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2006年12月10日 (日)

われ、就職せり。

とつぜんなれど、われ、再就職に成功す。
ハローワークなる職安にて、職を得たり。
久留米の小さき会社の事務なり。
そは、いとおもしろきところなり。
おもはず口外したきこと多々見聞すれど、
守秘義務ありて、あやふく思いとどまれり。

月曜から金曜の九時から四時まで、われは久留米市民なり。
といふことはだ。これまで子の久留米の予備校時代の図書カードをせしめて使つてをつたが、これからは堂々と自分のカードが作れるのだらう。うれしきことなり。

これまで主婦業をやること25年、一度も外に働きに出たことはなきなり。従つて、さまざまなことがものめづらしくてたのしいなり。われは奴隷にあらず、自立せんとすなり。(笑)

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コメント

うわー素晴らしい!
どうせ苦労するなら私もなつかしの久留米で働きたい!

久留米ですか、懐かしい。縄手小学校に入学し、荘島小学校に何年かいました。美しい街の印象があり、北九州には住みたくない、久留米に住みたいとずっと思っていましたが、北九州にずっと住むのでしょうね。あわやおこしを牛乳に付けて食べるのが大好きでした。メーン道路の側にあった教会の幼稚園に行きました。ああ、懐かしい。

おはようございます。
さくらさんとももさんは、ご縁があるのです。どちらも同じ年の生まれ、久留米で多感なときを過ごされた。こういう出会いは、貴重です。
五万分の真昼キンピラゴボウかな(聰子) この句、私は冒頭の数字を正確に記憶していないかもしれないけど、よくこの句を考えます。そして、戦記に打ち込んでいる幸運な生還者たちのウンのめぐりとおなじくらいの確率だったと感じます。赤ん坊だったももさんは、引き上げてくるときに、牛蒡畑に一度は捨てられ(託され)、思い切れなかった母親によって、しばらくしてから救い出される。牛蒡畑への恩義のうたがこれだということです。この話を知らねば、なんじゃらほいという句ですが、知れば、たちまち名句になるような、そんな句でした。
北九州に自分史大賞とかいうのがあるでしょう。ももさんは、一度きっちり書かれて、保存されるとともに、公開なさることを希望します。わたしは、聞いたことはありますが、読みたいのです。活字は逃げないし、確かだからです。甲四郎先生は、そういうことを教えてくださいました。賞をとるのが目的ではなく、機縁を与えられることに応えるという視線です。
さくらさん、きのう、拝読しました。甲四郎先生の随筆大賞受賞作品。

ありがたいです。時々ひらかねば。

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