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2007年2月 2日 (金)

魚藍観音 『拓』16号評の五

花大根愚痴なき母に逢う怖さ  野田 信章

魚藍観音春の葉っぱの無尽蔵  〃

軀に余るがじゅまるの黙五月旅  〃

雨に舞う青すじあげは君の忌ぞ  〃

秋情(あきごころ)白鯉がいる跨ぎます 〃

火星はいずこみずなら落葉堆し  〃

わたくしは、このひとの奥様を確かに知っているとおもいました。一度も会ったことはありません。ただ、一度だけ、生前の野田田美子の句にまっすぐ感応したことがありました。そのことを今も忘れずにいます。忘れられずにいます。

薄ら陽の花三椏よ母に癌  野田田美子「九州俳句」誌より

坂本繁二郎の絵が世に出るきっかけとなる、夏目漱石がその言霊で絶賛した牛の絵が、たしか「薄れ日」といいました。わたくしはおもいます、きっと夏目漱石は、絵そのものよりも、その絵に流れる空気の色と、題名(言霊)との織り成すものに打たれたんだなあと。同じくわたくしは、この句を読んだとき、句に流れる緊張感、切迫感、非情感、そういった瀬戸際のぎりぎりの思いを一身に受け止める花三椏のその花の、すがた、字面、ことに亞の字の切なさ刹那さ、が胸にせまり、いてもたってもおれないようなきもちになりました。それを書いた記憶があります。そうしたら、あとになって作者本人からおはがきを頂きまして、あの句の母とは自分のことです、とさらりとかかれていました。えっとおどろきました。ただ一度だけ、そういうようなこころの行き来がありました。九州俳句誌の一読者としての。

それから、一年ほどして、田美子さんは亡くなられました。

俳人としての歴史は、田美子さんのほうがご主人の信章さんより短いのでしょうが、ただ一句の持つ命をかけた輝きは色あせることはありません。そして、一人になられた信章さんは、なぜか句に凄味が加わりました。わたくしは海程調というか匂いというか、が、とてもいやでした。所属誌の主宰も、有力俳人も、それから九州俳句によるあまたの俳人たちも、そのにおいを付着させていることがいやでした。だから、野田信章氏から金子兜太先生の講演録を戴いたときも、さすがにカリスマ性のある俳人はすごいなあとは思いながら、読む気がしなかった。尊敬する俳人である高木一惠氏からも、兜太先生のあの著とあの著はすごくいいから、読みなさいよ、といわれたのですが、それもまた。これはわたくしの了見の狭さだと思います。生理的に受け付けないのですよねえ。しかたない。笑

空に舞う青すじあげは君の忌ぞ

魚藍観音(ぎょらんかんのん)の句、上の一句、はたまた花大根の一句、どれもきっぱりと切れていて、しかも断層がふかくて、印象にのこる。死者は断層に棲む。

魚藍観音: http://homepage2.nifty.com/isso/ikituki/ikituki.html
青すじあげは:http://www.education.ne.jp/mitaka/sansho-es/kyoshitu/99/41/aosujiageha.htm 

なお、この野田氏の身は、身に区の正字(品性の品の字にある口みっつ:永末恵子)、鍬塚聰子氏の身は、身に本です。秀野や横光利一時代の身は、骨が豊かと書く字、現代はただの身です。

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