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2006年12月27日 (水)

野溜め   その2

これは11月18日、はじめて高橋甲四郎先生にお会いしたときに、請うて戴いてきた資料の一部です。

「平北、安東県、輯安県ー早川孝太郎氏案内」

             高橋 昇                  

                   
    昭和十五年十月十二日 沙里院発
            十月十七日 帰任

昭和十五年十月十二日 社団法人農村更正協会主事・日満農政研究会嘱託 松田延一氏 穀検山本所長の紹介にて、突然沙里院西鮮支場を訪問す。森技師案内す。同氏は今回鮮満地方食糧生産事情を調査せんとする目的にて渡鮮せりと。同行の早川孝太郎氏は先行、平壌にて一泊せりと言う。早川氏は農家の実態調査を行い、朝鮮農家の食習慣を調査せんがために来たれりと。柳田國男の高弟なり。
よって、急に同氏に同行せんと、午後八時の列車で平壌に出で、平壌ホテルに泊す。翌朝同氏と会す。本府食糧調査課の張永哲技手随行なり。 

    (で始まる現地調査の旅の記録ー野帖というらしいーの一部です。中略しまして、私の引用したい三ページ目から引用します。)

チャングエ  朝鮮のチャグエと同様なるものを、内地では肥えたごと云う。静岡県の周智郡、愛知県北設楽郡の山村に採用せらる。また東京府下のも使用せらる。岩手県における稗の施肥法。

  畑の一隅に糞溜りを作りて糞を溜め、これに土を入れて、ねり混ぜて、これに稗の種子を混じてこれをつかんで点播す。糞溜りは五反歩に一個くらいを作る。従って耕作地の面積を糞溜りの穴の数にて表す。例えば糞溜一穴、二穴等と云う。・・・後略。

    

※ 一部引用であります。あらためてむかしの記憶をたどりますと、たしかにわが家のたんぼのすみにも一つ野溜めがありました。それは母に今日尋ねてみたところ、じいちゃんんがコンクリートで作ったものだったそうです。当時は町にも金肥をもらいに行ってたといいます。それを溜めて発酵させていたそうです。調べたら、こういうサイトを発見しました。

NGO関連の研究サイトです。http://72.14.253.104/search?q=cache:k7-ovTVvKFUJ:park15.wakwak.com/~knc/kncwhat/album/ndai_koza_rec/koza_rec12_4.htm+%E9%87%8E%E6%BA%9C%E3%82%81&hl=ja&lr=lang_ja&strip=1 このなかの、「世界と日本のおいしい?関係」という題のセッションの中に野溜めが出てきます。

数年前に所属誌のれぎおんで近代化アンケートと題して厠(かわや)についての記憶のいろいろを尋ね、結果をまとめたことがありました。あれは非常におもしろかったです。火野葦平に『糞尿譚』があります。トラックでの肥え汲みをなりわいとする男のはなしでした。ああいうのっぴきならぬ生活のうつしを描けるというのは迫力があります。

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