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2006年12月20日 (水)

横光利一の評文

「張形としての俳句」を書くため借りていた本の中で、ぐうぜん横光利一に出会いました。石塚友二句集『方寸虚実』への序文です。石塚は横光が戦前やっていた運座「十日会」の連衆の一人、横光利一は川端康成をしのぐ力のある文学者でした。とても文章の立った人です。そのまま引きます。

         序 

 一つの俳句として読むものと、詩として読むものとの批評は自ら違ふであらう。私は石塚氏の俳句を句として読まない習慣を持つてゐる。過去の生活の労苦に善く打ち勝ちて感性を衰へさせず、多彩な内面の火華を打ち上がるままにうち放ち、悲しみのよすがとしてこれを眺める諦念のおもむく所、石塚氏にとつては詩境ならざるはない豊かな人生の森林を展いてゆく。これに制限を加へることも人には出来ず、選定を示すことも今は何人も不可能な一時期である。言語は前後左右に爆け、幻惑を誘つてさらに怪乱しつつ進む周囲の光圏の中には、青黴も婦女の皮膚に咲き照り、男臭の穢の積りもひと声の嘆声とともに香りと化す。人々の美と認めるところに今は美はない。心の悲しさの中にもつとも美しい風景の点在することを知つたもののみが、次代の俳境の扉を押し展いて進むことは、あながち今の時代ばかりとは限らないだらう。しかし、俳句もそこにすがる人々の念力の集まるところに生じる歌声であつてみれば、風声おのづから形を整へて泛び来るものの姿は、これを一二の人力の善く左右するところではない。

 このやうに伝統の重みが沈み溜り、天然の俳色を堪へてゐるところに、不思議な近代色をもつて顕れたのがこの石塚氏の俳句とすべきであらうか。これを明澄ともいへず、高雅ともいへず、古樸ともいひ難ければ閑雅ともいひ難い。また寂寞といふには幾らかの騒ぎあり、清新といふには渣滓が溜つてゐる。しかし、このやうに俳句の持つべき殆ど何ものもなくしてよく俳句となし得てゐる所以は、偽りもなく本能的な生の悲しさがその精神の中に底流し、高雅明澄に対して、いささか自我を風解してここに飄逸な嘆きを加へてゐる淡白さにあるかと思はれる。も早や氏の前では高雅清澄はむかしの威力を持続すること不可能となるかもしれぬ。ある旺盛な新風を孕んで逆巻いてゐるさまが氏の境地の中に伺はれる。伝統といふものは常に一定の形の中にとどまるものではなく、まつたく相反した形相の中に移り動き、人々の知らざる間に真の伝統の芽を噴き延ばすことしばしばあるのみならず、むしろこれが自然でさへある場合には、もつとも悲しみに満ちたものが笑顔をする風流の真諦は、今も昔も変りなくよく労苦を忍従するものの淋しさと賢さの上に、鶴のごとく白く鮮やかに舞ひ降りて来るものと思はれる。

 石塚氏の作品はこれすべて忍苦、人に勝つことを目的としてゐる俗情がない。惨酷無残に人に負けることを願ふ。この非凡な心境こそ何ものよりも氏の恐るべき資質である。

                     横光 利一

     石塚友二句集『方寸虚實』 
     昭和十六年刊行の序文を全文引用。

             

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