無料ブログはココログ

« 農学者飯沼二郎の目  5 | トップページ | パニクる »

2006年12月17日 (日)

南極観測船

http://www.asagaku.com/jkp/2003/11/1115.html

南極観測船のニュースを読むたびに、小学六年生のころ(昭和40年代初め頃)の「朝の会」を思い出します。毎朝、生徒が仕切る「朝の会」というのが掃除のあとで15分ほど設けてありました。日直の司会が「なにかありませんか」というと、いつも道子ちゃんが元気よく手をあげて、「はい!・・(とたちあがり、)昨日、南極観測船ふじがどこそこに到着したそうです」 と、みんなに教えてくれたのです。そういう話題の提供者は、道子ちゃんだけでした。ほかは、「だれそれが帰りの道でだれかちゃんをたたきました、よくないとおもいまあす」みたいな報告が多かったので、ひときわあざやかに印象にきざまれました。定点観測みたいに道子ちゃんはそれからもよく手を上げては、南極観測船ふじのことを一口ニュースのかたちで教えてくれました。彼女が教えてくれなければ、南極観測船のことなど、まったく知らずにいたでしょうし、興味もなかったと思います。

数年前、同窓会に出たときに、彼女にそのことを告げると、本人はけろりと忘れていたので、びっくりしました。そんなものかもしれません。記憶のなかでの彼女は、とても明るい元気な女の子でした。おぼろげな記憶でしかありませんが、お父さんのいない家庭で、三人きょうだいの長女として、目一杯あかるくけなげにがんばっていた姿が忘れられません。このことは、私が大人になってから当時を振り返って、とつおいつ分析したことですが。

こどもじだいの日々の些事と、南極観測という人類の未来と過去とにまたがる偉大な仕事のニュース。道子ちゃんのそれは、いま思えば、「俗語を正す」という芭蕉の俳諧の作法にも通じる、崇高な精神であったと思うのです。こどもながら、とってもりっぱでした。

« 農学者飯沼二郎の目  5 | トップページ | パニクる »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 南極観測船:

» 2006年12月 船の科学館 その2 [マイ・つるかわ・生活〜鶴川住人日記、東京近郊おでかけメモ、キャンプのメモ]
船の科学館続きです。今度は、科学館に常設している船です。 ご存知の初代南極観測船「宗谷」。元々は、旧ソビエトの商船として、日本で建造されたのですが、第二次大戦に巻き込まれ、引き渡されず。そして、旧日本軍軍艦、引き上げ船、南極観測船と船としては数奇な運命をたどります。さらに、南極観測船として退役後も、巡視船として北海道で活躍。南極観測船としてその名を残す船となりました。... [続きを読む]

« 農学者飯沼二郎の目  5 | トップページ | パニクる »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31