80
    阪田寛夫http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E7%94%B0%E5%AF%9B%E5%A4%AB

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