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2007年1月 2日 (火)

橋本多佳子句集『紅絲』

大晦日、鼻づまりで頭が重いのをこらえ何とか一冊の本を読み上げ、文章を書いた。「九州俳句」誌に連載させていただいている「張形としての俳句」七回目の原稿。だれを取り上げるかは決めていた。ー橋本多佳子である。

十一月の終わり、八女図書館に資料を探しに行く。が、なにもない。有名な俳人なのになんでないんだ。久留米で探す。一冊、閉架にあった。『橋本多佳子全集第一巻』。借りた。

この一冊しかなかったことは幸いであった。重圧を感じなくて済んだ。

風邪のひどさに打ち克ち、びゅんびゅん読む。28歳から41歳までの作品をあつめた処女句集『海燕』、師の山口誓子の序文に注目する。「女流作家には二つの道がある。女の道と男の道である。」で始まり、女の道は甘えという天引が最初から用意されている道だが、男の道は仮借ない峻厳な道だと説き、橋本多佳子は男の道を行く稀な女流の一人だとする。心中に微塵も甘えがなく覚悟をすえて歩んでいるからだ、と。出発にあたり、かような有難いことばを師から頂戴できる女流俳人は、やはり天引のある女の道を行っているんじゃないかという読者のあらぬ疑いはおきざりにされる仕掛けだ。

作品を読む。私は知らなかった。このひとは俳句をはじめてから夫を亡くしたのであった。逆ではない。夫を亡くしたから俳句を始めたのではない。それでも、夫の葬儀の句を読んでいると、なにかしらじらしいものを感受する自分がいる。きれいにことばをととのえて、詩として人様の目に供する配偶者の死。いつぞや書いた山下淳の「流域雑記」の香月泰男のシベリアシリーズへの想いと重なるような気さえした。しかし、表現者はいつもだれもがおなじことをやっているではないか。と自分を無理に納得させて先へ進む。

「海燕」の俳句は下手ではないが、上手に書こうとしている。だからあまりこころに食い入らない。ただ、おなじ素材を何度も連作で詠んでいるものは、視点を変えるたび、だんだん素材が本性をあらわすようなかんじが出ている。そこは迫力だと感じた。曼珠沙華など、しつこいくらいによんでいる。それがいい。

第二句集「信濃」。昭和二十二年七月(石橋秀野の死亡した年である)刊行。これもパス。

第三句集「紅絲」。文字通り、これは橋本多佳子の嚆矢である。一読し、打たれた。最初の句から全編、緊張感にあふれ、たましいをゆるがすふるえに満ち満ちている。わたしのしっている多佳子の句のほとんどは、この句集から生れたことがわかった。山口誓子の序文が、これにもついているが、こころのこもったいい文章であるにもかかわらず、多佳子の句にあきらかに負けている。退いている。

 「紅絲」は、多佳子俳句を貫く一筋の何かもの悲しいものである。(誓子)

よくもまあ、そんななまぬるいことばがいえたものだ。何か物悲しいもの、なんかではない。そんなゆるいものでは断じてない。もっとはげしい、大地をはいずりまわるようなのたうちまわるようなおんなの性のさびしさをたたきつけているのに、なにが「何かもの悲しいもの」だろうか。誓子は、正視しえていないのである。あの時代の男達は、おんなの性を、生を、正視する勇気がなかったのである。

時代はかわった。しかし、その点に関して、なにが変わったろうか。なんにも変らない。かわりようがないのだ。おんなにうまれるとは、けっきょく、そういうことだ。

ここで作品を引用したいところだが、きりなく引いてしまいそうでこわいので、いっさいやめておく。興味のあるひとは句集をお求めの上、ごらんください。第四句集「海彦」、第五句集「命終」とつづきますが、迫力という点からは、この『紅絲』が最高だと感じます。年齢的に48から52というのはおんなとしてのさいごの峠の時期なのでしょうね。なお、かささぎの旗で去年とりあげた、大善寺の俳人、中村マサコの『左手の約束』の句は、この多佳子句集から多くの血をうけていることに読んでいて気づきました。血を受けるとは、それは語彙の継承を指しているのですが、かようにして豊かなる語彙を後世につないでゆくというのは、いのちの継承であり、とてもたいせつな文化であるとあらためて思いました。

橋本多佳子全集から

雪の日の浴身一指一趾愛し(句集『命終』)

いなびかり北よりすれば北を見る(句集『紅絲』)

あぢさゐや昨日の手紙はや古ぶ(句集『紅絲』)

梅雨の藻よ恋しきものの如く寄る(句集『紅絲』)

生いつまで桜をもつて日を裹(つつ)む(句集『海彦』)

後記(一つの問いとして)

筆頭にあげた雪の日の浴身の句ですが、これは最期の句です。(遺句集の最後から二番目に置かれている句です。)安西均の最期の詩『指を洗ふ』のあたまにもこの句が引用されていて、ていねいにるびがふられている。そのよみは、「ゆきのひのよくしんいっしいっしかなし」です。しかし、今回読みましたところ、句にルビはなかった。ということは、九州俳句の本田幸信氏が言われた「いとし」もありうるということです。さて、そこであらためてこの「愛し」をどう読むのかが問われます。安西均はなぜ原典にはないルビまでふったのか。それは、この句はこう響かせねばならないとする明確な黙契を句のなかに読み、あきらかにそれを守ろうとしたのです、いとしと読んでしまうものたちから。

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コメント

今日ここへおいでくださった方のおかげで、大事なことに気づきました。
雪はげし書き遺すこと何ぞ多き  多佳子
橋本多佳子は64歳で歿。これは雪の日のよくしんいっしいっしかなし。とおなじく絶筆らしく。
河野裕子の絶筆、よまれましたか。
書き遺すことなんぞ少なし、とありませんでしたか。
息が足りないこの世の息が、ともうたわれていて、。
河野裕子の没年、橋本多佳子と同じだったのですね。俳句から本歌どりするなんて、最後までサービス精神あふれる人、おもしろい歌人でしたねえ。

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