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2006年12月12日 (火)

匂いと味

高橋昇博士のご紹介文を打ち込んでいるとき、ちょうど内容に重なるような思い出を綴った随筆入りの俳句誌をぐうぜん頂きました。「こうりゃん」って何だ、どうやって食べたのだろうと戦時下の朝鮮の人たちの胃袋を想っていましたが、中国満州での食の記憶を綴っておられる戦中派男性がいます。なにを食べてもさほどおいしいと感じない飽食の世の中になってみると、こういう記憶は、おいしそうでおいしそうで、読むと食べてみたくなります。脂っこい欧米型の肉食はもううんざりで、素朴なのが食べたいですね。(なお、高橋昇先生の書かれた膨大な研究書には、満州のことも含まれるようですが、大著に収録されたのは朝鮮半島のものだけで、それはまだ本にはなっていないようです。)

    「匂いと味」

          福田 隆郎

 父の肩車の上から匂う甘い香ばしい香り。
左右十基ずつ並んだ焼栗を焼く焼釜。熱い甘栗を父が爪で割り口を付け、親指と人差指でパカッと割ってくれた。抱えた袋が温かい充実感。口に入れると甘く柔らかい味、六十年経つ今も舌と口に残る幼い頃の匂いと味。
 久留米生れで、生後二ヶ月で満州の奉天に渡り、戦後昭和二十一年六月二十一日に、関釜連絡船で博多に引き揚げたのが、小学一年生の時分でした。題の事は、四才から終戦の年までの頃の小生の思い出に残るものです。

 二つ目は、屋台の味と匂いとでも言うもので、先ずは、ジューシィーな豚饅頭。天秤棒の両方の下に七輪、その上に蒸篭(せいろう)が二段、布の覆いをのけると湯気の立つ豚饅がほっかり顔を覗かせる。頭は渦巻状の捻り飾りが誇らしげに見える。かぶりつくと豚肉や野菜とにんにくの味付け最高の肉汁が、口から喉へと広がる。文章には表せない味と香りがいまだに残っている。長崎の中華街にもなかった。

 屋台味パート2、「チェンピン」今では、「クレープ」? チェンピンの素材は、こうりゃん(掃木に使ってある黍の一種)の粉と小麦粉を混ぜ合わせたものを水で溶いたものを鉄板(屋台の上一面)の上で、T字型の木製の板でくるっと一回転させると香ばしい薄い皮が焼き上がる。その焼皮を半分に折り、更に円錐形の状態にして、その中に、もやしや野菜、豚肉とを炒めたものを包んで食べる。これもチェンピンの皮の中で、肉汁と皮の焼けたパリパリとした食感が得も言われぬ味を醸し出してくれる。もう一度食べたい香りと味の一品である。お好み焼屋で出したら受けることを保証する。

 数量(数字)は、後に父母から聞いたものであるが、味や匂い等は、現在も自分の口や舌に残っているし、情景は目に残っているから不思議である。

     満州の高粱畠と赤い夕日、馬と人の挿絵。
             
     山口県湯野俳句会誌「しろがね」
     平成17年度合同句集より引用

※ チェンピンとは・・・1http://www.shejapan.com/theWorldFood/index.files/Page882.htm

              2
http://www.tochinavi.net/kikaku/gyouza2/utsu/hananoki/hananoki.html  

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